第147話 死神勇者を白日の下に
気まずい雰囲気のまま、徒人たちは自宅の玄関先へと戻ってきた。先に帰っていたアニエスと和樹が十塚に説明してくれていたようだ。ここには終を除いたパーティメンバー全員が揃っている。
「聞いたよ。いい気分じゃないな。正直ショックだ」
十塚は頭を抱えそうなほどショックを受けているように見えた。
「貴女はどうしますか? 私たちにつきますか? ラティウム帝國につきますか? それとも……」
祝詞が探るように問う。場合によってはアニエスが十塚を捕縛するつもりで動くだろうとは思っているが彼女はおにぎりの最後の一口に放り込んでいた。彼方が長船兼光の柄を触っている。
「黄道十二宮の勇者にはつけない。そういうノリの組織には加われないんだ。宗教上」
その返答に和樹と彼方が眉を顰める。
「ああ、宗教上って冗談ね。笑えない口癖だけど。小生さ、学生運動とか活動家とか大嫌いなんだ。だからさ、独立とか革命とか帝國を倒すとか馬鹿げた思想には乗れないんだ。でも呪いがあるなら解いておくべきじゃない? だから同行させてもらうよ。パーティ変えるのって面倒臭いしここなら好きな時に日本食にありつけるし。と言う事で改めてよろしくね」
かなり現金な理由だが十塚の説得には成功したと見て間違いないだろう。
「そう言えば、聞きたいと思っていたんだけど、どうして一人称が小生なの?」
祝詞が疑問を口にする。
「それ。変な一人称を使っておいた方がこの異世界に召喚された自分を切り離しておけるじゃない」
彼女なりの異世界で生きる処世術かと納得する。
「で小生がその話されてここに居ない奴が1人。結論は出てるみたいね。それで小生は何をすればいいの?」
「味方の護衛と相手の動きを止めてくれたらいい。補助と索敵と罠解除とか以外は苦手なんだけど……善処する」
これで徒人を含めてアニエス、祝詞、和樹、彼方、十塚と6対1になった。だが相手が相手なだけに不安はあるが。
「戻ってくる時間は分かってるのか? 向こうに察知されてて逃げられましたとかだったら笑えないぞ」
「もうすぐ、あと5分くらいで戻ってくる。今、錬金鳥を飛ばして監視してる。この件がバレてるかどうかは分からない」
和樹がぶっきらぼうに言った。緊張してるのだろう。彼方はコミデを取り出して何やら操作している。
「4分経ったら鳴るようにした。4分なら彼女には聞こえないでしょう」
徒人と視線が合った彼方が説明する。カラケーやスマホでは電源が持たないだろうし、徒人がコミデを持っても使いこなせないだろうが。
「西暦2026年反則過ぎだろう。無尽蔵に近い電源のツールとか化物だな」
和樹が羨ましそうにコミデを見た。
「でも使いこなすの面倒だよ。覚えるのに相当時間掛かったから……それよりも話を戻そう」
彼方の言葉に全員で門の方を見た。徒人には終には帰ってきて欲しくないような迷いがまだ残っている。レオニクスの時には感じなかった感情。ずっと終はスパイとして潜り込んでいたのならばパーティメンバーの感情に付け込もうとして居たのは当然の事だ。それがスパイだし、現にスパイの真似事をしている徒人もそういう所はあった。もっともすぐに見破られてしまったが。
色々と考え込んでいるうちに彼方のコミデから音が聞こえてきた。
「なんでダッタン?」
「好きだからに決まってるじゃない」
彼方の言葉が言い終わった次の瞬間、終は門を開けて入ってきた。
「どないしたん? みんなで怖い顔していややな。すぐ戻ってきたから怒らんといて」
終は気付いていないのか気付いていないふりをしているのかそう告げた。戦闘時に着けているフルフェイスの兜は身に着けて居らず素顔だった。
「剣峰さん、もう茶番は止めましょう。貴方が黄道十二宮の勇者の人間である事は既に気付いています。武装を解除して投降して下さい」
「武装解除してもええけどなんか誤解してない?」
祝詞の投降勧告に終は怪訝そうに答えてワームポッドからノートゥングを取り出し、無造作に地面に投げた。徒人と彼方がそれぞれの獲物の柄に手をやって前に出るが終は平然としている。無実で斬られないと信じているのか、それともこれも演技なのか──余りにも自然にそれらの動作を行ったので反応が遅れてしまった。
「誤解じゃありません。証拠は上がってます」
「他の人と間違えたとかないん?」
終は自分が疑われるのが心外だと言いたげにしていた。反抗的だったレオニクスと何から何まで違う。こっちが疑っているのが間違いだとすら思わせてくる。非常に厄介でやりにくい。
「まず、今回の件でコロッセオに思わぬ増援が現れた事についてスパイが居たからだと言い切れる」
「祝詞ちゃん、それでどうして、うちに繋がるん? 話が見えないんやけど」
「私が話した相手がスパイならコロッセオに増援を送る理由がない。だってあそこには誰もターゲットが居なかったのだから」
ほんの少しだけ終の表情が変わる。一瞬で元に戻ったが。
「私と徒人とアニエスさんはこの事を知ってた。そしてもう1人この条件で外せるのはブラッディ・メテオを防いだ和樹もそう。彼の場合は知らなかったのとコロッセオの崩壊を防ぐと言う2つの理由からね。ターゲットが居ない所を守る必要もない。あと残ってるのは彼方と十塚と終になるけど、他の2人は死神を殺してるし本気で攻撃してる」
「ちょっと待ってな。里見ちゃんは尋問する時に蹴り入れて気絶させてしまったじゃない? その場で尋問されるのを防いだとも言えるんじゃないの? うちだけ疑われるのはかなんわ。第一、このパーティにスパイなんか居らへんのとちゃうん?」
終は2つの可能性を提示しながら自分がスパイである事を否定した。最初に十塚の事を疑うようにしておいて次にスパイその物が居ないように指摘する。話し合っていなかったら騙されたかもしれない。人は都合のいいことだけしか見ようとしないから。
「そうだね。でもどうして十塚さんが生き残った死神を気絶させた事を知ってるの?」
「聞いたからに決まってるやんか。嫌やな」
「誰に? どうして十塚さんが死神の1人を蹴って気絶させたと知っているの? 貴方には知る由もない事なのに。ここに居る誰も貴方とは喋ってないし、コロッセオの攻防戦に参加した人間は状況を話し合わないように厳命されてるから誰それから聞いたとか通じないから」
その一言に終はコロッセオでの戦闘事態が自分を嵌める為に作り出された物であると気付いたようだ。
「参ったな。なんや、バレてしもうたんか。死神が本命じゃなくて死神勇者が目的やったんか。二重、三重の罠やったんか。……1つ聞いてええか? いつからうちは、いや、小生はいつから疑われてたんや?」
ため息を吐く終は徒人の目には別人のように見えた。




