第154話 力を貸せ
「一か八か試してみるしかないか。悩んでるよりやるしかない」
徒人はノートゥングを持ち上げられる事を祈りながら柄を両手で掴む。だが終が軽々と使いこなしていたのとは違い、びくともしない。
今度は屈んでから持ち上げようと試みる。
「クソケチな伝説の武器だな! 人助けするんだ! ガタガタ抵抗してないで力を貸せ! ノートゥング!」
怒りに任せて叫んでみるがノートゥングは重くて拾えない。爪の先が欠けた。
「1回でいいからケチケチしないで手を貸せ。お前は伝説の武器だろう。人を助けるのにけち臭い事するな」
殆ど八つ当たりに等しいがそれでも徒人は叫んだ。
さっきまでの重量が嘘のようにノートゥングはいとも簡単に持ち上がった。徒人はその事に驚いたがそれどころじゃない。謁見の間の扉付近へと移動する。
持ってみて分かるが剣で使える必殺技は勝手が違いすぎて使えそうにない。徒人に剣技を大剣に適応のスキルがあれば出来るのかもしれないがそんなのすぐには使えそうにないし、まして一瞬で覚えられるほど器用ではない。そんなチートも天賦の才能も持ってないのだから。
なら打てる手は1つしかない。徒人は振り返って終の遺体を見る。知っている技と言えば、神零断罪撃と天意烈風斬しかない。そしてこの赤い繭を破壊できそうな技は神零断罪撃の方だろう。
終が言っていた事を思い出しながらノートゥングを構える。
『足を肩幅に大きく開いて左足を前に。正眼構えてから後ろに少し逸らして止める。獲物の切っ先を意識して力を溜める。敵にインパクトする瞬間に死ねって願う感じかな。な、簡単やろう? 徒人ちゃん。あ、ちょっと距離がある場合は走ったりして間合いを詰めるや』
終の声が聞こえた気がした。教わったとおりにノートゥングを動かし、呼吸を整える。そして赤い繭に向かって走りだす。
「神零断罪撃!」
ノートゥングの切っ先が赤い繭に当たった瞬間に手応えを感じる。赤い繭は扉ごと形を失ってあっさりと消えた。だが徒人は上手く止まれずにそのまま形だけ残っていた扉に突っ込んだ。そして謁見の間手前の廊下にそのまま無様に滑る。
ノートゥングは徒人の手を離れて廊下を滑っていく。そして、壁の手前で停止した。自分の役目は終わったと言わんがばかりに。
「地味に痛い」
慌てて立ち上がろうとした所で声が掛かった。
「徒人様、大丈夫ですか?」
「動けるのであれば問題ない。それよりも閣下の方を」
フィロメナの声に冷静なシルヴェストルが響く。それに反応してフィロメナが謁見の間へと入っていった。
「立てるか」
「なんとかな」
近寄ってきた武人の竜人の顔を徒人は見た。普段よりもその顔には苦悩と読み取れる皺が増えている。
「遅れてスマン」
「俺に言う事じゃない」
それだけ言って徒人はトワの元へと走り出した。
「深遠なる闇の下僕たるフィロメナが命じる。天が与えし定めですらも理の外に置く。この場で傷付き倒れたこの者に安息たる闇の祝福を与え、全ての傷を癒やし給え! 《エクストラ・ヒール!》」
謁見の間に入るとトワは担架に乗せられてフィロメナの治療を受けている。トワの出血が止まり、真っ白になりかけていた顔色は色を取り戻し、呼吸も正常に戻った。さすがに上級魔法と言えるだろう。
「良かった。フィロメナさん、これでトワは大丈夫なんだよな?」
トワの隣に屈みこんだ徒人がフィロメナに問う。
「トワ様は一命は取り留めますよ。ただ……」
フィロメナが深刻そうに話す。
「どうしたんだよ? 言ってくれ!」
「今回の事で相当無茶をしたので寿命の低下に左肩と左腕に後遺症が残るかもしれません。それに徒人殿もです。あんまりそのユニークスキル[死と再生の転輪]は使わない方がよろしいかと」
結構重要な事を告げる。徒人は自分の事を言われてもトワの事で頭がいっぱいで事実が入ってこない。
「今回は頼ってたら完全にあの世送りにされてたよ。それよりトワに関して他に残りそうな後遺症はないのか?」
「恐らく大丈夫かと。あれでも魔族なので徒人殿よりも頑強に出来てると思いますので」
フィロメナの返しに徒人は苦笑するがそれどころではないのを思い出した。
「彼方とみんなは?」
徒人は自宅に戻ろうとするが謁見の間へと歩いて入ってきたカイロスが告げる。
「彼女はフィロメナが治して医務室へ運んだ。右手もくっついている。今までのように動くかは分からないが。あとあの転移先に関してなら問題ない。彼奴らは撤退したのを我が確認した。ちなみに徒人殿が使っていた家は炎の魔道士との戦闘で半壊した」
「あの家、燃えたのか」
祝詞たちが無事なのは朗報だが自宅が燃えた事にショックを受けた。ショックを受ける自分に驚く。自分が殺されるよりショックなのが笑えない。
