第162話 勇者の遺言
「皆さんに1つお渡ししないといけない物があります」
祝詞が転職する為にウェスタの巫女神殿に行きたいと言い出す前にアニエスが口を挟んだ。
「引導を渡すとか言い出さないでくれよ」
「師匠、自分はどんだけ信用ないんですか? そんな物を渡す気はありません。ある意味ではそれよりも衝撃的な物だと思いますが……」
和樹の言葉に笑っていたアニエスはため息を吐いた後、真剣な表情をする。もっとも引導を渡されかけた事のある徒人には割りと本気で笑えないジョークだ。
アニエスがショルダーバッグから何かを取り出した。一部焦げているのを見ると紙で出来ているみたいだ。
「手紙……剣峰終の遺書と言えるのかもしれません」
その一言にその場の全員が凍りつく。
「6通あります。一応、失礼だと思ったのですが改めさせて頂きました。重要な部分は燃えたりしてませんが一部焦げている物もありますので」
アニエスがショルダーバッグから6通取り出して見せた。
「なんで6通なんだ? アニエスの分があるならわざわざ出す必要はないよな?」
「全員に対してが1通ありました。自分への分もありましたがそれはこの場に出す必要性を感じませんので割愛させて頂きます」
和樹の問いにアニエスが仏頂面で答えた。
「それを読んで貴女はどう感じた?」
祝詞の言葉にアニエスが言葉に詰まる。暫く間を置いてから言葉を紡ぐ。
「勇者と言うのはお節介の塊でお馬鹿な人のなのですねとイラッと来ましたと言うのが偽らざる本音です。あのお方と違う意味でイラッとくる人ですかね。自分の反応から手紙の中身を探りたいのは分かりましたが大した事は書いてないですよ。みんなに対してと同様にお節介なだけです。親と言う者が生きていたらそんな感じなのかもしれません」
皮肉の混じった声が敷地内に響く。アニエスが半笑いなのはそんなに滑稽だったのだろうか。
「貴女ってやっぱりやり辛いわね」
祝詞が額を抑えながらため息を吐く。
「そりゃスパイですからね」
アニエスが皮肉めいた笑みを浮かべる。
「あ、配ります」
6通のうちの5通をテキパキと配り始める。そして徒人もその1つを受取る。表面には神蛇徒人様と書いてある。封筒はないが紙で手紙を覆って中身が見えないようにしていた。
「多分、合ってると思いますが召喚魔法で読めると言っても異界の……いえ、昔の言葉なので確認だけはお願いします」
「少なくとも俺のは間違ってないぞ」
徒人は周りを見ると全員肯定のリアクションを取っていた。
「勝手に翻訳されてるとかそういうので読めないの?」
彼方が思わず口を挟む。そういう思い込みは少なからず徒人にもある。そうでなければこの時代の文字は読めないし、会話も成立しない。
「魔法である程度は会話できても文字までは……何となくレベルでしか分かりませんし、それにご主人様に師匠を始め、ここの、この大陸の言葉で喋っている事に気付いていないのですか? 自分からすればそっちの方が不思議なんですが」
「え? 少なくとも俺は普通に日本語で喋ってるつもりだぞ」
「私もそのつもりなんだけど端から聞いてると違うの?」
和樹と祝詞が聞き返すがアニエスの表情は微妙な変化があるが表情を読み取れない。
「その日本語とやらを自分は聞いた事がありませんよ。皆さんが喋っているのは少なくともこの大陸の公用語です。もっとも西の大陸で生まれ育った自分だからこそ聞き取りにくい部分もあるのかもしれませんが」
徒人はパーティメンバーの顔を見る。全員が全員自覚なしに喋っていたようだ。
「結構ショックなんだけどな。時間移動なら喋れる理屈は説明できるわな」
「睡眠学習とか言うの? どっちかと言うと当方には新しいアプリ追加された感じがするんだけどな。科学的に考えると魔法が使えなくなるのかな。それで当方は魔法が使えないのか」
彼方は手紙を、終の遺書を握りしめたまま呟く。
