第148話 ここが地球だからこそ
「オルクスが襲われた時にあんたが倒れてた時からだ。もう少し上手くやるべきだったと言うかあんな事をしなくても良かったのに余計な事をしたのがいけなかったんだ」
徒人は終から目から離さずにいつでも魔剣を抜けるように柄を握り締める。
「あちゃー、だからつまらない演技は嫌やって言ったんやけどな。リーダーはどうも凝り性な所があるのがアカンとこやな」
口調こそは変わっていないが終が纏っていた雰囲気は普段のものから剣呑な物へと変わっていく。まるで何かに書き換わっていくような印象を受けた。
「投降して」
「醒めない夢を見ていたつもりだったけどいつの間にか目が醒めてたか」
祝詞の呼び掛けに終はずっと1人で喋っている。確かにお喋りな人物であったが一方的な様子に異様な気配を感じた。そして京都弁も標準語に変わっていた。両腕も頭の上に組んでいるが全く武装解除されたような気がしない。
「バインド!」
十塚の拘束魔法が発動し、光の鎖が終の手足を拘束するが当人は全く気にした様子がない。徒人と彼方は終の右と正面に立って囲む位置につく。
「発動! 《ウィンター・コフィン!》」
更に十塚の拘束魔法の上から拘束を強化するように蒼い氷で出来た鎖が終の全身を隈なく多い棺を作り出す。
「どうして私たちのパーティに潜り込んだの?」
祝詞は肩を震わせながら問う。その様子は怒っているのか、自分の不甲斐なさに震えているのかを判別できない。氷の棺に閉じ込められた終に聞こえているのかと思わなくもないが声が聞こえてきた。
「徒人を帝國から引き離して引く抜くのが目的かな。徒人、貴方の誕生日は? 違うな。こういうべきかな。星座は?」
徒人は返答を詰まらせる。
己が勇者だった場合の事を考えて。どうしても徒人にとっては勇者と言う自分自身とは対極にある物の存在を酷く不快に感じてしまう。勿論、普通の人間が自分と同じ感覚で居る訳がないのだがこの場合はそれを口にするのを憚られるような気がしたからだ。黙っていると十塚に背中を小突かれる。
「朝の星占いくらい見るから星座くらい知ってるでしょう? 誕生日だけ言ってくれたらこっちで分かるから」
祝詞が後から小声でアドバイスしてくれる。物凄く余計なお世話だが。第一、自分の星座と干支くらい知っている。
「……蠍座だ」
多分、徒人の人生で一番最悪の星座発表な気がする。
「また覚醒してないのは獅子座と天秤座と蠍座と射手座だけなんだよ。その点から考えると徒人は蠍座の勇者だから」
氷の棺の中で知らない女が死神のように笑ってた。自嘲とも他者への嘲笑とも取れる笑みだ。
「俺はそんなもんじゃない」
徒人は怒りを覚えた。先程まで躊躇っていたのが馬鹿馬鹿しくなっていく。
「頑固だな。勇者を殺し尽くせるのは勇者か魔王。もしくはそれに類するものだけ。なのにまだ否定するのか。……徒人、両親とも京都人か?」
棺の中の女が嘲笑う。それに対して徒人は怒りを募らせていく。
「そんな事どうでもいい。帝國も屑だがなんでこんな馬鹿を黄道十二宮の勇者なんて組織を作ってこんな風にやらかした。ここはもう俺たちと関係ない世界じゃないか。俺たちがぶちのめすのとしたら召喚した連中であってラティウム帝國そのものじゃないだろう。なのに滅ぼすのか?」
「ここが異世界ならこんな事はしなかった」
「はるか未来の地球だからこんな事をするのか?」
十塚が怪訝な表情で問い質す。うんざりしているように見える。
「地球だからこそ小生たちの手で抑える必要があるじゃないか。故郷なのだから」
「そんな身勝手な! 私たちの時代から何千年、何万年、いや何十万年が経ったかも分からないのに」
