第152話 ユニークスキル・灯火消えんとして光を増す
「つれないな。……敵に情けを求めるなどあり得ないか」
ゆっくりと向かってくる終。だがやはり左足は短時間では治せないのか足を引きずっていた。
徒人は仰向けに倒れたまま動けないトワを巻き込まないように前へ出る。
「いちいち喋らないと何も出来ないのかよ」
「そうなんだよ。小生はそういう人間なんだ」
終が世間話でもするかのように近付いて来る。やっぱりどこか異質で気持ち悪い。
「最後に聞くけどそこをどいてくれないかな? 小生が殺すのはどちらか1人でいいのだから」
人の感情などどこ吹く風で終が切り出す。
「徒人」
トワが蚊の鳴くような声で呟く。死神勇者の傷の治癒を防ぐ力が彼女の命を奪おうとしている。
徒人は反射的に飛び出していた。
次の瞬間、ノートゥングが左側から迫ってくる。魔剣で受け止めるが質量と力の差で防ぎきれずに壁に叩きつけられた。一瞬、意識が途切れる。気が付いた時には左肩に痛みではなく体感として左肩が砕けて使い物にならない事を悟る。衝撃で額の傷が再び開く。熱い感触と血が頬を伝う。まるで涙のように──
怒りで痛みを無視できるくらいに怒っているのだろう。
徒人は魔剣を右手に持ち、左腕を使わないように立ち上がった。
「俺は引かない。退かない。逃げない。俺の、後ろにトワがいる。引いたらか彼女が死ぬ。俺が逃げたらパーティのみんなが無駄になる。彼方の想いが潰える。だから、足が砕けようと、腕を切り落とされようと命を削られようと、魂を砕かれようと、俺の意志でお前を、絶対にお前を倒す!」
一瞬で距離を詰めて終に斬り掛かる。全身鎧の隙間をぬって右の二の腕を斬り裂く。
「聞くだけ無駄だったみたいだな。その答えがどっちだろうと小生にとってプラスにはならないのに」
終がノートゥングを上から叩き潰すように振り下ろす。徒人はそれを横に避けて袈裟斬りを放つ。終はその一撃を左手の篭手で受け止めた。予想以上に強固な鎧で身を守っていたのか。ならば狙うはファウストが砕いた右胸部の穴を狙うしかない。
「伝説の鎧でも着てるのかよ!」
徒人は吐き捨てる。ハンマーを振り下ろすようなノートゥングの一撃が飛んできた。なんとか魔剣で防御するものの胸当てを潰されてその勢いで床を転がる。
胸当ては破壊され、胸部を斬り裂かれ、熱い感触と血が流れ出すのを感じる。
「やはり浅かったか」
終はため息を吐く。だがその斬撃は確実に鈍っている。
しかし、このままでは徒人の命の方が先に尽きてしまう。彼方によって終の左膝を潰されていなければ既に勝負は着いていたかもしれない。しかもこっちはジリ貧で打開策が見当たらない。何か奥の手でもあればいいだが──
徒人のユニークスキル[死と再生の転輪]では対処できない。それに殺されたのであれば終の死神勇者特有のユニークスキルで二度と蘇生させられないようにライフポイントを、命を殺し尽くされてしまうだろう。
徒人は左肩を庇いながら立ち上がった。
「諦めが悪いな。でもそうじゃなきゃ蠍座じゃないか。かつての蠍座の勇者も絶体絶命のピンチをひっくり返したとか言われてるよ。でもそろそろ終わりにさせてもらう。TKOはあんまり好きじゃないんだ。遊びは終わらせて仕留めさせてもらう」
終がノートゥングを最上段に構えて突撃の構えを取る。
「勇者様にはそんな決定権があるのか」
徒人は殆ど右手だけで魔剣を持つ。左手は殆ど添えているだけの状態で魔剣を正眼に構えた。
「行くぞ!」
掛け声と共に終がノートゥング構えたまま、徒人目掛けて突撃してきた。その体には赤いオーラを纏っている。これの直撃を食らえば今度こそ終わりかもしれない。少しでも威力を削がなくては。
「ダブル・クレセント!」
徒人は魔剣を肩に担ぐ。そして右、左と魔剣を振るい、三日月型の光刃を2つ生み出す。2つの三日月型の光刃は絡み合って1つに融合して終に迫る。
「徒人ぉ!」
トワの悲鳴にも似た声が聞こえる。理由は分かっていた。左手が使えない影響でダブル・クレセントの威力が落ちていた為に終を止められなかったのだろう。
だがその爆発に巻き込まれながらも終がその爆炎の中から抜けてきた。
「王道殲滅斬!」
ノートゥングを突き出しての突撃に魔剣を盾にしつつかわそうとするが辺りの空気ごと巻き込まれて捕まった。そしてそのまま終の突進をもろに受けて徒人は壁に叩きつけられた。乾いた金属音がして魔剣が床を転がって絨毯の上で止まった。
徒人は生きてはいたが全身が炎に焼かれたようの熱傷を負い、呼吸が苦しい。まだ動く目を動かして終を見る。