「魔法に関してそんな理屈はありませんよ。単に下手なだけでしょう。侍系にも解毒の魔法とか使える職はありますから神官に相談しては如何でしょうか?」
アニエスの言葉を聞きながら十塚は終の残した手紙に目を通していた。そして読み終えたのか、ため息を吐いていた。
「勝手な人ね。お前の考えてる人物像なんぞ人の一面に過ぎないって言うんだよ。冬堂君、炎系の魔法が苦手なのは知ってるけどこれ燃やしておいてくれるかな。こんなの目についたらイライラしてしまう」
十塚は読み終えた手紙を差し出す。和樹は無視する訳にもいかないと思ったのか仕方ないしにそれを受け取る。アニエスはアニエスで微妙に面白くなさそうに見えた。
「どういう内容なの?」
「見てもつまらない」
祝詞がやってきて和樹から十塚宛ての手紙を奪い取る。そしてほぼ一瞬で読み終えたのか和樹に突き返して自分宛ての手紙を開いて読み出す。
「確かにお節介と言えるか。私のもお願い。二度も読まないし誰かに読まれるのは面倒でしょう」
祝詞はそう言って自分のも和樹に押し付けた。
「祝詞だって陰陽師で攻撃魔法使える様になったんだから自分で燃やせよ」
「和樹君、私が貴方より炎の魔法が上手かったら立場ないじゃない。それに私は風と土しか適応なかったんだ。今の段階で無理して火を使ってこの家を更に燃やすの? 賢くないと思うけど」
徒人も祝詞が炎の魔法を使って失敗し、火が家に燃え移る様子を想像してしまった。本当にありそうだから困る。
「それより早く読んでくれませんか? 話が進みませんし、ウェスタの巫女神殿にも今日中に行ってしまった方が楽でしょう」
腰に手を当ててアニエスは多少怒っているようだった。
これ以上、引き伸ばしても仕方ないので徒人も渡された手紙を開いて読み始める。当然だが日本語で書かれている。そして微かに濡れたような後が所々にあった。
これを君に読まれている時にはうちは死んでいると思います。生きてる時に読まれていたのなら、なかった事にしておいて下さい。
うちは黄道十二宮の勇者の第10席の、山羊座に位置する勇者です。今まで隠して……いえ、侘びるのはなしですね。卑怯だと思うので謝りません。それは誰の得にもなりませんから。
何故こうなったかを聞かれると立場とか状況とか思想とか色々あると思いますが多分、勇者と言う名の宗教、偶像崇拝、願望。まあ、そんな所でしょう。己の中にある物差しに囚われすぎたから、うちは自滅する事になったのでしょう。そして、君か彼方ちゃんに倒されていると思います。要らない事で手間を掛けて申し訳ないと思っています。
多分、うちの中にある勇者と言う物を止めるには死ななきゃ止まれないのだろうと。
ただ、ありがとうとだけ言わせて下さい。
あと2つだけ余計なお世話ですが一言。トワは貴方を愛するが故に貴方を裏切ってしまう結果を出してしまうかもしれない。その時はデコピンくらいで済ませて笑って彼女の過ちを許してあげて下さい。
もう1つは、これが君に、徒人ちゃんに伝えたかった事なんだけど、黄道十二宮の勇者12人が全て倒れた時にそれを生贄にして魔王の神たる存在である魔王神が蘇ると言う話があります。
うちにはどうしてもこの話が眉唾には思えません。どうか、ご自愛を。重ねてお願い申し上げます。徒人ちゃん、どうか、どうか死なないで下さい。貴方が生きていればそれは回避できる筈です。この世界を、地球を滅ぼすような事のなきようにお願い致します。
徒人が顔を上げるとアニエスと視線が合う。読んだと言っていたので当然この内容も知っているだろう。終の性格から言うと根拠のない妄想やデマを信じるような人間には思えなかった。
なら勇者を殺し続けるとこの世界を地球を滅ぼす事になると言うのだろうか──
「なあ、確認するがアニエスは全員分の手紙と言うか遺書を読んだんだよな?」
徒人は意を決してアニエスに聞いてみた。




