第158話 計算外
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地下深く円卓に集う筈だった勇者たちは5人に減じていた。
黄道十二宮の勇者の中で接近戦最強と言われた剣峰終が神蛇徒人に敗れたからだ。それにしては異常に落ち着いている己に6時の人物、乙女座の勇者は眼前で騒ぐ。他の勇者たちを冷たい視線で見ていた。彼らは自分の席に座りながらも苛立っている様子が見て取れた。
彼だけ落ち着いているのは終の伝言のお陰だ。
「どうしてこうなった」
普段は冷静な鴨野が取り乱している。必勝を期して自分の他に牡羊座の勇者である火群一歩まで投入して神蛇徒人のパーティを足止めしてこれでは立つ瀬がないのだろう。
2時に座る牡牛座の阿戸星昴はフードを被ったまま黙しして語らず、火群は苛つきを隠せないようだった。
惑海は惑海でこの混乱を楽しんですら居る。いつまでゴッコ気分なのか──
「向こうが、神蛇徒人が剣峰終よりも強かったと言うだけの話。鴨野殿、落ち着いてもらえませんか」
「氏名で呼ぶなと言った筈だぞ。六連将也」
鴨野はイライラしているのか、6時を、本名である六連の名で呼んだ。彼にとってはこんな場所で呼ばれたからと言って目くじらを立てるような出来事ではない。外部には漏れないし、ここに残った5人は既に知っている事実なので些事に過ぎないと分かっている。それにも関わらず激高した反応を返すのは冷静ではない証左だ。
「この呼び方でなければ落ち着かなかったのでは?」
六連は出来るだけ感情を殺した声で諭す。本来は剣峰終がやっていた事なのだが彼女が居なくなった以上、自分がやるしかない。鴨野は反論こそしなかったが不愉快そうに眉毛を歪めている。
「確かに彼女は我らの中で最強と呼べる力を誇っていた。だからと言って神蛇徒人との戦いにおいて優れていたと言えるのだろうか。彼女は情にほだされやすいところがあった。倒せる機会を逃したのではないのか」
阿戸星は声こそ変えていないがフードを被ったまま淡々と分析を述べた。だからこそ、その少女としか思えない美声と内容のアンバランスさを一層引き立てている。
確かに終は情にほだされやすい所はあったが戦闘にそれを持ち込んだ事はなかった。
「それでも剣峰は戦闘においてそれを持ち込むような奴ではなかった。形はどうあろうと神蛇徒人に倒されたのは事実だ。その事実から目を背けているからこそ今回の結果になったのではないのか?」
「そうだよ。俺らが戦ってる時に加勢してくれたら勝てただろうに」
火群が八つ当たり気味に呟く。
「馬鹿馬鹿しい。ランキングで五指に入る我らが事前工作しなければ戦う前に帝國に嗅ぎ付けられて襲撃どころの話ではないではないか」
阿戸星がうんざりした口調でため息を吐く。同世代の男女とは思えないやり取りだと六連は肩を竦める。剣峰はよく学校かと愚痴を零していたがその気持は痛いほどよく分かった。
「止めぬか。取り乱した拙僧が悪かった。すまぬ」
鴨野は形だけ頭を下げるが苛ついているのは六連には読み取れた。剣峰が課長どまりの人と称していたがこれも当たっていたのかもしれない。大事な所で感情を殺しきれないのはトップとしては問題がある。
だがぼやいていても話にはならない。六連は本題に入る。
「冷静になられたのなら見てもらいたい物がある」
「改まって一体何だよ?」
「剣峰の遺書だ。もしもの事があった時の為に預かっていた」
その場の全員が息を呑む中、惑海だけが不快そうに鼻を鳴らす。呆れた奴だ。こんな奴のアイデアを採用する鴨野も大概だ。
六連は懐から終の遺書を取り出し、便箋を開いて読み上げた。
