第139話 旧コロッセオ
徒人たちは祝詞の考えた作戦通りに旧コロッセオへ到着する。祝詞の作戦通りなら黄道十二宮の勇者に狙われているターゲットたちをここに集めて一気に死神との決着を着ける予定にはなっている。
中に入ればコロッセオは古びているが作りはしっかりしている。剣闘士が暴れ回ってもこれなら壊れないだろう。勿論、徒人たちが暴れまわっても。
貴賓席の辺りには護衛を連れたノクスが立っていた。自分をも囮に使うつもりなのだろう。胆力のある13歳だとは思わなくもない。
ノクスの近くにはアニエスが護衛の任務に着いていた。彼女には一緒に戦ってもらうよりも護衛に回ってもらった方が保険になると考えての事だ。正直な所、アニエスが居ないのは痛いが頼る訳にもいかない。
今、徒人たち6人は観客席の方に向かって歩いている。今のところ、水瓶座の勇者に掛けられたスキル[ロスト・フィーリングス]は発動してない。だが[ロスト・フィーリングス]の効果が分からない以上は迂闊の行動は出来ない。祝詞の感情をコントロールしたように何か仕掛けているのだろうか? だが今考えても埒が明かない。
「儀式の準備は出来ていますか?」
「ノクス様、全て問題ありません」
上の方では会話が飛び交っている。当然、儀式などない。全てはここに死神を誘き寄せるための方便なのだから。他の出席者も着ているがノクスに呼ばれてやってきた連中が多いようだった。
多分、知らないで来た奴も多いのかもしれない。ここが文字通り戦場になって観客席まで被害が出たらどうするんだろうかとは思うがその辺りはノクスが考える事なので一応抜かりはないと思いたいが責任を押し付けられた時は逃走すべきなのだろうか。
「これでいいのか?」
徒人は色んな事を考えながら隣を歩いていた祝詞に聞く。
「博打とはこういう物だから仕方がない。打てる手は全て打った。後は私の運が強い事を祈ってて」
祝詞は顔に汗が浮かんでいる。
「自信がないのかよ。ここまで来てヘマりました笑えないぞ」
慌てて祝詞に耳打ちする。
「仕方ないでしょう。相手がいるんだから完璧な策なんかないよ。50%あれば良い方。打てうる全ての手を打ったらあとはこっちの策にハマってくれるのを期待するだけ」
その意見は当然なのだがあまりにも博打過ぎないかとツッコミを入れたくなるが黙っておく。祝詞の策に乗った以上、徒人に責める資格はない。彼女の考えたとおりに敵が罠にハマってくれるのを期待するしかない。
ただ一つだけは聞いておかなければならない。予備の策があるかどうかを。
「プランBはあるんだよな?」
耳打ちするが祝詞は前を向いたままで答えない。彼女は前を向いたまま黙っている。
「プランBはあるんだよな?」
再び徒人が確認するように聞くが反応がない。
「プランBなんかないよ。オール・インだし」
祝詞がゆっくりと口を開いた。その瞳は血走っているように見える。
頭を抱えたくなったがそれをやると近くを歩いてる彼方たちに聞こえてしまうのはマズイ。
祝詞を信じて賭けるしかない。徒人は変な汗が体中から吹き出ているような感覚を覚えた。こうなったら覚悟を決めるか。本当に大丈夫なんだろうな。悩むがどうしようもない。出たとこ勝負と行くしかない。
「神蛇さん、大丈夫?」
不意に彼方に話し掛けられてしまった。考え込んでいた間に祝詞は観客席の端から砦のように壁が作られた闘技場を見ている。その見ているであろう辺りには貴族と思しき男と元老院の人間と思しき女性が辺りを気にしながら震えている。彼らの周りには騎士と思しき甲冑姿の連中が取り囲んでいた。勿論、ラティウム帝國の護衛である。
徒人は彼方に向き直る。
「ああ。一応な」
「そうじゃないよ。作戦じゃなくて体の方。ちゃんと動けるんだよね?」
彼方の怒りの混じった問いが飛んでくる。
「少なくとも体を動かす事に関して支障はないよ。勿論、戦闘にも」
「なら良かった。どうせ、兵力を割かざるおえないのだから敵は必ずここに来るよ。罠であったとしてもね」
徒人の懸念を理解していたかのように彼方が宥める。確かにその通りだ。敵は罠と分かっていてもここに戦力を割かないとどうしようもないのは事実。あとは自分たちがどう頑張るかに掛かっている。
「すまん。助かった」
「別に構わないよ。それより、奥さんと仲直りしたの? 神蛇さんの面倒見させられるの大変なんだけどこれじゃあ奥さんに請求書出さなきゃ腹の虫が収まらないよ」
彼方の一言が酷く遠くに感じた。なんだか妙にイライラして胸がモヤモヤする。そんなふうに呼ばれる人間なんか居ないぞ。自分で自分の考え方に違和感を覚えた。どこかで自分が乖離しているような感じだった。
どうしてそんな風に考えるのかが自分で理解できない。だが彼方に答えなければならない。
「す、すまん」
徒人はなんとか返答するがその様子に一瞬だけ彼方の視線が鋭くなったように感じる。
「別に構わないから。それよりあれどう思う? あれじゃあ、殺されるだけな気がするけど大丈夫なのかな」
彼方が闘技場の中央を指差す。徒人が答えようとした時に別の聞き覚えのある飄々とした声が聞こえた。
「その通りだな。我もそう思うぞ。これでは殺してくれと言っているような物だな」
観客席の最頂部に腕組みする狐の獣人が立っていた。
「ファウスト!」
「三魔将ファウスト」
徒人と終の声が重なった。
「久しいな。神蛇徒人。あの夜以来か」