「浅かったけどこれで致命傷だろう」
終は徒人が見つめているのも続いていないのか背を向けてトワの方へと歩き出す。このまま見ていれば、トワは間違いなく殺されるだろう。立たなければ。立って阻止しなければ。だが力が全身に入らない。魔剣のところまで転がり、魔剣を右手で掴んでそれを支点にして身体を起こす。それだけでもう勘弁していくれと言わんばかりに徒人の全身が悲鳴を上げた。
「寝てたら出来るだけ苦しまないように止めを刺してあげるよ」
背を向けたまま、終が優しく諭す。
「まだだ! まだ終わってない!」
魔剣を杖代わりにして徒人は起き上がった。焼かれた胸部の痛み、叩きつけられた時に出来た裂傷から流れる血で絨毯が赤黒く染まっていく。多分、この傷にも治癒阻害効果があるのか傷口が塞がろうとしない。
終を倒して治せるようになればいいが──
「徒人も結構しつこいと思うよ」
「お前にだけは言われたくない」
息を整えようとするが上手くいかない。その時、精霊さんの声が聞こえた。
『こちら、ナビゲートの聖隷。瀕死の状況における生命力の低下に伴い、第二のユニークスキルである[灯火消えんとして光を増す]の解放と強制発動を確認しました。ユニークスキルである命の輝きは窮地に陥れば陥るほど能力が向上する特殊スキルです。ただし、戦闘状態が終了しないかぎり残り180秒後に貴方は強制的に力尽きます。では貴方の勝利をお祈りします』
体力も傷口も回復していないが痛みが消えて徒人の身体には先程よりも力が漲ってくる。これでまた戦える。問題はこれにプラスαがなければ終は倒せない。残りをどこから持ってくるかだ。それにこのユニークスキルは所謂ロウソクの消える前の最後の一瞬みたいなものだろう。力尽きれば終に止めを刺される。180秒で決着を着けなければ。
ユニークスキルの特性を理解した瞬間、徒人は走り出していた。その一瞬で終の真横に移動して魔剣を振るう。
「そんなイヤボーンで小生を倒せると思うな!」
終がノートゥングで防御の構えを取る。今までは軽々と防がれるか斬り合うだけだったノートゥングを弾く。同時に左腕の篭手を薙ぐ。斬撃時の衝撃で彼女の体が大きく後ろに後退した。
「ど、どういう事だ? こんな短期間にレベルアップしたりパワーアップする訳が……ユニークスキルか!」
苦痛に顔を歪めて驚く終に徒人は答えずに猛追を掛けた。ただひたすらに剣撃を叩き込み続ける。コンマ1秒すら無駄にする訳にはいかない。これ倒せなければこっちの負けだ。
右から、左から、上から下から壁や天井を利用してありとあらゆる方向と角度から剣撃を放ち続ける。徒人の傷口から血が飛び散る。全身の骨が軋み、少しずつ少しずつヒビが入り壊れていく。筋肉は引きちぎれ、機能を失っていく。
その息もつかせぬ剣撃の嵐に終は全身鎧の上からでもダメージを負っていく。徒人はひたすら攻撃を繰り返す。だが急所を優先して守っているのか致命傷には届かない。
『残り120秒』
精霊、いや聖隷さんが無機質に告げる。
「小生を舐めるな!」
終が叫んで応酬する。ノートゥングが大剣のせいか今までとは違い、徒人には軌道が見えた。ノートゥングが生み出した暴風を掻い潜り、首と顔と胸の破壊された部位を狙う。だが鬼女と呼べる形相の終がそれらを叩き落とす。
「徒人、やめて! それ以上は本当に死んでしまう! 蘇生できなくなってしまう! わたしはいいからやめてぇ!」
トワが仰向けからうつ伏せになって涙声で遠くから叫んだ。応えたいのはやまやまだがそれを我慢して徒人はひたすら攻め続ける。徒人と対の血が鎧片が宙に舞う。そして絨毯を、床を隙間なく赤黒く染め上げていく。
徒人が一撃、一撃を放つ度に終は弱まっていく。だがこのままではカウントダウンに間に合わない。
残り60秒。残り45秒。残り30秒。残り10秒。聖隷さんが淡々と告げる。
徒人は回り込もうとフェイントを掛ける。
「そんなこけおどしに!」
だが徒人の持つ魔剣が後から終を襲い、その斬撃が右の二の腕を半ばまで斬り裂いた。何が起きたか理解できずに終が困惑する。徒人が前に居たにも関わらず後ろに気を取られた事を理解できなかったのか。終が見たのは徒人の残像だった。終の対人感知能力スキルが誤認したのだろうか。彼女の最大の長所が仇になった。
『5秒、4秒、3秒』
徒人は終が振り向いた瞬間に体ごとぶつかるような突きを放った。その一撃はファウストが破壊していた右胸部の鎧が砕けていた場所へと吸い込まれる。
そして2つの影が交差した。




