第145話 黄道十二宮の勇者と西の魔王軍の同盟
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獅子王城に戻ったファウストは医務室で両腕の治療を受けていた。最近、メフィストの指示によって出来たばっかりで簡素で他の魔王軍と比べれば質素極まりないものだがないよりはマシだったが清潔なのが救いと言える。
イタチを思わせる僧正が回復魔法で敷物の上に座ってファウストの腕を治している、まずは左腕を縫合し、神経や動脈を再生させていた。メフィストには不得意な分野ではあるがその程度の事は彼女にも理解できた。
「なるほど。これが貴様の本当の策か。下卑た策だ」
手が使えないファウストの代わりにメフィストが先程交わした契約の書かれた紙を見せる。ファウストが黄道十二宮の勇者と交わした書面を見ている。メフィストが黄道十二宮の勇者代表と名乗る者と交わした契約だ。
「もっと非難されると思っていたよ」
メフィストは若干ホッとしたように言った。西の魔王軍の中で魔王マクシムス・スローンの次に影響力のあるファウストに公然と反対されたのでは立場が危うくなるのでそれは避けたいところだったが杞憂だったのは幸いだ。
「この盟約が本気で成立すると思っているのか? 相手が偽者だった可能性は?」
さすがにこの西の魔王軍の中では頭が切れる方であるファウストの言葉は辛辣だった。
「ラティウム帝國と南の魔王軍に損害を与えられたらそれでいい。後者に関しては勇者らしき男女一組が来たよ。多分、水瓶座の命を受けた勇者だろう。2人がどの星座かは分からなかった」
「何ともいい加減な軍師殿だな。よくそれで使者が勤まる。その男女が偽者だったのでは我ら西の魔王軍は魔族の中の笑いものだ」
今回の件に心情的には反対なのか辛辣な言葉が飛んで来る。
「僕とて獣魔族の1人だ。勇者の出す波動くらいは分かる。現時点で覚醒している勇者と倒れた勇者を引いて考えると水瓶座を除く牡羊座、牡牛座、乙女座、魚座の誰かである事は間違いない」
メフィストの弁明の言葉にファウストは左手の指を動かしながら思案している。
「そこは貴様が言うのだから間違いなかろう。黄道十二宮の勇者に対して、どんなふざけた条件を突きつけたのだ? 奴らはそれを受け入れたのか?」
「山羊座の勇者の身柄の引き渡しか、南の魔王であるトワ・ノールオセアンの殺害か、神蛇徒人の抹殺」
「随分と辛辣な条件だ。神蛇徒人は双子座の勇者を倒した身であったな。
なら勇者候補を覚醒する前に倒しておく為の策か。山羊座の勇者剣峰終を引き渡せば我ら西の魔王軍に処刑される事は確実であろう。
かと言って南の魔王殿は普段は黒鷺城で五星角に守られてそう簡単に倒せるような相手ではない。その条件を達成するには犠牲は免れぬな。それにもし達成できても南の魔王軍と婿殿を敵に回す。
どう考えても分のいい盟約ではない。となれば、神蛇徒人を倒すか。もしくは何か仕掛けている筈だろうな。確実に南の魔王トワ・ノールオセアンを殺す方法を……もしくは剣峰終をぶつけて神蛇徒人を倒す事を」
ファウストがメフィストが説明するまでのなく回答を出した。隣でイタチの僧正が話について行けずに目を白黒させている。だがそれをファウストは許さず、早急に右指の治療を行うように射殺すような視線で促す。
「ファウスト。君は彼らがどの選択肢を選ぶと思っているんだい?」
「知れた事を。貴様もよく理解している筈だ。どの選択肢を選ぶかだと?
滑稽な質問にも程があるぞ。貴様の頭脳がその程度などと言うなよ。貴様が黄道十二宮の勇者に選択肢を封じて盟約させたのだ。まず、山羊座の勇者を引き渡すなどありえない。黄道十二宮の勇者で1、2を争う戦闘力を持つ者を捕虜として渡すなどと選択肢としてあり得ない。この選択肢を選ぶのならば降伏の方が幾らかマシだ。
次に魔王トワ・ノールオセアンを滅ぼすと言う選択肢。前衛系が1対1に持ち込めれば充分に勝機がある選択肢であるが黒鷺城に引きこまれては手の打ちようがないし、黒鷺城の外に出てきたとしても時空魔道士カイロスが居る。
初撃とは言わんが増援を結界でも張って絶たない限り、詰むのは己の方だ。ならば選択肢は残されておらぬ。黄道十二宮の勇者が我らに対して出せる条件は神蛇徒人の抹殺。それ以外にあるまい。
そして1人で奴を倒せそうな戦力と言えば山羊座の勇者にして死神勇者である剣峰終しか居らぬ」
ファウストは左指を1つ1つ立てて理由を述べていく。その論理的な説明にメフィストはそれが終わるまで黙って聞いていた。
「ファウストよ、君はどっちが勝つと思っているんだい?」
ここまではメフィストの計算通りである。問題はここからなのだ。
「知れた事。死神勇者こと剣峰終に決っている。落とせぬ星。不沈要塞など二つ名を縦にした強者。神蛇徒人と言えどあれを落とすのは不可能だ。真剣勝負に偶然や奇跡は起きぬ」
狐はその表情を心底残念そうなものに変える。メフィストには非番の日に父と約束をしていたがそれを反故にされた子供のようにも見えた。
「ではお前の再戦の機会を奪った事になるな」
「そういう事になるな」
慰めの言葉を掛けたつもりだったのだがファウストに睨まれてしまった。当然ではあるが。
「だが勝負とは思わぬ事が起きるもの」
落ち込んでいると思われたファウストが独り言のように呟いた。イタチの僧正に治させた右指の感触をそれぞれ動かして確かめている。
「神蛇徒人が奇跡を起こすとでも言うのか?」
「可能性はある。だが1つ訂正しておく。それは奇跡など言うふざけたものではない。生死をかけた真剣勝負だからこそ場を狂わせる必然が起こるのだ。それは断じて奇跡などと言う下卑た言葉で片付けられる事があってはならん。命の輝きを燃やすから起こりうる必然なのだ。だからこそ命のやり取りは止められん」
その言葉を聞いてメフィストはファウストが説法を唱える神父のように見えた。歪ではあるがその敬虔な信仰に偽りはない。
「どちらにせよ、僕らに損はない。両方共倒れなら最高だがな」
「それは困る。我の楽しみがなくなってしまう。しかし、黄道十二宮の勇者もつまらぬ輩の集まりとは……もう少し気骨のある連中かと思ったが臆病者の集まりでは戦い甲斐がないではないか」
ファウストがつまらなそうに嘆いた。黄道十二宮の勇者に対して同盟など受けるんじゃないと言いたげだった。
「その発言だと反逆罪だぞ。聞かなかった事にしてやるが。しかし、それでは番狂わせが起きる事を期待しているようじゃないか」
メフィストの発言をファントムは笑っている。武人としての矜持からそれを望んでいるみたいだった。




