第142話 死神(リーパー)との決戦
「彼方! 祝詞と終を頼む!」
「任された!」
徒人は壁の上からジャンプして観客席に移る。そして走りながら死神の本体について考えた。
カルナを殺したのが死神の意志でないと仮定するならば絶対にターゲットの近くに居る筈だ。それも怪しまれないように攻撃に参加しつつ、自分が本物だと怪しまれない位置に居る筈。自分と同じ思考で行動してる事を祈りたい。
メフィストの[ブラッディ・メテオ]で穴ぼこだらけになった観客席を走りつつ、手近に居る死神を斬り捨てながら貴賓席へ向かう。斬った先から死神は術符になって風に飛ばされ空中へ舞う。
やはり、各所でたた交戦してる死神は水瓶座が用意した偽物でその大半を動かしてるのは水瓶座と考えて良いだろう。なら通常より強い連中を操りながら行動してるのが死神本体か。
雪や氷で覆われた観客席で死神に取り囲まれている和樹と十塚が見えた。彼らをフリーに出来れば死神攻略の糸口を見つけてくれるかもしれない。徒人は式神死神を斬り捨てて2人を助けに向かう。
「来るのが遅い」
死神を牽制している十塚が徒人を見つけて文句を垂れた。
「ファウストに手こずったんだよ」
本当はこっちもボコボコにされたのも事実だが両腕を潰したのであれば当分は奴は動けない筈。取り敢えず、手近に居た死神を斬り捨てる。
「奴を止めろ! 合流させるな!」
死神の1人が叫ぶ。それに反応して他の死神たちが一斉に徒人を見る。あいつは人間だ。2人もそれに気付いたのか目で合図した。
「地獄を這う氷の精霊よ。我の道を阻みし、愚かなる者に死の祝福を与え永遠の苦痛を与え給え!《ヘルズ・アイスウォール!》」
和樹の声に反応して和樹と十塚を中心に闇の属性を含んだ氷壁が円形状に広がっていく。その迫ってくる氷壁に死神の姿を模していた式神たちは反応が遅れたせいで次々と飲み込まれ術符ごと破壊され、粉々に砕け散った。
徒人は巻き込まれないように立ち止まって逃げてくる死神を待ち伏せする。
「こんな筈では!」
司令官だった死神が叫ぶ。その右足と右腕を氷壁が捕らえ、瞬時に氷漬けにする。氷壁を追うように走っていた十塚が短剣でその右腕と右足を砕いた。観客席に叩きつけられた死神が悲鳴を上げた。
「殺すなよ! 聞き出したい事がある」
和樹が叫ぶがワンテンポ遅かった気がしなくもない。殺すなと言ったのは生きて捕らえれば追加報酬があったからだろう。
それを見ながら徒人は逃げてきた死神を魔剣で斬り捨てる。斬って捨てた中には人間は居なかった。全て式神だ。
「エグいな」
徒人はヘル・アイスウォールが収まったのを見計らってから十塚が捕らえた死神に近寄った。この死神の傷は深い上に出血も酷い。今のところ、彼は生きているようだがこれではすぐに死んでしまう。
「もう少し手加減しろよ」
「まだ戦闘続いてるのに捕縛するの? 小生はそういうスキル持ってないんだけど」
やってきた和樹が惨状を見てぼやく。十塚は嫌そうにしている。
当然、戦闘が終わっても居ない戦場で捕虜を抱えるのは足手まといを増やすだけなのでそれだけ不利になるからだ。
「おい。死神は、お前たちのリーダーはどこだ!」
まだ意識のある死神に向かって和樹が問う。一瞬、死神は貴賓席の方に目が動く。
「知るか。ボケ」
その言葉を発すると同時に十塚が顔面を踏んで死神を気絶させた。
「おいおい」
「貴賓席の方だよ。小生の魔法だとそれしか分からなかったけど。神蛇君は急いで。こいつを回復する冬堂君はこっちで護衛する」
予め魔法を掛けて真偽を確かめていたのか十塚が決めたように言う。確かに徒人が向かうのが一番だ。
「この状況でこいつを生かせって無茶言うなよ。クソぉ。こんな予定じゃなかった。俺は回復系苦手だと言うのに……ああ、クソ! 早く魔術系に戻りたい。《ヒーリング!》」
和樹がロッドを構えて回復魔法を唱えるが傷の塞がりは遅い。右腕と右足を再生させないのは攻撃されない為だろうがそれでも上手いとは言えない。
ぶっちゃけ、見ていて回復魔法に関しては徒人の方が上手いんじゃないかとも思うくらい下手だった。祝詞を呼びに行きたくなるが下の闘技場で終を回復している最中だろうし、走って行って連れて行って間に合うかどうか。
そんな事を思案していると観客席の階段から騎士や魔道士たちを連れたアストルの姿が見えた。彼女はこちらを見つけると部下たちと共にこちらにやってくる。
「代わりましょう。それでは間に合いません。お前たちは周囲の警戒を! 至高なる光の下僕たるアストル・ブランシュが命じる。天が与えし定めですらも理の外に置く。この場で傷付き倒れたこの者に安息たる日の祝福を与え、全ての傷を癒やし給え! 《エクストラ・ヒール!》」
アストルは躊躇わず最上級回復魔法を使い、死神の四肢を再生させる。
「天よ。我は請う。この者に眠りという名の束縛と刻印を! 《エングレイブド・マーク!》」
続いてアストルが別の魔法を掛けた。死神の額が何かに反応して光る。
「これでこいつは起きませんし、自決する事もあたくしたちを攻撃する事もできません」
何気にアストルは恐ろしい事を告げた。
「じゃあ、ここを任せて──」
「あたくしたちにこいつを預けると言う事はこの者の身柄を引き渡す事になりますよ。それでも良いのですか?」
和樹が貴賓席の方に突っ走ろうとした瞬間に釘を刺されてしまった。さすがにノクスの政敵であるユリウスの部下にこの死神を引き渡す訳にはいかない。雇われている立場と報酬的に。
指摘してくれるだけアストルは親切ではあったが。
「それに冬堂氏。貴方はもう魔力が殆ど残っていないのに戦うつもりですか?」
その一言に徒人と十塚が和樹を見た。彼はバツが悪そうに肩を竦める。
「さっき、メフィストのブラッディ・メテオを防いだ時に魔力をかなり使ってしまったんだ。でも頭は使えるだろう」
それでヒールを使った時の回復が遅かったのと旧コロッセオがまだ原型を保っていたのか。
和樹の知恵を借りたいがやはりアストルに死神を引き渡す訳にはいかない。十塚の方が目利きは効くし、接近戦で戦えるが万が一彼女がやらかしたら防ぎようがない。確実に白と分かる和樹に任せるしかない。
「じゃあ、俺と十塚で行くから和樹はここを頼む」
十塚がそれに頷いた。それを横目で見ながら徒人は和樹を手招きした。
「なんだ?」
「あいつらを見張っててくれ。精鋭っぽいけど黄道十二宮の勇者のスパイが紛れ込んでたら最悪だからな。全員そうでしたのケースは逃げてくれ。死ぬなよ」
徒人は左手で口元を隠して小声で言った。
「善処するよ」
和樹は納得してくれたようだった。
「行こう」
十塚がそう促して貴賓席の方へ走り出した。
徒人もそれに続く。前方の貴賓席では死神とノクス率いる部隊が激しい戦闘を続けていた。