「内容は簡潔に書かれている。うちが倒された場合は……神蛇徒人と和解せよ。帝國を倒す為に稀人同士で争っている場合ではない」
そう告げて遺書の中身を見えるように全員へと見せた。
「和平か。確かに帝國以外と組めば容易かろう。帝國を倒すという一点において考えれば……」
淡々と阿戸星が意見を述べる。
「今更、そんな事が出来るか!」
「和平だとありえん」
火群と鴨野が口々に否定した。やはり感情を優先しすぎて話にならない。幾度か戦ったからと言ってなんなのだ。先を見据えて行動してくれと言いたくならんでもない。その様子が楽しいのか、惑海は笑いを堪えているように見える。
「ありえん具合で言えば西の魔王軍と組んだ時点で大概でしょう」
阿戸星が冷笑しつつ呟く。その様子は惑海を含めた3人を罵っているようにも見える。
「なら言う前に反対しなかった」
「反対する時間がなかっただろう。我が聞いたのは帝國領内で聞いたのだぞ。対処する暇があるか」
阿戸星の反論に鴨野が黙り込む。多数決で、拙速で決めた事が全て裏目に出ていた。内心としては阿戸星に共感できるが今はそれどころではない。黄道十二宮の勇者を空中分解させる訳にはいかないのだから。
「止めないか。今更、責任のなすり付け合いを行っても仕方あるまい。剣峰の提案した選択肢を受け入れるのか受け入れないのかはっきり決めようではないか」
「俺は反対だ」
「拙僧も受け入れられない」
「双葉も御免こうむる。折角、西の魔王軍と同盟が成立したのだから」
その言葉に阿戸星が歯を鳴らす。六連も同じ気持ちだった。腹の読めない獣魔族よりも人間を信頼した方がマシだろうに──
「多数決で和睦反対ね。実に愚かな事だ」
阿戸星が吐き捨てるように言って席から立ち上がった。
「どこへ行くつもりだ? まさかとは思うが黄道十二宮の勇者を裏切るつもりか? それならば──」
それを阻止する意図があるのか火群が見当違いの意見を口にする。子供なのもいい加減にして欲しい。或いは組織として硬直化しているのだろうか。
「下らない。神蛇徒人と戦う意図があるのなら少しは考えろ。我々の中で最強と言われた者が落ちたのだ。なら正面から敵に挑むのは愚劣の極みだろう。少しでも奴の動きを封じて戦い難くするのが定石と思わないのか」
阿戸星の冷ややかな声に火群の額には青筋が立っていた。
「お前が行くのか?」
鴨野は不服そうに呟く。
「ランキング上位の地位とコネを駆使して我の方で元老院やユリウスにラティウム帝國を動かしてみよう。上手くすれば神蛇徒人とラティウム帝國を潰し合わせる事が出来るかもしれん。その為に地位を利用すると言うというのも手であろう」
立ち上がった阿戸星は席を戻して出口へと歩いて行く。
「一応、正論ね」
双葉が鼻を鳴らす。この余裕は何のだろうかと六連は気になっていた。黄道十二宮の勇者は組織として立て直す時間が必要で剣峰が倒れたのにも関わらず──
単に何も考えていないのか、或いは誰も知らない切り札があるのだろうか。だが思考を打ち切って六連は言葉を紡ぐ。
「こうなった以上、力に頼るのは愚かな事だろう。より多くのものを味方にした方が戦いに勝つ。歴史を鑑みれば分かる筈だ」
「いいだろう。お手並み拝見と行こう」
鴨野は虚勢とも言える態度で言い放った。
最強が倒れた事実よりも要石であった剣峰を失った事が黄道十二宮の勇者に影を落としていたのはこの場の全員が感じているだろうと六連は考えつつも円卓の間を出て行く阿戸星を見送った。
そして六連も立ち上がった。
「どこへ行く?」
「某もランキング上位なのでな。仲間たちにも取り繕わねばならぬ。余り席を外して居られんのでな」
皮肉を告げて六連は残っていた3人を一瞥して円卓の間を出て行った。




