第161話 トワの支援
ノクス邸で徒人は鎧、彼方は鉢金、和樹は新しい魔術師専用の服。祝詞は神聖巫女用で防御魔法の織り込まれた巫女装束一式を貰ってきた。十塚はアサシンが着てそうななんか認識を阻害して狙われにくくする服を貰って今まで着ていた盗賊みたいな服から別室ですぐにそれに着替えている。十塚は中東の暗殺者と言うか密偵みたいだ。顔を隠してないからマシだがこれで顔まで隠してたら本当にそっちの人になってしまう。
今は半焼した自宅に戻る最中でもう目と鼻の先にあるが所々焦げた家を見ると悲しい気持ちにさせられる。
「鎧がボロボロだった徒人君はともかくよくすぐに着替えられるな」
「これも気が付かないだけでボロボロだよ。何度か縫って直してるし、魔盗が着れる装備は少ないからすぐに着ておかないと」
どこからどう見ても怪しい人にしか見えない十塚が家の門を開ける。
玄関の前にカイロスが佇んでいた。影に紛れていたのでよく見ないと気がつかない。知らない人間が見れば玄関前に影が落ちてるようにしか見えないだろう。
「脅かさないで欲しいわね」
アニエスが怒りながら詰め寄るがカイロスはいつもと同じ対応で何も喋ろうとしない。その代わりに異空から布に包まれた細長い何かを取り出す。
「何? ロッド? あのお方から?」
アニエスの言葉にカイロスが頷いているように思えた。影人間なのに分かるようになるもんだ。
和樹がカイロスの前へとやってきて問う。
「もらっていいのか?」
カイロスの頭部らしき部分が会釈するかの如く動く。そして布に包まれた細長い何かを和樹は受け取る。そしてその巻きつけられた布を解いた。先端が虹を連想させる七色で構成されたロッドだった。
目利きも利かないし魔術師としての才能が殆どない徒人にもそのロッドが秘めた魔力は感じ取れる。
「レインボーロッド。確かに今の南には稀有な才能を持った魔術師は居ないけど黒鷺城の宝物庫にある物でもっとも高価な物の1つを出してくるなんて……」
アニエスの解説に和樹の顔が歪む。こんなに高い物を渡されてもなと苦笑していた。
「貸すだけ、だってさ」
カイロスの口が動いて祝詞が唇を読んだ。
再び、虚空に波紋が波打つ。一対の短刀が現れた。
「今度は私かな」
彼方がカイロスの前に出る。
「陽光の双子ね。光と炎の力を帯びてるから……対北の魔王用か。そっちも動かざるおえなくなったか」
「予備に、サブウェポンとして持っていたらいいのね」
彼方は1本ずつ鞘から抜いて確かめた。刀身が朝日の如く赤みを帯びている。それを受け取って雷切を抜くのに邪魔にならないように一対の短刀を左右それぞれに腰のベルトに差す。
「これはくれるんだってさ」
祝詞がカイロスの言葉を肩代わりする。
「おお、ありがたい!」
「俺はレンタルなのに──」
はしゃぐ彼方を対照的に和樹が表情を曇らせた。
「師匠、仕方ないですよ。陽光の双子とレインボーロッドを比較したら桁が1つ違いますから」
アニエスの言葉にカイロスを除いた全員が衝撃を受けたような表情になる。
「陽光の双子は業物なんてレベルじゃないだろう? それと一桁違うってどういう事だよ」
徒人は思わず声を上げていた。大雑把な推定をして陽光の双子が10万だとしたら、レインボーロッドは100万する事になる。実際はそんな単純な訳がないのだからもっとするだろう。
そんな事を考えながら徒人は未だに金貨じゃなくて円で考えてる自分にちょっと呆れる。
「レインボーロッドは炎氷雷風土光闇の7種の魔力を秘めており、かつ、魔術の才能がある程度あれば誰にでも使える品物ですから高価なんですよ。使い手を選ぶ物は総じて安くなる傾向なんで。特に刀類は好事家か侍系の職業しか使いませんから」