祝詞が思わず声を荒げる。
「仕方ないよ。小生たちは勇者教と言う名のカルトなのだから。いや意味合い的にはセクトの方が正しいのかな」
徒人たちが剣峰終だったと認識していた女から言葉が漏れた。既に見知らぬ女なのかとすら思ってしまう。
「分かっていてそんな事を抜かすのか! ただのテロリストじゃないか!」
「抜かすさ! 女の身でこの世界で生きていく為にどれほどの血反吐を吐いたと思っているのか!」
その言葉にアニエス以外の女性陣が言葉を失う。それを否定するかの如く拍手が響く。勿論、それは皮肉以外の何物でもない。
「なかなか大した物ですね。1つ言わせていただければ、そんな程度の事で国家一国を転覆させられたらそこに住んでる住民はかないませんよ。そこで生きているのですから。貴方たちは黄道十二宮の勇者などと名乗らず、いっそ魔王軍とお名乗りになっては如何ですか? よくお似合いですよ」
拍手の主であるアニエスが冷水をぶち撒けるかの如く冷たい言葉を投げかけた。その言葉はお前だけがこの世の不幸を背負ってる訳じゃないと冷たく否定している。それはそうだ。彼女は元よりこの時代、この世界に生きていく事が当たり前なのだ。それを苦行のように言われれば頭にも来るか。
真正面からの否定の言葉に終は黙り込んだ。痛い所を突かれたからではない。話す事が終わったからに過ぎないと言わんがばかりに。
「ヤバイ! 遠距離魔法だ!」
和樹の声と共に祝詞が急いで詠唱を始める。
「私たちを包む光の精霊よ。友人たる白咲祝詞が助けを請う。今頃、汝の衣で我らを守り給え! 《マジックバリア!》」
終を除く6人に光の壁が生み出された。
その次の瞬間、雨あられの如く火の玉が自宅周辺に降り注ぐ。メフィストが使ったブラッディ・メテオを似たような物だろうが威力は格段に低い。住宅地域にある防御魔法のお陰なのか、祝詞のマジックバリアを突破できないで全て火球は弾き返された。
だが庭や家屋には穴が開いたり、火が燃え移っている。そして一部は終にも当たっている。
「リリース!」
聞き覚えのある男の声と共に終を拘束していた氷の棺と光の鎖を無効化された。しかも火球で弾き飛ばされたノートゥングが終の近くに転がっている。この火球は混乱とこれが目的だったのか。
「天意烈風斬」
足で切っ先を踏んで跳ねがった柄を握り素早く構えを取った終が下から掬い上げるようにノートゥングを振り上げた。巻き起こった土砂と風が徒人たちを襲う。吹き飛ばされた徒人たちは土砂で視界を奪われる。
徒人は立ち上がって魔剣を抜くが終は襲ってこない。
「神蛇さん、2階だ!」
終の目的は徒人の部屋にあった転移陣か。なら狙いはトワだ。あれから1時間も経ってないと言うのに。
彼方の声に急いで徒人は走る。
「止まって」
徒人は振り返って止まった。彼方は徒人の膝と肩を踏み台として使って屋根の上に登る。
「掴まって」
屋根から彼方が手を伸ばす。徒人は手を伸ばして彼方の手を掴む。
「せーの!」
彼方が苦もなく徒人の体を屋根の上に持ち上げた。こっちに来てから向上した身体能力のお陰だろうが軽々と持ち上げられると立場がないような。
「神蛇さん急ごう」
「ご主人様、先へ行って下さい。後から追いかけますので」
「悪いが死神勇者の邪魔はさせない」
水瓶座の仮面を被った陰陽師風の姿の男が門の上に立っていた。そしてもう1人。牡羊座のシンボルが描かれた仮面と炎のようなローブを纏い魔道士風でマグマを連想させる髪の男が立っている。
「どうやらこいつらの相手は俺たちでやるべきだな」
和樹がロッドを構えながら言った。
彼方は徒人よりも先に部屋へ、転移陣へと飛び込んだ。徒人もそれに続く。