シルヴェストルたちが終の遺体の元に集まっている。
「トワを頼む」
「全部終えたら魔王様の傍らに居て下さい。目が覚めた時に徒人様が居てくれるほどあの方にとって喜ばしい事はないと思いますから」
「分かってる。先に起きないことを願ってるよ」
それだけ言い残して徒人はシルヴェストルの元へ向かった。彼は終の胸から魔剣を軽々と引き抜いていた。隣に居た執事が血を拭っている。
「……出来れば」
徒人が着くとシルヴェストルとその執事やメイドたちが終を見下ろしている。既に完全に息絶えており、その目は虚ろを見つめて開いたままだった。
「分かっている。わしも戦士だ。戦いの果てに散っていった戦士を無下にはしないし、例え閣下のお言葉があろうとそれに背いてでも丁重に埋葬させてもらう」
シルヴェストルはそう言うと屈んで右手で終の瞼を閉じる。そして両手で胸の前で組ませて離れた。彼が離れると同時にメイドたちがタオルで顔を綺麗に拭いていた。
「襲撃で誰か殺されたりしなかったのか?」
問いに答える前にシルヴェストルは魔剣の柄を親指と人差し指で摘むようにして持ち、徒人の前に差し出した。魔剣を無言で受け取って鞘に収める。
「多少の怪我人は出ているがわしらに、南の魔王軍に取り返しのつかない人的被害は出ていない。最小の犠牲だけで済ませるつもりだったのだろう」
メイドが綺麗にした終の顔は先程まで激闘を繰り広げていたとは思えないくらい安らいだ顔をしていた。そしてそれが終わるとメイドの1人が白いシーツらしき布を全身に掛けていた。
「クソ。そのお節介さをどうして違う風に使えなかったんだ」
徒人は遣る瀬なさに言葉を吐き捨てた。どうにも出来なかった事、どうにもならなかった事に思いを馳せる。もっと良い方法があったのではないかと考えるが徒人自身には他に選択肢はなかった。
結局、ここに至った災禍は剣峰終と言う人物による判断なのだから。
「所詮、己がどれだけ正しいと信じ込んでいても端から見れば滑稽な事など沢山あるし、その逆もあろう。結局、結果的に正しいのと己が正しいと信じるのと正しくないと理解しながらも剣を振るわねばならぬ事など幾らでもある。せめて何かを貴公に残せたのであらばこの者の死も無駄ではない」
シルヴェストルの言葉に徒人は押し黙った。
「それに貴公がここに居ても仕方なかろう。閣下の元か仲間を見てきてやるといい」
「ここはお願いします」
徒人は頭を下げた。だが次出されたのはシルヴェストルの右拳だった。
「そういう礼は性に合わん」
意図を理解して徒人は自分の右拳を突き合わせた。
「任された」
その言葉を聞いて徒人はシルヴェストルに背を向けた。そして終の遺体にも。
歩いて謁見の間を出て徒人がため息を吐く。
「あいつは酷い奴だった。自分勝手で酒に溺れて朝まで呑んだくれるわ。いちいち人をからかうし、でも前衛としては間違いなく頼りになった。最高のパラディンだったと思う」
徒人はそれぞれの瞬間を思い返しながら呟く。この怒りのやり場はどこにもない。自分自身が判断して剣峰終を手に掛けたのだから。直接関わっていないと言え、自分の感情を操作した事に感して決して許せはしない。同時に彼女が命を張って自分や仲間の為にファウストや緑の龍と戦った事も忘れられない。
気配を感じて顔を上げた。少し先にカイロスが佇んでいる。
「それが仲間と言うものです」
「そっか。……何がルビコン川だ。覚悟が足りなかったのは俺の方じゃないか」
彼方の言葉を思い出しながら徒人は自嘲的な笑みを浮かべた。心の中で湧き上がる感情を確認しながら宣言のように呟いた。
「誰かの意志なんか関係ない。もうこれは俺の戦争だ。そして俺が始める。身勝手極まりない感情だと分かっていても俺は黄道十二宮の勇者をぶっ潰す! この手で」
右手で作った握り拳を左手のひらにぶつける。そして深く息を吸ってゆっくりと吐く。それを何度か繰り返して徒人は落ち着きを取り戻した。まずは状況を確かめなければならない。
自分が泣いていた事に気が付いて徒人は手で乱暴に涙を拭う。
「落ち着きましたか?」
「ああ。カイロス。自宅への転移陣は?」
「今すぐにお作りしましょう」
カイロスが言うや否や極彩色の空間が開く。
徒人はすぐに空間の中へと飛び込んだ。
【神蛇徒人は剣騎士の職業熟練度は250になりました。魔法騎士の職業熟練度は500になりました。[英雄殺し]の称号を獲得。[英雄殺し]の称号の効果で[ノーブルキラー]を習得しました】
[英雄殺し] 英雄を、この場合は勇者を殺した者に贈られる称号。以前に倒した岳屋弥勒は先代の魔王の血のせいで勇者の資格を失っていたので今回の習得となる。
[ノーブルキラー] 勇者や魔王に対して効果を発揮。対象に対してより大きなダメージを与える事が出来る。




