第163話 見えない手紙
「はい。なんなら中身に関して述べましょうか? 言えますよ」
アニエスが近寄ってきて確認する。その表情は真剣その物だった。
「いや必要ない。つーか、覚えてるのかよ」
さすがにあんな内容はこんな場で言う事はできない。気を取られてた間に忍び寄っていた影に気が付かなかった。その影は素早く手紙を引ったくって読み始める。
「本当に余計なお節介しか焼かない人なんだ」
祝詞は手紙を見ながら呟く。だが最後の一文に関して何も言わない。それともワザと言わないのか。
「最後の一文に関してだよな?」
「当たり前じゃないの。人の恋路に首突っ込むのは野暮じゃない」
徒人はアニエスを見る。妙に渋い表情をしていた。そして、祝詞に視線を戻す。嘘を吐いてたりフォローをしてるような様子はない。
面白くなさそうな表情で和樹が近付いて来る。嫉妬か。お前の女には手を出さないから。
「何を揉めてるんだよ」
和樹が祝詞の手から手紙を取り上げる。途中までは普通にしていたが後半に行くほど顔色が青ざめていく。
「お、おい。これ」
「あ、師匠。ちょっとお耳を拝借します」
言葉を発しようとした和樹の口をアニエスが己の手で塞ぐ。そして耳打ちして何かを伝えた。
「本当かよ。にわかには信じられないぞ。だとしたら厄介だな」
アニエスから離れた和樹が徒人に耳打ちする。
「最後の一文に書いてある話は本当なのか? 勇者を倒すと魔王神が復活するって」
「俺に言われても分からないぞ。本人が眉唾かもしれないと書いてるんだ。でも無視する訳にもいかないだろう。一応、真偽を確かめないと」
和樹には読めたらしい。できるだけ徒人は誤解を生まないように返答する。
「具体性を欠いた抽象的な警告だな。そもそもその魔王神とはなんだ? 普通、魔王の上は大魔王とか超魔王とかじゃないのか?」
著しく主観の混じった答えが返ってくる。
「俺に聞かれても分からんよ。ただ、魔王の神で魔王神なんだとさ」
「なんじゃいそりゃ。とにかくやばいのって事か」
「何をヒソヒソと話してるの? それになんか書いてあるの? 馬鹿には読めないインクを使って書いてるの?」
徒人と和樹が小声で話をしていると祝詞が首を突っ込んできた。
「何の話なの?」
興味を抱いた彼方も寄ってきて和樹から手紙を取って読み始めた。よく考えると結構酷い話な気がする。一言くらい断れよ。
「……これ、なんかひそひそ話するほどの事なの?」
「と私も思うんだけど、男だと琴線に触れる所が違うのかな」
などと2人で暢気な会話を交わしている。
そんな姿を見てアニエスは眉間の皺を深めていた。
徒人はアニエスに近付いて問う。
「なあ、アニエスはこの事を」
「はい。知っています。でこの手紙の内容を他の五星角に見せたのですが……」
「結果は同じだった」
徒人の問いにアニエスが首を縦に振った。
「なら原因は分かるのか?」
「魔法による認識阻害でしょうか? 文字が書いてあるのにその内容を読み取れない。若しくは読み取れても脳がそれを認識できない。或いは脳が読み取って内容まで認識していても意識下に押さえ込むように作られていると言う事でしょうか」
今までに調べていたのか、アニエスが答えるが推測の域を出ない。
「取り敢えず、原因は置いといて認識できない人間と俺たちみたいに認識できる人間との差はなんだ?」
「分かりません。ちなみにあの方は認識できませんでした」
アニエスの言うあの方とはトワの事だろう。和樹が認識できてトワが認識できない点から魔王神の存在を知らないか知っているかは関係ない。
「何の話をしているか分からないんだけどその手紙がどうかしたの?」
黙って様子を見ていた十塚がうんざりしたのか、近寄ってくる。
「これ、普通だと思うんだけど……どこが問題なんだろう」
彼方に見せられた手紙を十塚は眉毛を顰めて難しい顔をしたままで読む。最後まで読んだようだが何一つ表情は変わらない。
