第159話 笑えない朝食会
終を倒して次の日の朝。徒人は黒鷺城の中庭のテラスに居た。トワと同じテーブルに着いて朝食をとる事になったのは構わないのだが──
「別にここで朝ごはん食べるのは構わないんだけど状況を説明してもらえるかな」
少し離れた大きなテーブルに着いて好き勝手にパンを食べている祝詞たちを見ると徒人は複雑な気分になった。トワとの関係がバレたのでこうなるのは成り行き上は仕方ないのだがちょっと怒ってるトワを見ると食べにくい。恐らく、折角仲直りしたので自分と2人で朝食を食べるつもりだったんだろうと思う。
後で騒いでる祝詞たちの姿を見て邪魔をされたと思っているのかもしれない。
「徒人、ちゃんと食べてますか?」
徒人の左後方を睨みつけていたトワが話を振ってくる。気にしても仕方ないと思ったのだろうか。だが目は微妙に笑ってない。目の前にあるサンドイッチを食べて話題を逸らさないと怒りの炎に焼かれそうな気がしてくる。
「ちゃんと食べてるよ」
促されたので徒人は皿の上に乗っている鳥の胸肉と大根の千切りを挟んだサンドイッチを手に取り、それをかじる。胸肉と大根のシャキシャキとして歯ごたえと辛みに甘いソースが絡み合って幾らでも食べられそうな気がしてきた。大根はあんまり好きじゃないがこれはイケる。
「その蒸鶏はいかがですか? 徒人のお口に合いますか?」
トワの問いに徒人の口にサンドイッチを頬張ったまま首を縦に振る。勿論、嘘は吐いてない。仮に吐いても一瞬で見破られそうなのが悲しいけど。
「良かった。徒人はキャベツが嫌いで朝から余り食べないように思えたので今回は大根にしてみました」
「え? キャベツ嫌いって言ったけ?」
口の中に含んだ分を全て飲み込んでから聞いた。
「微妙に嫌そうに食べてたり、ちょっと残ってたりしてたから分かりますよ」
なんだ。そんな事か。と言わんがばかりにトワは苦笑いしながら答える。自分はこうも分かり易いのだろうと少し悲しくなった。
「あとその西の大陸のオレンジのジュースもあまり好きではないですよね? 南の大陸のミカンのジュースは喜んで飲んでるのに今は若干顔を顰めて飲んでますし」
その指摘に徒人の動作が止まる。ちょっと酸味がきつくて飲みにくいと感じていたので図星だった。
「あ、すまん。言ったら悪いかなと思って」
「言わない方が失礼です」
そう言ってトワが頬を膨らませてむくれている。こういう時は謝っておく方がいいだろう。
「ごめんなさい」
「別に怒ってませんけど。……あっちの家が燃えたと聞きましたがそれで住む所は決まったのでしょうか」
「昨日の今日なんでそれすら決まってません」
昨日は徒人を含めて祝詞たちは黒鷺城で一夜を過ごしたがさすがに数日に渡ってサラキアから消えた状況が続くのは良くない。ラティウム帝國もさすがに怪しむだろうし、トワとの繋がりは今バレる訳にはいかない。バレればラティウム帝國全体を敵に回す。
黄道十二宮の勇者や西の魔王軍、それに北の魔王を潰してから敵対するのならまだしも今の段階で敵を増やすのは得策ではない。どれか1つだけでも叩ければ楽にはなるのだが──
「徒人はわたしと一緒に暮らしませんか?」
トワは照れながらおずおずと話を切り出した。これを言いたかったのだろう。
「……申し出はありがたいけど向こうに居ないと怪しまれるし、転移陣も死神勇者みたいな件があるから」
「転移陣は改良する手前だったので間に合わなくてご迷惑を掛けましたが結果オーライです。問題ありません。問題があるとしたらその件で徒人との同居が流れる事です。と言うか、徒人と気軽に会えなくなるのは困ります」
うつむき加減にトワがブツブツ言っている。どう見ても自分の世界に入り込んでいた。後に居た山羊の角が生えた老執事が徒人を見る。説得してくれと言わんがばかりに。上司が危険な提案をしたら止めるのが部下の勤めなのだから彼の懸念は当然だろう。
