第143話 死神(リーパー)の最後
貴賓席での戦闘には普段のメイド服ではなく戦闘服のアニエスが加わっていたがそれでも死神軍団に押されていた。原因は戦えない人間が多かったと言う点に他ならなかった。ノクスがロッドを振るい、電撃系の魔法で死神の3体を術符に返したがそれでもまだまだ数が残っている。
「ブラッド・クレセント!」
徒人は走りながら右肩に担いだ魔剣を振り下ろして三日月型の光の刃を生み出して放つ。狙いは周りを取り囲んでいる鎌を持った連中。光の刃は一部気が付いた連中を除いて爆発に巻き込んだ。
「まだまだ残ってる」
「無茶言うな」
ファウストとの連戦で徒人は疲れていた。元々走りながらブラッド・クレセントを使うのは初めての試みだ。
「第二射を撃たせるな!」
ローマの町並みで見かけた鎌を持ち白い仮面を被った死神が叫ぶ。
あの時と違ってボイスチェンジャーで声を変えている様子はない。逆に言えば向こうもここで決着を着けるつもりだったらしい。
それを待っていたかのようなノクスの声が響く。
「我を愛でし雷の精霊よ。汝らの祈りを請う。汝らの輝きし力の我の前に具現化させよ。地を這い、敵を光の手で絡め取れ! 《サンダー・パラライズ!》」
徒人に向かおうとしていた死神たちの一部を巻き込むように雷が降り注ぐ。床を伝って流れた電流でその殆どを術符に返されるか無力化され、死神たちはブラッド・クレセントとサンダーパラライズでその数の殆どを失った。
床に転がっている死神たちは数えるくらいしか居ない。やはり、この場に投入された黄道十二宮の勇者の人員は決して多くはないようだ。
彼らを避けて徒人と十塚は貴賓席へと向かう。死神たちは一網打尽にされる事を避ける為か散らばっている。目的は貴賓席に集まっている関係者だろう。アニエスたちが踏ん張っているがやはり分が悪い。
「こうなったら奴らだけでも殺せ! 諸共で構わん」
リーダーらしき鎌を持つ死神が叫ぶ。自爆覚悟の特攻戦術か。それに応じてそれぞれの方向から死神たちが走る。
「逃げますよ。早く!」
アニエスの声に死神たちのターゲットであるオッサンや研究者風の女性は震えているのか全く動く気配がない。
仕方ないのでアニエスは背中にノクスを庇いながら移動。くないを投げつつ、襲い掛かってくる死神の動きを止める。
そしてくないの刺さった死神の首筋を掴んで別の方向から襲い掛かってくる死神へと強引に投げつける。死神同士がぶつかった瞬間に小爆発が起きた。
やはり、自爆戦術か。そういう選択肢を選ぶと言う事は寿命に関する仕掛けと言うか呪いは確実にあるとしか思えない。
「ダブル・クレセント!」
徒人は止まって魔剣を肩に担ぐ。そして左、右と魔剣を振るい、三日月型の光刃を2つ生み出す。だが普段よりも威力を抑えているので光刃は二回りほど小さい。2つの三日月型の光刃を左と正面に打ち出してアニエスとノクスに襲い掛かろうとしていた2人の死神を狙う。
2人の死神は三日月型の光刃をかわしきれずに直撃。両名とも爆死して動かくなった。それが光刃が起こした爆発なのか自爆用に持っていた火薬による爆発だったのか原因は分からないが。
「奴は私が抑える! 貴様たちは貴賓席に居るのを仕留めろ」
鎌を持つ死神は徒人に向かって襲い掛かってくる。ファウストや岳屋弥勒に比べると格段に遅い。水の中を泳いでいるようにすら見えた。元々が暗殺向きの職業ではないからだろうか。
同時に貴賓席で爆発が起きた。死神の1人が爆弾を起爆したのだろう。貴賓席は形こそ留めているが黒い煙を吐き出している。
「貴様も死ね!」
距離を詰めてきた鎌の死神が叫びながら徒人に鎌を振り下ろす。
徒人は鎌が振り下ろされる前に間合いを詰めて魔剣を一閃。鎌ごと死神を斬り捨てた。よく考えたら斬った瞬間に誘爆して爆弾に巻き込まれる可能性を考慮していなかったのを今更思い付く。
「せめて奴らの命だけでも奪えたのなら……我らの勝利だ」
胴を2つに分かたれ、口から血を吐きながら鎌を持っていた死神は勝ち誇っていた。
「引け! 引くぞ!」
リーダーの敗北を知り、残っていた死神たちは背を向けて旧コロッセオから逃走を図る。アストルたちの部下が逃すまいと追撃に入る。
「フフフ。確かに、戦術的には、小生たちの負け、だ。だが、ここは本当の地獄、への入り口に過ぎないと、知れ」
