第149話 死神勇者の襲撃
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彼方が飛び込んだ瞬間、転移陣はおかしな誤作動を起こした。転移できなかったのか転移先の陣を破壊されたのか極彩色の空間に迷い込んだ。
「しまったな。丁度、バグった所に飛び込んでしまった。おーい、カイロスさん! 貴方が管理者なんでしょう? 助けてくれない」
彼方が叫ぶと空間が歪んでフードを被った影人間カイロスが現れた。彼方には表情は読めないが言うべき事とやるべき事は分かってる。
「トワさんが狙われてる。向かってるのは剣峰終と言う全身鎧の女。神蛇さんと接近戦で強い人を呼んできて。あと当方をトワさんの近くでどこからでも侵攻を阻める位置に移動させて。当方が時間を稼ぐ」
その言葉を言い終わる前に極彩色の空間が消えてどこかの回廊へと転移した。
「そこが待ち伏せに持ってこの場所だ。どっちから移動しようとそこは絶対に通らねばならぬ。名は知らぬが頼む」
カイロスは声だけ残して姿は見えなくなった。
質素だが堅実でセンスを感じる備品の飾られた回廊。城の中のようだが当然彼方にはここがどこだか分からないが大体状況は把握できた彼方が呟く。
「魔族のお姫様かなんかか……だから剣峰のターゲットなのね」
彼方はあたりを見回してここが謁見の間に続く唯一の道になっている事を把握する。耳を澄ませば誰かが交戦しているのか魔法を使っている音や剣がかち合う音が響く。だがそれらはすぐに終わった。残るは全身鎧の金属が擦れる音だけだった。
どうやら手薄になっているタイミングで襲撃されたのか。いずれにせよ。彼方には知る由もない事であるし、自分がやらなければならないのは剣峰をここで倒す事だ。
目と耳、五感の全てを動員して敵を待つ。幾度も経験してきた事だがこっちでは勝手が違うので慣れないと思ってしまう。
全身鎧の擦れる音がこの回廊手前で止まる。誰かがこちらを窺ってる気配を感じた。
「無駄だよ、剣峰さん。そこにいるのは分かってる」
彼方は長船兼光を鞘から抜き放つ。それに応じて全身鎧にフルフェイス型の兜を被った終が現れた。
「どいてくれるかな? 貴女はターゲットじゃない」
終が喋りながら近付いて来る。その手には血のついたノートゥングが握られている。
「ここの人を何人斬った?」
彼方も距離を詰めながら問う。回廊の端から端まで50mあるかないか。幅は侵入者を阻む為か非常に狭い。支障なくノートゥングを振るうのがやっとくらいか。
「ここに居るのは魔族だよ」
「人間じゃないから殺していいか。それって勇者じゃなくて悪役が言う台詞じゃないの?」
真意を声色から図ろうとするが彼方には分からない。冷徹な声が返ってくるだけだった。
「貴女の背の向こうがにいるのが誰か分かってるの? 魔王だよ。南の魔王軍の総司令官トワ・ノールオセアン。貴女には縁もゆかりもない」
「縁もゆかりもあるよ。鎮守の森へ一緒に行って同じ釜の飯を食った。戦う理由ならそれだけで十分」
彼方は全身から闘気を発しながら更に距離を詰める。
「そんな事に命を賭けるの?」
「当方からして見たら魔王だからと言う理由で殺す方がどうかしてる。そんな理由で殺さなきゃいけないのならもっと許せない理由で殺さなきゃいけない奴が居る。それに裏切り者を手に掛けてきた当方に些事な理由に聞こえるよ。もっとも立場の違いだけど」
もうあと3mほど踏み込めが向こうの間合いに入る所で彼方は止まって長船兼光を構えた。
「貴女は……何人殺したの?」
終が己の間合い手前で止まってノートゥングを両手で構える。
「いちいち覚えていない。そういうモノでしょう。覚えているのは助けられなかった仲間の数だけ」
彼方は全身の神経を集中させて終を見つめる。
「そうか。ならば始めよう。話して通してくれそうにない」
「やっぱりあんたは自分勝手だね」
言うと同時に彼方が仕掛けた。
突きで攻め続ける彼方に対して終はノートゥングを盾のように使い、剣の腹で防御している。
剣速なら彼方に、力と範囲なら終に軍配があがるだろうと踏んでいた。だが実際に斬り結んでみると剣速ですら大剣であるノートゥングを相手が獲物にしている事を考えれば負けている可能性がある。
もっとも終の大剣で斬り結んだ経験値と彼方の獲物である日本刀が突きに向いていないと言うのはある。
