第137話 アルビノの少女
徒人は一度休んでからサラキアの街の市場で祝詞の買い物に付き合わされていた。勿論、北の魔王ヴァルトラウトの人形や勇者連中に出逢えば即逃走の前提である。街は何が起きているかも知らない人々で溢れかえっている。
最強と呼ばれる北の魔王の操る人形ががサラキアの街中を徘徊していると言う事実を公表した所でパニックになるだけなので正しい判断であるが。
「ビクビクしながら買い物に行くのは辛い」
祝詞が歩きながら呟いた。
その背には香辛料や生活用品が入ったリュックサックが背負われている。手に持つのではなくて背負っているのは遭遇した時に逃げても買った物を落としたりなくしたりしないようにとの祝詞の配慮だ。
「例の件はあれでいいのか?」
隣を歩きながら徒人は作戦について確認を取る。勿論、具体的な事は何一つ口に出すつもりはない。北の魔王に嗅ぎ付けられて面倒な自体に陥るのは避けたいし、それは死神が所属する黄道十二宮の勇者についても同様だった。
「いずれにせよ、はっきりするよ。白黒ハッキリね」
その言葉に徒人は表情が曇る。それは既に避けられない事態に陥っていると言う事だからだ。出来る事はただ一つ。祝詞の考えが外れる事を祈る。いや祝詞だけではない。彼女の忠告も含まれている事を徒人は思い返す。
トワは先にこの事を指摘していた。それは無視できない事実だ。
「そうじゃない事を祈ってる。いや、そうじゃないと思い込みたい。願望も含まれてるが……あいつが敵だなんて思いたくない。あいつが敵だったら勝ち目が薄い」
徒人は彼女の戦う姿を思い浮かべながら勝率を考慮する。自分とアニエスを含めた6人を相手にしても引けを取らない。いや、互角かそれ以上で勝つビジョンが浮かばないのだ。祝詞と違い、前衛だからこそ分かる。白兵戦における差が。その差を埋めないかぎり、勝算がないかもしれない。
「最悪の場合を引いた時にレオニクスが裏切った際の轍を踏む事は避けたいからちゃんと準備しておくよ」
祝詞は徒人の懸念を感じ取る事が出来ないのか、策があるのかそう言ってのけた。
「当てにしてるよ。心の底から」
「なんか嬉しくないな。馬鹿にされてるとかじゃなくて本気でヤバイと感じてる雰囲気なんだけど……ない知恵を振り絞って考える」
祝詞は怒るよりも徒人の真剣さを感じ取って難しい表情になる。正直、怒ってくれた方が救いがあった。
「とっておきの策を頼むよ」
何故か祝詞の隣を通った少女に違和感を覚える。このサラキアでは見た事のないアルビノみたいな色素のない白肌に白い髪にルビーみたいな瞳で昼間にも関わらず、幽鬼の如く存在が安定していないように感じた。そして少女は人混みの波に飲み込まれるように離れていく。
「アニエスと相談して切り札を用意しておくよ。どんな強者でも想定外の事態には弱い筈だからね」
確かにアニエスのアイテムと組み合わせれば何とか出来るかもしれない。力で勝てないのなら祝詞とアニエスのアイテムで何とか出来る事を祈ろう。ただ、自分でも努力を怠らないように探りを入れておくべきだと徒人は思った。
「ん? あれ? 財布が」
祝詞が何気なく左のポケットを触れた後に焦りだす。
「おいおい。すられたのか。さっきのアルビノか?」
徒人は慌ててアルビノ少女の後を追う。人混みの波に消えた筈のアルビノ少女はまだ見えていた。泳ぐように人混みを掻き分けて徒人はアルビノ少女に近付く。
「追ったら駄目。それは罠だと思う。私たちを襲った幻影使いと同じだから」
祝詞が人混みを掻き分けながら叫んだ。そう言えば、距離がおかしい。少女は人混みの波に消えた筈なのに近くに見える。祝詞が近くに、隣を歩いて居た筈なのに数秒で遠くに行ったように感じる。
「今言われても……」
徒人は距離感を狂わされていた。黄道十二宮の勇者の罠? これが幻覚を操る魚座の勇者の特殊能力なのか。祝詞以外の人間の顔が全員おなじに見える。徒人を取り囲む人混みを形成する全員がアルビノ少女と同じ容姿をしていた。
日本のホラー映画を思わせるかなり不気味な光景だった。
一瞬、徒人が怯んだ。ヌッと色素の抜けた白い腕が伸びてくる。市民の腕かもしれない。斬れば現状の敵である北の魔王、西の魔王軍、黄道十二宮の勇者に加えてラティウム帝國まで敵に回すのはマズイと迷って魔剣を抜くのを躊躇ったのが良くなかった。
反対側から伸びてきた手を振り払う事が出来ないで額に触れられてしまった。
「ロスト・フィーリングス!」
少女の声と共に徒人は激しい頭痛に見舞われる。意識を失いそうになる中で徒人は石畳に膝を付く事で倒れるのを堪えた。霞む視野の中で周囲を覆っていたアルビノ女は全員元の姿に戻り、アルビノ少女も市民に紛れ込んでこの場から逃げて行った。
追いついた祝詞が徒人の二の腕を掴む。顔を上げようとしたら現代風の財布が落ちていた。
「これは祝詞のか」
徒人は顔を苦痛に歪ませる。
「私の財布ね。財布のお金よりも写真がね……それよりも徒人君は何ともない?」
それを拾い上げると祝詞に渡した。
「分からない。頭はズキズキするが」
徒人は心の中に言い知れない不安が生み出されたのにも関わらず、それを正確に把握する事が出来ない。心と言う器に穴を空けられたのにそれが心のどの辺りに開いた穴なのかが分からない。
「それ、嫌な予感しかしないんだけどな」
祝詞は徒人に肩を貸しながら呟いた。