リーダーらしき死神は捨て台詞を吐いて息絶えた。
追撃よりもまずはアニエスたちの無事を確認しなければならない。
「戦えたんですね」
先にアニエスとノクスに合流していた十塚がこっちへやってきた。この旧コロッセオも余り持たないかもしれないので移動した方がいいかもしれない。
「情報は伏せておくのが常ですから」
ノクスは装飾の施されたロッドを両手で持ちながら笑った。
「ありがとうございました。こちらは最小限の被害で済みました。一部を生かして取られてくれたようで感謝を。これで死神に関与した人物も組織も一網打尽に出来ます。追加報酬も用意して置きますので後日このノクスの館へお立ち寄り下さい」
「貴賓席の人たちは……」
十塚は貴賓席に居た人間の事を問う。
「最初からこの旧コロッセオに居たのはこのノクスだけです。ターゲットである人間は式神による偽物ですよ」
「えっ!?」
その言葉に後ろからやってきていた彼方が声を上げる。徒人が振り向くと終とその後ろから祝詞がゆっくりと歩きながら向かってきていた。和樹は見える位置に居たが捕虜を捕まえている関係上動けないみたいだった。
そう言えばそういう話だったなと祝詞が予め提案していた二重の囮作戦について考える。アニエスもよく偽物を本物のように動けたものだと素直に感心した。
ちなみに徒人が貴賓席に居なかったのは護衛が得意じゃないのと顔に出やすいからとアニエスと祝詞に指摘されてしまったからだ。
「あれ、式神だったんですか? それにしては精巧によく動いてましたね」
「錬金術士上がりの陰陽師が作ったものだそうです。普段は劇場で働いているとか……何にせよ、このノクスにツテがあって良かった」
徒人とノクスが話していると彼方が鎌の死神の衣服を調べ始めている。妙に手馴れてるのが怖い。
「だ、大丈夫か? 爆弾が」
「大丈夫だよ。作り方をミスってて起爆しないようになってたから」
彼方は平然とした態度で死神の遺体を調べ続ける。爆弾と聞いて祝詞とアニエスが嫌な顔をして距離を取った。終は最初から必要以上に近付いて来ない。
「確かに起爆はしないようになってるね。他にも罠とかはないみたい」
十塚はスキルを使っているのか、彼方の言葉を補足するようにフォローする。
「みんな、この顔は土門さんかな」
鎌の死神の仮面を外した彼方が呟いた。
徒人は自分が斬った死神の顔を覗く。確かに以前仲間だった土門勇気によく似ている。いや瓜二つだがかなり年をとっているように見えた。具体的に言うと土門よりは5年ほど年をとって20代半ばに近い気がする。
「確か……」
「確か?」
アニエスの言葉に十塚が反応する。
「詰め所の予定表には土門さんは熊越さんと一緒のパーティで貴族の依頼を受けて南の大陸に食材を取りに行った筈。だからここに居るのは確実に別人です」
「じゃあ、これは誰なんだ?」
勿論、よく似た他人の空似と言う事もあり得るがそんな偶然は信じられない。
「神蛇さん、リーダー、十塚さん、剣峰さん、東京府って知ってる?」
ズボンのポケットを弄っていた彼方が何かを取り出して中を見ていた。財布みたいだ。
「いや知らないな」
「昔の名称でしょう? 確か明治の最初までそんな名称だった気が……」
「東京都に変わったのは戦中だよ。当方が知りたいのは現代の話でその名称があるかどうかを聞いてる」
彼方の言葉に祝詞がムッとするが後半の一言を聞いてすぐに機嫌を直す。
「現代で聞いた事ないから。今は東京都に決まってるじゃない」
祝詞の反論に彼方は自分が見ていた物を見せた。土門勇気と書かれた学生書には東京府と書かれている。当然、徒人の居た時代でそんな呼び方をしていた筈はない。
「なら熊超さんに聞いてみないと駄目だね」
「聞くのは構いませんがそろそろ離れませんか? このコロッセオは持たないと思います。それに一先ず死神を討伐し、黄道十二宮の勇者の戦力を大きく削ったのですから一度休むべきでは?」
ノクスの言葉にその場に居た全員が現実にかえった。
一応、最大の目標である死神の討伐を成し得たのだから一休みしたいのは徒人も同じだった。
【神蛇徒人は剣騎士の職業熟練度は220になりました。魔法騎士の職業熟練度は350になりました。[斬り落とし]を習得しました】
[斬り落とし] 効果 敵の攻撃を弾いて無力化する。




