第156話 戦いの後
徒人はカイロスの時空魔法で自宅裏の中庭に戻ってきた。目の前の自宅は全焼とは言わないが所々が焦げて焼けていた。家の原型は残っているが酷い有様だ。確実にこのままでは住めない。かと言って直すのは建てるよりお金が掛かりそうだった。
「思った以上に酷くやられたな」
「婿殿、取り敢えず原型が残っているだけマシではないか?」
「いやここまできたら……残ってるだけマシか」
カイロスの慰めに否定の言葉を口にしようとして途中で止めた。ここでネガっても仕方ない。
「我はここに居るが何かあったら呼んでくれ」
「分かった」
徒人は表側へと歩いて行く。家を見上げるが所々焼けていて直すのは本当に難しそうだった。
「みんな、無事か?」
気配が4つ。アニエスと祝詞と和樹と十塚の全員が揃っているようだ。
「神蛇君か。全員生きてるよ。君も派手にやられたね」
角から十塚が顔を出す。若干疲れたような表情をしている。その言葉に徒人は自分の姿を見たり体に触れたりして確かめる。髪の一部は血で固まってるし着ていた鎧はボロボロになっていた。
「終は? 彼方は?」
徒人が角を曲がった所で目の前に居た祝詞が聞いてきた。
「近いよ。落ち着け」
徒人はため息を吐きながら頭を掻く。
「死神勇者なら俺の手で倒した。彼方は死神勇者と戦った時の傷が原因で治療中だ」
「それより聞きたい事がある。2階のお前の部屋に何あるんだ? それと怪しい行動についてもそろそろハッキリさせてくれ。俺は一時期お前が一番怪しいと思ってたよ」
一番奥、離れた位置に居た和樹が覚悟を決めたかのように顔を上げる。彼にとって最悪の答えの場合はやる気だろう。
「先に言っておくけど私も知ってたから知ってたからと言って責めるのは筋が違う」
祝詞が徒人を庇うように和樹との直線上に立った。
「別に怒ったり責めたりする気はない。終の件があるからハッキリさせたいだけだ。お前がどっちなのか。俺たちに害を成すのかそれとも益をもたらすのか」
和樹はボロボロの状態にも関わらず、ロッドの先端を徒人と祝詞に向ける。
「それに関して1つ。呪いの件なら我が、南の魔王軍は協力できると思います」
アニエスが徒人と和樹の間に割り込む。彼女ははっきり魔王軍と名乗ってしまった。良いのかとも思わなくもないが自分の部屋の転移陣がバレた以上は隠し通すのは難しい。どうせ、どこへ消えたか、どこへ行ったかも話さざるおえないだろうし。
「魔王軍が人助け?」
徒人の後ろに移動した十塚が苦笑している。勿論、十塚も下手な対応をすれば逃げ出すか戦う事になるだろう。
「まさか打算です。その呪いを解けばこちらとしても稀人を引き入れる材料になりますから」
アニエスが笑いながら言った。取り敢えず、和樹が攻撃のリアクションを起こそうとすれば気絶させられる位置には動いている。
「剣峰……死神勇者が殺そうとしたのは南の魔王で徒人の部屋はその南の魔王が居る場所への転移陣が張ってたと言う事か?」
「はい。ちなみに南の魔王と呼ばれている方は師匠も十塚さんも会った事がある方です」
アニエスは左手を上げる。恐らくは自分が説明するという意味なのだろうと徒人は解釈する。
「刀谷は知っていたのか? いや教えていたのか?」
和樹が面白くなさそうにしている。だがロッドの先端は動いていない。
「私は教えてない」
「自分も教えてません」
祝詞とアニエスの返事に徒人は自分に視線が集まってくるのを感じた。
「俺を疑うなんてどうかしてるよ。俺が教える訳ないだろう。カンの良いアイツの事だ。多分、自力で気が付いたんだろう。俺の部屋を家宅捜査まがいの事をした時に。そして死神勇者も」
