第157話 お見舞い
徒人たちが黒鷺城へと戻ると血で汚れてると指摘され、全員で風呂へ行かされ、用意された服一式に着替えさせられた。正直、貴族っぽい服が全員イマイチ似合ってない。
そして寝ている彼方の見舞いを済ませた。他のパーティメンバーが医務室に残る中、徒人はトワの病室と言うか彼女の寝室へと移った。徒人はベッドの縁に腰を下ろすがトワは瞼を瞑ったままで起きる気配はない。ただ天蓋越しでも呼吸が安定して顔色が良いのは浅い知識しかない徒人にも分かった。
ただいつもと違うネグリジェを着たトワは病人みたいに見える。
「魔王様を頼みます」
後に立っていたフィロメナがこの場から去ろうとする。
「ちょっと待ってくれ」
「何でしょうか?」
フィロメナが立ち止まる。何を聞きたいのでしょうかと言わんばかりの表情をしていた。
「本当にトワは後遺症とかないのか?」
「暫くの間は多少左腕の上がりが悪くなったりはするでしょう。でもそれは些細な事に過ぎませんよ。生殖能力に関しても問題ないと思われますし魔族の女は頑強ですから。人間の女と違って」
フィロメナの冗談か本気なのか分からない言葉に徒人は返す言葉に困る。
「そうか。本当に彼方の方は右手はちゃんと元通りになるのか?」
「回復魔法的にはそうなりますね。あとは当人の努力次第になります。それよりも婚約者のベッドの端に座ってその質問はないと思うのですが」
「単に確認しておきたかっただけだ。戦力ダウンだしな。それを言えば、長船兼光が折れたのが痛いが……そう言えばこの城に予備の刀とかないのか?」
徒人は迷惑ついでに聞いてみた。
「あったようななかったような……取り敢えずトワ様が目覚めたら聞いてみて下さい」
「丸投げなんだな」
徒人はちょっとムッとして余計な一言を発言してしまう。
「手前は雇われ幹部なんで」
フィロメナが責任は他所へなどと言わんばかりに言ってのける。
「……えーとパートタイマー主婦みたいな感じですか?」
思考が固まった徒人は微妙な間を置いて聞き返す。フィロメナのおばちゃんは既にトワの寝室から出ようとしていた。
「主婦以外の部分がよく分からないけど多分大体合ってると思いますよ。では手前は家に帰って夕食の仕込みを始めないといけませんのでとにかくトワ様の面倒とか後の事はよろしくお願いします。最悪の場合はえーとあの人、祝詞さんに頼んで下さい。彼女のユニークスキルを組み合わせたら手前を凌ぐくらいの回復力はあるでしょうから」
言うだけ言ってフィロメナは出て行ってしまった。
仕方ないので徒人は近くにあったソファーを動かしてベッドに出来るだけ近付けてトワの顔が見える位置に座る。
「天蓋が邪魔だな」
ハサミ出来る訳にもいかないしまして魔剣で切る訳にもいかないので徒人は天蓋を持ち上げて椅子ごと上半身を天蓋の中に入れる。布切れ一つないだけでトワの顔がよく見えた。彼女の胸を辺りを見ても隠れていて呼吸しているか分からないので口元に手をかざして息をしているかどうか確かめる。
手に当たる吐息を感じてため息を吐いた。
「大丈夫か。眠くてしようがないや」
ソファーに体を預けて徒人は化粧を全くしていないトワの顔を眺める。好きな人の顔を眺めながら眠るのも悪くはない。そんな事を考えながら顔をトワの方に向ける。悪い癖の1つなのかいざ寝ようと思ったら寝付けない。
仕方ないのでジッとトワの顔を見ている。それだけではつまらないので外に出ていた左手に自分の右手を絡めて握り締めた。それに反応してトワが握り返してくれる。
「トワの左手は一応は問題ないんだよな」
気になってソファーから立ち上がる。左手でトワの首元を、ネグリジェの一部を下げて左肩の辺りを覗き込んで見る。傷は塞がっているがまだ若干皮膚の下が内出血してるのか青い。ネグリジェの乱れを戻して再びソファーに座った。
「結局は本人次第か」