アニエスの発言が後ろに行く時には彼方は渋い顔をしていた。侍職は少ないと言われて喜ぶような質じゃないのは分かっていたが──
「別に財布と金で勝負してないし」
彼方が面白くなさそうに呟く。
「……取り敢えず、アスタルテにロッド借りる度に金を払わなくて済むようになるのはプラスか。レンタル料は要らないんだよな?」
レインボーロッドを大事そうに抱えながら和樹が確認する。最低でも万なら6桁でありがたくはないわな。
「みたいですね」
アニエスがカイロスの表情を確認している。
「でもそれだけの物を託されたのなら信頼されてる証左だよね。そう言えば、冬堂さんは彼らとの共闘を受け入れたの?」
意外な事に彼方が和樹に問う。
「受け入れるも受け入れないもないだろう。こうなった以上、受け入れるしかないし、別にラティウム帝國に義理はないし、怒りこそあって助ける気にはならないからな。黄道十二宮の勇者に対しても同様だし。それにだ」
和樹はアニエス、徒人の順に視線を向ける。
「俺も人の事は言えないからな」
その一言にアニエスが視線を虚空に逸らす。
「俺には十塚さんと彼方の方が不思議だよ」
徒人は十塚の方を見る。やっぱりこっちに振るかと言いたげに十塚は両手を上げた。
「ラティウム帝國に関して小生も良いイメージがないんだ。確かに小生たちは召喚を受け入れてここに来たけど全部を承諾した訳じゃないし、正直騙された気分ではある。かと言って黄道十二宮の勇者みたいな強硬派にはついて行けないしね。
あ、剣峰氏は……真面目だったんだよ。組織に順応しようとする日本人的でありすぎた。だけど小生はそういう風には生きられないんだ。根が享楽的で必要以上の仕事はしない質だから。で選択肢としては……もう殆ど残ってないんだよ。だからこそみんなと同じ道を行くだけだと思ってる。さすがにアウトロー決め込めるほどタフでもないから」
「えらく消去法ね」
「逃げる&無謀にも戦いを挑むとかじゃないだけマシだと思うけど。それに呪いの件と言うか、寿命の件と言うか、それを解決するなら敵対勢力で話が一番通じそうな所に着いた方が得だろう? 勇敢と無謀は違う。なら敵の敵は味方。目的が一致する限りは、ね。極めて現実的な選択肢だと思うが」
祝詞の問いに十塚は玄関近くに放置していた椅子に座り込む。
「で最後に残ってるのは貴方だけどどういう理由?」
十塚が彼方に話を振る。
「当方は簡単だよ。ラティウム帝國よりは稀人と言う仲間。で稀人と言う仲間よりは本当に苦楽を共にしたパーティの仲間を選ぶ。黄道十二宮の勇者は論外だから。当方は敵対しちゃったし、多分、死神勇者と交戦した件も向こうには伝わってるだろうし、何より当方が気に入らないんだよね。あの幻覚女」
「惑海双葉か」
名前が出てこない彼方に徒人が補足する。音だけ聞いて名字を漢字で書く自信はない。
「そう。そいつ。コケにしてくれた分の借りはキッチリ億倍にして返さないと気が済まない。一応は神蛇さんが一太刀浴びせたんでしょう?」
「顔に傷を負ったらしいが確認してない。虚偽の可能性もあるからな。ただ、あの反応から推測してそれはなさそうだが傷が残っているとは思えない」
女が顔の傷を気にしないとは思えない。確実に治してるだろう。
「普通は治すけどね。余程、回復魔法が下手で治せなかったのなら別だけど……カイロスさん、聞きたい事は終わったかしら一応こっちも別の話をしなければいけないから帰ってもらえるかな」
祝詞が振るとカイロスは苦笑しているように肩とローブを揺らしていた。そして一礼して空間に波紋だけを残して虚空に消えた。
「取り敢えず、私は陰陽師から神聖巫女に転職しとくよ。陰陽師は性に合わないから」
「俺も賢者やめて魔術師系列に戻るよ。蘇生魔法は覚えたしな」
二人共それが言いたかったのか、肩の荷を下ろしたようにホッとしていた。




