第132話 死神(リーパー)は水瓶座なのか?
隙を窺おうと気取られないように周知をチェックする。
徒人と3人までの距離は30mくらいで終は気絶してるのか起きそうにない。水瓶座のシンボルが書かれた陰陽師の周囲には術符が幾つか散らばっている。多分、終が倒した蜘蛛人間の分だろう。
純粋な戦闘で終が遅れを取るとは思えないので不意打ちか魔法で眠らされたと考えるのが妥当か。
「いい夜だね。咎人が死ぬには勿体ない夜だ。初めての方もいらっしゃるだろうからお初にお目にかかると言うべきかな? 拙僧は水瓶座の勇者と呼ばれている者だ。黄道十二宮の勇者の纏め役を務めていると言えるかな」
陰陽師らしき人物が、水瓶座の勇者が両手を掲げて天を仰ぎながら喋り始めた。声は男性の物で初老、50歳以上の年齢のように聞こえた。
「貴様が死神か。この逆徒め。我らが召喚してやった恩を忘れてこう仕向けるのか!」
オルクスが護衛たちに囲まれながら啖呵を切る。だが甲冑姿の護衛に守られたままなのだから締まらないとどころかむしろ格好悪い。
「ふふふ。ご冗談が過ぎますな。ラティウム帝國の時空魔導研究所で召喚システムを研究していたオルクス様が仰られるとは……いやはや随分と皮肉や風刺からは程遠く聞こえますな。寄りによって貴方が仰るのは愚劣の極み。この事実を稀人に知られたのならば」
水瓶座の勇者と名乗った男はそこで区切って徒人を見る。
「なんだ。言えよ。俺も詳しく知りたいんだが」
「貴様! 何を言っておる。奴を殺せ! 死神だぞ!」
徒人の言葉にオルクスが唾を飛ばしながら喚く。勿論、終が人質に取られているので徒人は動かない。第一、目の前に見える水瓶座の勇者と名乗る男が本体とは限らない。陰陽師なら当然術符で身代わりを立てている可能性もあるのだから。
「仲間が危機に瀕している少年に対して随分なお言葉ですな。とてもとても大の人間の言葉とは思えません」
山羊座のシンボルの描かれた仮面を被る死神は喋らずにずっと彼だけが喋っている。普通に考えれば山羊座の方が偽物で水瓶座の方が本体になるが──
「どうした! 貴様は何をしている?」
「俺はノクス様に雇われてはいるがあんたに雇われた覚えはない。俺に命令したかったら前払いで依頼してもらおうか。今は取り込んでるから高いぞ」
徒人は死神と水瓶座の陰陽師、それに終から視線を離さずに言う。
「じゃあ、こういうのはどうだい? 君が拙僧たちの仲間になってそいつを殺してくれたら君の仲間である彼女を返そう。決して悪い条件ではない筈だ」
水瓶座の陰陽師は重い口調で問う。意外な提案にオルクスが凍り付く。ガチガチと歯が擦れる音だけが聞こえる。
「……このオッサンを殺してもあんたが彼女を引き渡すと言う保証はどこにあるんだ? 殺してその後にバッサリ殺されましたじゃ笑えない」
意図を探ろうとするが仮面の上からでは真意が読めない。
「これまた手厳しいね。君の方がオルクス様よりも余程冷静なのだな。少しは彼を見習ったらどうですか?」
前半は徒人に、後半はオルクスに向けて言った。
オルクスは何かを言おうとして護衛の1人に抑えこまれた。
「1つ聞いていいか?」
「どうぞ。拙僧で答えられる事なら」
包囲している余裕か水瓶座の陰陽師と死神は動かない。時間稼ぎなのかこれだけの騒ぎを起こしても人が来ないのは防音結界か。ならすぐに襲ってこない理由はなんだ?