回復魔法を教わった時に言われた事を思い出す。魔法がどんなに優れていても当人が動かない、治らないと思ってしまえば身体の回復が遅れる。どうしても本人のイメージと意識に左右されてしまう。
トワは果たしてどうだろうか。そんな事を考えていると呻き声が聞こえた。右手で目を擦りながらトワが徒人を見た。
「おはよう」
最初にこの言葉を言うのが正しいように思えた。
「徒人! 徒人! 徒人! 徒人! 徒人! 徒人! 徒人! 徒人! 徒人!」
トワが左手で徒人を引っ張って引き寄せて抱き締める。肩を怪我していたとは思えない力で。治してもらったとは言え、身体にガタが来てる状態なのでちょっと苦しい。
「嘘じゃなよね? 幻じゃないよね? 本物だよね?」
背中に回していた手を離して徒人の肩を掴んで身体を揺さぶった。
「ならほっぺたでも抓ってみる」
徒人はその一言に苦笑しながらそんな提案をする。
「徒人! 徒人! やって」
そんな事を言いながらトワが左の頬を突き出してくる。
「じゃあ、遠慮なく」
当人がやって欲しいと言ってるので徒人はトワの左頬を思い切り抓った。自分でもちょっと頬の筋肉が緩んでニヤニヤしてるのが分かる。
「いたひよ。痛いよ、徒人」
そこで手を離す。同時にトワの左手が徒人の右頬に伸びる。何がしたいかは想像がついていた。ギュッと彼女が徒人の頬を抓る。
「痛いんだけど」
3秒ほど経ってから徒人は訴えた。
「徒人ぉ。徒人ぉ。これでおあいこで平等。対等」
自分から言っておいてこれはどうなのかとも思わなくもないがトワは頬肉がちょっと垂れたような、実際にはあり得ないのだがちびキャラ化したようにほんわかした感じの表情を浮かべているので徒人はきつくは言えない。
喜んでいるトワの顔が急に凍りついた。徒人が何事かと思って構える。一体何なのだろうと。
「化粧してないのに! スッピンなのに!」
トワが頭を抱えて混乱して嘆いていた。
「え……あ、うん。スッピンでも大丈夫だから。そんなに顔の印象変わってないと思うよ」
徒人はフォローを入れる。嘘は言っていない。
「本当に? 徒人ぉ!」
徒人の胸にトワは顔を埋めて鼻と頬を擦りつけてくる。まるで親を見つけた迷子の子犬のようとしか例えようがない。
「あ」
トワが顔を上げてネグリジェを弄り始める。当然、ポケットなどないので何も見つかる訳がない。
「今度はなんだ」
「手紙が! 手紙が!」
「手紙? 何がどうした? 話が見えないんだが俺がアニエスに渡した手紙の事?」
徒人が混乱しながら問う。もしかして自分が上げた手紙なのだろうか。
「うん。徒人から貰った手紙が血で汚れた」
「……それで読む前に汚れて読めなくなったと」
ちょっと目の前が暗くなる。さすがにあれを読む前に読めなくなったと言われるのは辛い。
「違う。もう既に読んでるけど保存しておきたかったのに。あと100回読んで暗記するつもりだったのに」
「えっ!?」
その返答に徒人は少し引く。さすがに暗記されるのは想定外である。
「手紙は保存して内容は暗記して千年先に残るように石に刻もうと思ってたのに」
「さすがにそれはちょっと困るんだけど」
「何言ってるの。徒人がくれた物なんだから石に刻んで残すよ。絶対に千年先まで残してやるんだから。誰が何と言おうと誰が阻もうとわたしはやるから」
徒人の言葉を聞き入れる気もなくトワは決意を固めていた。こうなった以上、絶対にやるだろう。寄りによって千年残る羽目になるとは……頭を抱えたくなるがトワの目の前でそれをやる訳にはいかない。
トワとの絆を取り戻したのは良いが今度は違う方向で振り回されそうだ。もっとも元に戻っただけとも言えるが。
せめて暫くの間は彼女に振り回される余韻に浸っていようと徒人は思った。
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