彼方が一方的に攻撃しながらも押し切れない。
恐らく終はチャンスが来るのを待っている。このまま押さえ込めれば援軍が到着して彼方の勝利であった。だがこの手に握る長船兼光がそれを許さなかった。既に長船兼光は連戦に次ぐ連戦で音を上げつつある。このまま、ノートゥングと斬り結び続ければ、折れてしまうだろう。
決着を急ぐしかない。ならば彼方に出来るのはただ一つ。鎧を攻撃すればその装甲を貫く前に長船兼光が耐え切れないで折れる。ファウストが終の全身鎧の胸部を破損させた箇所に必殺の一撃を叩き込む事しかない。その為には必殺技をユニークスキル[破滅の一撃]の一撃を使うしかない。
これを使えば長船兼光は砕け散るだろう。足止めが出来ない以上、彼方には終を倒すしか手段がない。相打ち覚悟で。
機を見計らいつつ、彼方はチャンスを待つ。自分の必殺技を打てる間合いを見計らう。
その時、終が僅かに体勢を崩した。罠かもしれないが使うしかない。切った張ったを始めた以上は戻れないのだから。
「鳳凰天翔斬!」
彼方は微かに下がり、自分の右下に長船兼光を構えて突撃する。終が前に出てくる。技の発動を潰すつもりかだが遅い。
右下から斬撃が終の全身鎧の右胸の穴へと吸い込まれ、彼女の胸を貫く──筈だった。それをさせじと終が更に踏み出した左足の膝に邪魔され、長船兼光は膝を覆っていた鎧の金属にぶつかり、切っ先から、正確には物打と言われる部分から砕け散った。
同時に回廊に鈍く嫌な音が響く。終の左膝から大量の血が溢れ出す。彼方の必殺の一撃を防ぐ為に左足を、左膝を捨てたのだ。その結果、ユニークスキルである[破滅の一撃]は発動しなかった。
自分の目の前で砕け散る相棒であった長船兼光の破片を見ながら彼方は笑った。自分の運命に対して。もし、それ以上の銘刀だったならば、もしくは長船兼光が万全の状態であれば終の左膝ごと斬り落とし、終を絶命させただろうに。
「もらった」
その言葉と共に彼方の体に左から衝撃が襲った。視界がドラム式洗濯機に放り込まれたかのように回転し、回廊の壁へ叩きつけられる。それでも威力を殺せずにまるで壁を転がるかの如く奥へと投げ出された。
彼方が意識を取り戻した時には回廊奥の扉近くに転がっていた。終の膝が潰れたお陰で剣撃がブレてノートゥングの腹を叩きつけられただけで済んだのかまだ五体満足にくっついている。
視界が赤く染まる中、彼方は気力を振り絞って終の方を見る。回復魔法で左膝を治そうとしていた。立ち上がって腕に隠してある予備の二振りの小太刀で攻撃できればまだ勝機はある。だが起き上がろうとしても全身に力が入らない。ただ微かに体が揺れて前髪が揺れるだけ。
「清浄なる光の下僕たる剣峰終が命じる。傷付き倒れたこの者に安寧たる光の祝福を! 《ヒール!》 清浄なる光の下僕たる剣峰終が命じる。傷付き倒れたこの者に安寧たる光の祝福を! 《ヒール!》」
終は2回目の回復魔法を使って歩き出した。だが完全に回復しきれなかったのか左足を引きずっている。だがすぐに走って扉に到達。彼方の目の前を通過しようとする。
「ん?」
扉を開けて謁見の間へと急ごうとする終が異変に気付く。
「行かせない。行かせるものか!」
ようやく動いた右手で終の左足首を掴んだ。こんな程度の事が時間稼ぎになるとは思えないが彼方にはこのまま行かせる気はなかった。どれほど惨めであろうとも。
「離せ」
フルフェイスの兜から無感情の声が響く。
「こ、断る」
彼方の答えに返ってきたのはノートゥングによる斬撃だった。彼方の右腕が無造作に飛んでいく。終はそれを見届ける事なく奥へと消えて行った。
どれくらい経ったか、2分も経ってないうちに徒人が現れる。そして彼方を抱え起こす。
「ご、ごめん。神蛇さん。足止めが、精一杯だった。当方よりも、トワさんを」
徒人の表情が歪む。この場に至って魚座のスキルが解けていないのを彼方は察した。最悪の状態である。
「ありがとう」
「な、仲間を守るのはとう、然。とう、方に仲間を守らせて、頼む。追って」
彼方はその一言に一縷の望みを賭ける。
下から誰かがやってきた。徒人はそれを見て、分かったと言って彼方を床に置いて謁見の間へと走って行った。
「大丈夫ですか? 手前の名はフィロメナ。今すぐに治します。手前共の主を守って頂いた事に多大な感謝を」
その言葉を最後に彼方の意識は途切れた。