それだけ言ってそこで気付いた。やっぱりあの時にある程度の当たりを付けられていたのだろうか。だとすればかなり間抜けな話だ。
「なら彼方が勝手に気付いたと言うのが説か。俺だけ知らないのかと思ったよ」
「……その場合なら自分が喋ってます」
俯いたアニエスが呟いた。
「話を総合すると南の魔王はトワ氏のようだね。魔王なら普通の勇者なら倒しにかかるのも分からなくもないけどラティウム帝國と対峙している黄道十二宮の勇者がどうして魔王と殺し合っているんだろう」
「前者に関しての返答は肯定です。後者に関しては先代の南の魔王との因縁があります。これは西の魔王軍にとってもそうですが。後は……別の魔王軍と手を組んだ可能性です。この大陸に攻め込んでいる魔王軍は4つ。ですがそれぞれに置いて考え方と目的と手段に因る差異があります。南の魔王軍なら南の大陸に侵攻されないようにラティウム帝國の力を削いで有利な状況で講話する事。西の魔王軍は純粋に帝國を倒す事。この目的だけで考えるのならば南の魔王軍よりも西の魔王軍を選んだ方が黄道十二宮の勇者には得でしょう」
アニエスがそう説明する。十塚は大体納得がいったのか何も言わなかった。
「その点だけを考えたら合理的だな」
「冗談じゃない。小生は黄道十二宮の勇者のリーダーの正気を疑うよ」
ロッドを下ろした和樹の言葉に十塚が声を荒げる。彼女が怒っている所を見るのは初めてだ。
「そんなに西の魔王軍はヤバイの?」
「女子供ですらも殺す野蛮な連中だよ。血も涙もないのに。……特に西の魔王であるマクシムス・スローンは戦いを好む残虐な奴だと聞いている」
祝詞の問いに十塚が吐き捨てるように言う。徒人は神前早希が亡くなった時も西の魔王軍に村が襲われていたのを思い出す。確かに酷い有様だった。
「殲滅戦よりは話し合いの出来る魔王の方がマシだな。だからこそ余計に狙われたのか。そこから考えると西の魔王軍の誰かが黄道十二宮の勇者に出した条件がその南の魔王の暗殺だった訳か」
和樹の導き出した答えに徒人は押し黙る。終の、死神勇者の内情を突きつけられるといい気分ではない。勿論、許そうとは思わないが。
「取り敢えず、なし崩しだけど私たちもその転移陣の転移先に案内して貰わないと彼方の怪我の具合も分からないよ」
徒人はアニエスを見た。視線に気付いたのか彼女が振り向いて頷いた。
「一応、纏まったのですからカイロスを呼べばいいかと」
「カイロス、来てくれ」
カイロスが無言で近くまで歩いてきて一礼する。和樹と十塚は初対面なので影人間に対して少し引いているように見えた。
「紹介する。南の魔王軍の幹部である五星角の1人。時空魔道士のカイロス。彼が運んでくれる」
アニエスの紹介に再び頭を下げた。相変わらず彼女の前では話す気はないらしい。
「転移陣は出来ているのでしょう?」
カイロスは頷いて己の隣に極彩色の空間を開く。
「皆さん、行きましょう。そこで詳しい説明を聞けばいいと思います」
アニエスがそう促した。
「そう言えば先方さんの本拠地に行くのは初めてなのか」
祝詞が極彩色の空間へと歩きながら呟く。無言で続く十塚。
「いきなり襲われたりしないよな?」
和樹はアニエスに聞いていた。
「殺すつもりならあいつがとっくに襲い掛かってきてます」
カイロスを指差しながらアニエスが答えた。それはお前もだろうと思わなくもない。
「分かり易いけどとっても嬉しくない証明の仕方だな」
和樹が珍しくため息を吐いていた。
「でも証明としては完璧かと」
アニエスが手で先へ行くように促す。徒人は戸惑っている和樹と視線が合った。
「先頼む」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
徒人は極彩色の空間へと入って行った。