「トワ。さすがにあんな事があったらもっと厳重に対策した方がいいと思うんだよ」
「厳重に対策したよ。鏡2枚じゃないと発動しないように作り直したり、転移陣先に結界張って特定の人間以外は抜けれないようにしたし、警護要員も付けるし、今度こそ大丈夫だから」
トワは虚ろ目で顔を真っ赤にして力説する。感情的にどっちなのかはっきりして欲しい気もするが今はそれどころではない。老執事を始め、給仕を行っているメイドたちも徒人にもっと反論しろと言いたげに見ている。
目の前に居るとは徒人が受け入れるものと信じて疑わない視線を向けていた。
徒人が返事に困っているといつの間にか後ろに立っていた彼方が助け舟を出してくれた。
「奥さん、こっちにも事情がありますのでもう暫くは旦那さんを貸し出しておいてくれませんか?」
なんか露骨なヨイショが含まれてる気がしなくもないが。
「徒人。やっぱりわたしたちは夫婦に認定されてるんですね。でも夫は物じゃないので簡単に貸し出す訳には……」
「それは分かっています。そこを重々承知でお力をお貸し頂きたいのです」
彼方が拝むように手を合わせて頭を下げる。それはどこのポーズなんだよ。それに横から見た彼方の顔は微妙に笑ってるようにも見えた。
トワの反応で見て彼方は遊んでいるようにも見える。
その弄ばれているトワはうーん、うーんと腕組みをして真剣に悩んでいた。徒人はツッコミを入れたい衝動に駆られるがここで彼女を怒らせてしまったら元の木阿弥なので黙って見守る事にする。
悩み終えたトワが顔を上げる。そして老執事やメイド、そして徒人に彼方を見て告げる。
「そ、そこまで言うのなら徒人を、か、貸し出しても構いませんけど、絶対に、絶対に手を出しては駄目ですよ。わたしの夫なんですから」
トワは鼻息を荒げながら興奮気味だった。それに対して彼方は微妙に覚めた表情をしていた。なんだ、そんな事かと言いたげに。
「大丈夫ですよ。当方は、うちのパーティメンバーの女子は理性的ですので人様の夫を取るような真似はしません。少なくとも当方は絶対に」
ニコニコして告げる彼方。複雑そうな表情で彼方を睨みつけている祝詞に徒人とトワのテーブルを横目で見ながら黙々とサンドイッチを食べている十塚。メイド服ではなく普段着のアニエスは敢えて聞いてないふりをして和樹を構っていた。
一番悪乗りしやすそうな奴に交渉任せるなよと思わなくもない。
「交渉成立ですね。徒人」
いきなり振られた徒人は驚きを隠しつつトワを見た。
「3日に1回は帰ってきて下さいね」
「ぜ、善処します」
「上手い具合に纏まった」
そんなやり取りを見て彼方は拍手する彼方。胡散臭い物でも見るような目付きで祝詞はそれを見ていた。徒人でさえお前だけは長生きするよ。彼方と言いながら肩を叩きたくなる衝動を堪えていた。
「そう言えば、彼方。お前は右腕を吊るしてなくていいのか?」
徒人は彼方の包帯だらけの右腕について指摘する。医務室で見た時には既に彼女の右腕はくっつけられていた。
「あーあんまり良くはないけどこれでも前より反射神経が良くなった気がするから左手も同じようにしてもらおうかなとか思ったりしなくもない」
「冗談を言っているともげ落ちますよ。完全に繋がるまではそれなりに時間が掛かるんですからちゃんと三角巾で吊るしておいて下さい」
普段の正常な状態に戻ったトワが彼方に釘を刺す。その一言に彼方は青ざめて慌てて首から下げていた三角巾に右腕を通し直した。
「取り敢えず、一旦戻って報酬を受け取りに行って今後の方針を決めないとね」
祝詞が席を立ち上がって彼方の三角巾を締め直す。何となくざまあみろと言っているような気がする。忠告を無視してブンブン腕を振り回したり使われたのが気に入らなかったのか。