「返すよ。つーか、小生も見ておいてなんだけどこういう遺書と言うか遺言に近い物は見ない方がいい気がする」
十塚が徒人に手紙と言うか遺書を返す。
「それで自分の分は全員が読んだ訳だが全員宛てはどうするんだ? アニエスが読み上げるのか?」
「自分はちゃんと読めているか怪しいですよ」
徒人の言葉にアニエスが不吉な事を言う。魔王神に関しての一文の件もあるがアニエスが正しく読めているかも問題なのか、かと言って祝詞辺りが読んで一部をすっ飛ばす事になるのは困る。
勿論、徒人も読めないと言うか、認識できていない文章があるかもしれない。もし、あるとしたなら問題になる。認識できてないのはやばい。特に契約書とか。
「取り敢えず、今回の問題は文章が書かれてるのに認識できない部分があるのは分かったからそれが問題なんだろう? その認識のズレを解除できる魔法とかないのか? あるならそれを解除してしまえば何も問題はないじゃないか」
十塚の意外な提案にその場の全員がビックリする。徒人たちは認識のズレに関して祝詞と彼方は自分が文章を認識できなかった事に関して。
「確かに白紙の部分があったけど何か書いてあったの? 変な空白があるなくらいにしか思えなかったんだけど……もしかしてヤバイ事でも書いてあったの?」
祝詞が思わず叫ぶがまずは十塚から話を聞かなければならない。
「認識できない部分はどんな風になってたんだ?」
「文字が書いてあるけどミミズが波打ってるみたいで読めない。他は全文普通に日本語で書いてあったし読めるから変だなと認識できたんだ。でさっきからずっとその件で話してるように見えた。それで確証を得たから話そうと思っただけだ。読めない部分は本当に文字が読めない状態。規則性とかそういうのがある訳じゃないから他の言語か判断できない」
十塚がハッキリと説明する。見えないのではなく書かれている文字が違うのではない事までハッキリと言われてしまった。
「どうして隠そうとしたの?」
祝詞が怒っているように見えた。いや確実に怒っている。
「そりゃ確信が持てなかったからじゃない? 普通、読めないのはあっても文字が存在しないような扱いなのは明らかに変な反応だし、自分たちがどう見えているかに関しても疑問を抱いたりするんじゃないかな」
彼方がフォローを入れるが突っ突きたくて仕方ないように見える。
「書かれている内容が衝撃的だったからです。それに確証もありませんから。言うべきかどうか。正直、迷っています」
「言って」
アニエスが徒人を見る。正直、こっちを見られても困るのだが──
「言えばいいじゃないか。徒人だって信じるかどうか困ってるんだろう。文字が読めた俺たち3人の間ですらも意見が分かれるんだから」
「……和樹の言う通りだから話してやってくれ。俺は言いたくないし」
徒人は和樹に同調しておく。言いたくないのはそれが事実だった場合、1人が目の前で死んで2人を自分の手で潰したのだからいい気分ではない。
「分かりました。師匠とご主人様が言うのであれば自分から話すべきですね。ただし、書かれていた話の信憑性はハッキリしません。あくまで話半分以下で聞いて下さい」
和樹の方を見てアニエスは決めた。こっちに類が及ばないようにしてくれるのはありがたい。要らん焼きもちを焼かれても堪らない。
「簡単に話すと勇者が12人死ぬと魔界の神である魔王神が復活すると最後の一文に書かれてました。でご主人様が勇者と思い込んでたみたいなので死ぬな。だそうです」
本当に掻い摘んだ説明で済ませた。何度聞いても勇者とか言われても不愉快と言うか気分が悪い。
「本当に簡略化したね。えーと神蛇さんを含めて後9人死んだらその魔王神とやらが蘇るとか訳か。確かにいい気分じゃないね」
「でも完全な眉唾なら私たちに認識できないとかミミズが走ったような文字で読めないとかないよね。そこをどう考えるべきなのか」
2人が悩んでいる。
「悩んでる所に悪いが誰か来る」
十塚の言葉に全員が自分の獲物に手をやる。




