第160話 ノクスの報酬
黒鷺城で朝食を摂った後、半焼した家の前でノクスの使いと合流し、祝詞の言った通りノクス邸へと向かった。
元皇帝の妹と言うから豪勢な家かと思えばサラキアで貴族たちが住居としている区画からは程遠い街外れの一角にその建物はあった。壁の色は白。このラティウム帝國では珍しい洋風の建物で西洋風だった。
過去からの技術なのか稀人たちから供与を受けた技術なのかは判別がつかないがこの一体の建物としては異質と言える。
ノクス邸に着くと門前に居た執事に案内されて応接間へと通された。赤い絨毯とその上に置かれたソファの上にノクスが紅茶らしき物が入ったティーカップを目の前にあったテーブルの上へと置いた。
この間の旧コロッセオの時と同じくノクスは緑のドレスではなく魔道士が着てそうなローブを着ていた。勿論、肌の露出はドレスよりも低く本当に身を守る為に着ているように見える。その姿は皇帝の妹と言うよりは少女魔道士で初対面でそう名乗られたら疑う事はまずないだろう。それくらい板についていた。
「このノクスの住居までご足労頂きありがとうございます。大した持てなしは出来ませんが座って下さい」
その言葉を聞いて徒人たちはノクスの対面にあったソファーに腰を下ろす。いつも通りにメイド服をアニエスだけが扉の近くに立つ。
ノクスが指を鳴らすと隣の部屋に続いていたドアが開き、中年執事ととうの立ったメイドがトレイにポットとクッキーらしき物を乗せて現れ、それらをテーブル上に乗せてアニエスを除く人数分用意して壁際に立つ。
「食べながら聞いて下さって構いませんよ。お約束の報酬ですがまずは経費と金銭の報酬としてこれをお受け取り下さい」
彼女の護衛と思しき全身鎧を着込んだ女性が白く大きな袋をテーブルの上に置く。袋の重みでテーブルが軋む。
「金貨ですか?」
「はい。2000枚ほどあります。お納め下さい」
その返答に徒人たちは感嘆の声を上げた。彼方以外は。
「長船兼光が折れて買い替えを考えると地味に足りないかもしれない」
徒人の隣に座る彼方はなどと漏らしていた。彼女にメイン武器がない状態だと確かに辛い。
「あとアニエス氏もこれをお納め下さい」
別の女性騎士が白い袋の包みをアニエスに差し出した。テーブルの上に乗っている物よりは二回りほど小さいが多分金貨が入っているのだろう。
「賄賂ですか?」
「心付けです」
アニエスは少し迷ってからそれを受け取った。そしてその白い袋を懐にしまいこんだ。拒否しても仕方ないと思ったのだろうか。
「そして、刀谷彼方氏にはこれを用意しました。自由にお使い下さい」
メイドが赤い鞘に納められた刀を持ってきた。鞘は豪華な装飾が施され、柄も今までの刀よりはしっかりしているように見える。
「では早速改めさせて頂きます」
彼方はメイドから刀を受け取って鞘から抜き放って刀を光にかざしてみた。刀身は帯電しているかのように幾筋かの光を放っている。まるで稲妻を身に纏うが如く。
「それは銘刀? 業物なの?」
今まで黙り込んでいた十塚が口を開く。
「はい。我が家に、いえ、兄が皇帝だった頃に献上された銘刀です。ただしこのノクスの家系にはその刀を上手く使える者は居ませんので追加報酬として差し上げます。銘は雷切と呼ばれていたと思います」
ノクスはとんでもない事を淡々とした口調で話す。だが彼方と祝詞はその価値に気付いているのか衝撃を受けていた。
「それって凄い刀なんじゃ……」
祝詞はなんとか声を絞り出した。
「俺もそう思う。こんなに凄い物を貰っていいのですか?」
徒人の確認の問いに彼方が睨みつける。こんだけの業物を貰ったのだから後から価値を教えられてやっぱり返せとか言われてるのを気にしているのだろうか。
「大丈夫ですよ。折角の銘刀も倉庫の隅で埃を被るよりは戦に使われて折れる方がマシでしょう。錆びたりして終わるよりは。このノクス自身はそれが武器の定めだと思っています。それこそがこの子にとっては幸せな最後でしょう」
彼方が感心したように頷く。
「ところで試し斬りしていいですか?」
「中では駄目です。外でやって下さい」
彼方の要求はノクスにあっさりと却下された。許可したら暴れかねないので断って正解だ。
「それより次に行きましょう。我が家に鎧に防具一式をかき集めてきました。必要なのを持って行って下さい」
「それはありがたい」
思わず、本音を口にしていた。徒人は死神勇者と戦った際に鎧がボロボロになっていたので買わなければならないと思っていたのでまさに渡りに舟だ。
「大盤振る舞いだな」
「魔法系の装備はこのノクスが集めていたものがありますがロッドは自分の分しかないので他の方に頼んで下さい」
感心したように呟く和樹に在庫がなかったのかノクスが突き放すように言う。その一言に和樹もさすがに眉毛を歪める。
「お前たちはいいよな。俺だって牡羊座の、炎の魔道士と戦って服が焼けたりしてるのに……」
和樹は今着ているローブを見ながら言った。よく見れば袖や裾が黒く焦げてたり穴が空いたりしている。
「師匠。多分、今持ってるのよりもいいロッドなら譲ってもらえるアテがありますのでそっちを当たってみます」
微妙に落ち込んでいる和樹にアニエスが声を掛けた。
「ありがとうな。話を進めてくれ」
「ではお言葉に甘えて。これがノクスの権限で知りうる限りの情報です。稀人召喚に関してとその術式に関しての事の書類で一応一通り揃っていますが全てではないと言う点だけはご了承を」
アニエスと和樹のやり取りが終わったのを見計らってからノクスが指を鳴らして年嵩の執事を呼んだ。その手には多くの資料が握られている。
「これが全部ですか?」
「纏める事も出来ましたがそれだと情報の齟齬が生じるので生の資料と大きなお世話と思いましたがノクスの部下が纏めたレポートです」
祝詞が年嵩の執事から資料を受け取り、その一部をペラペラとめくりながら呟く。恐らく、召喚魔法に関しての資料を徒人が見ても理解できないかもしれない。
「それと家の手配はしばらくお待ち下さい。貴方たちを今更兵舎に戻すのはろくな結果にならないでしょうから急いでは居るのですが……」
「トラブルですか?」
ノクスの顔が曇ったので徒人は反射的に聞いてしまった。
「元老院から横槍が入って許可が降りにくいのです。前と同じような……日本家屋とか言う建築様式でよろしいのですよね?」
その言葉に徒人たちはそれぞれの顔を見合わせる。今更、洋風に戻されても困る。ガスと電気があるわけじゃないだろうし。
「出来れば、で構いません」
祝詞が代表して答える。炊事洗濯を担当してるのは女子陣なので文句は言えない。さすがに掃除とたまに洗濯くらいはしてるが──
「ノクスが善処はしますが余り期待はしないで下さいね。貴方たちが住んでいたところは余りだったので」
その一言に徒人たちは苦笑する。幾ら日本家屋でも薪とかまどはみんな嫌だったらしい。
「このノクスから言える事は以上です。必要な防具は武器防具庫から隣の部屋に持ってきていますのでその中にあるものなら持って行ってもらって構いません。ただし、全部は止めて下さいね。必要な物だけでお願いします」
「分かりました。追加報酬として必要な物だけにしておきます」
祝詞は立ち上がって隣の部屋へと移動しようとする。だがノクスが言葉でその行動を少しの間、押し留めた。
「最後に1つだけ。気になる事があります。最近、このサラキアで死んだ人間を見たという噂が絶えません。ご注意を」
「死んだ人間? ゾンビ? 死霊でも出たの?」
彼方が聞き返した。徒人が真っ先に思いついたのは北の魔王の件だった。あいつが引き際に言ってた事が嘘ではないのなら何か仕掛けてきてもおかしくはない。
「このノクスが見た訳ではありませんので分かりません。ただ、目撃者の情報によると生きてるようだったとだけありました。情報がもっと多かったら良いのですが残念ながら現時点でノクスが持っている情報はこれだけです」
「助かりました。では報酬を受け取ってきます」
祝詞は頭を下げて隣の部屋へと移動し始めた。徒人たちはノクスに一礼して後を追った。