「お前たちがこいつらを殺す動機はなんだ? 召喚絡みなのか?」
「君は召喚システムに関してどこまで知っている?」
「召喚された稀人はこの世界に馴染ませる為の工程で寿命が縮むとは聞いた」
水瓶座の問いに徒人はトワから言われた事を返す。オルクスは話を聞きながら顔には滝のような汗をかいている。余程、知られたくない事実があるのかもしれない。
「なるほど。それもまた事実ではある。だが真相はもう少しえげつない」
はぐらかすように水瓶座の陰陽師が笑う。
「やめろぉ! 話を聞くな! 奴を殺せ!」
「少し黙っていろ! 《サイレス!》」
何かの術を使ったのかオルクスは手で喉を抑えて金魚のように口をパクパクさせている。沈黙の魔法だろう。
「召喚システムには予め2つのギアスが掛けられているのだよ。1つは倫理観を操作し他者を殺す事への忌避を薄める事。そして」
水瓶座の陰陽師は右手の人差し指を立てる。
「稀人たちの寿命の操作だよ。制約を解かないかぎり10年以内に死ぬと言う呪いに近い呪詛が掛けられているのだ」
ノクスが言っていた事を思い出す。選別ではなくこの事で知られてもショックを受けないようにする為だったのか。食えない妹君だ。
徒人にとってはショックではあるが北の魔王の呪いとそれが干渉し合って変な状態に陥らないかの方が心配だ。
「それと無茶な命令であんたたちはこいつらに復讐してる訳か。とんだ勇者だな」
「では君は彼らを許すのか?」
「まさか。それでその話を聞かせて俺にどうして欲しいんだ?」
徒人は頭を振る。
「君にも黄道十二宮の勇者に参加してラティウム帝國と戦って欲しい。前払いで君の呪いを解こう」
水瓶座の陰陽師は徒人を誘うように右手を差し出した。
「考えさせてくれ。仲間たちと相談したい」
徒人ははぐらかすように言う。オルクスが何かを叫ぼうとした瞬間に終が目を覚ました。
「徒人ちゃん! こいつらは──」
何かを言おうとした終が死神の蹴りを顔面に食らう。普段の彼女なら避けたり止めたり出来るはずなのだが束縛系の魔法にでも掛かっているのだろうか。
「ま、まさか、ば、馬鹿な! 貴様が生きている筈は──」
沈黙の魔法解けたのか、オルクスが何かに気付いて続きを言おうとするが今度は胸を抑えて苦しみ始める。護衛たちが慌てふためく。何かの術のようにも見えたが水瓶座の陰陽師も死神も何かをした様子はない。
「どうやらここまでの用だな。引くぞ。死神」
言うや否や水瓶座と死神の姿がこの場から消えると同時に蜘蛛人間たちも一斉に姿を消した。まるで最初からこの場に居なかったかのように──
「徒人ちゃんは大丈夫か?」
束縛が解けたのか立ち上がった終が駆け寄ってくる。同時に防音結界も解けたのか周囲の騒がしい音が聞こえてきた。
「俺は別に怪我らしい怪我はないよ。そっちは?」
「節々は痛いけどダメージあるのは顔蹴られたくらいかな。女子の顔を何だと思ってるんだか」
ブーツの跡が残っている頬をさすりながら言った。
「そうか。無事なら良かった」
徒人は倒れているオルクスに近寄って喉に触れてみた。脈はない。
「徒人ちゃん、どうするんや?」
「こいつには洗いざらい話してもらう。死なせるのはその後でもいい」
徒人はオルクスの上着を脱がして肋骨の一番下で両手を組んで心臓マッサージを始める。確か、人工呼吸は必要なかった筈なのでこれで蘇生する筈だ。こいつに命が残っていれば、だが。
「お前たちは蘇生魔法を使えない筈だろう」
護衛の1人が騒ぐが徒人は無視する。
「蘇生処置か。心臓マッサージだけで行けるはず」
終は近寄ってくるが手を貸そうとはしない。
徒人は救援が来るまで心臓マッサージを行ったがオルクスは息を吹き返さなかった。
【神蛇徒人は剣騎士の職業熟練度は216になりました。魔法騎士の職業熟練度は332になりました。[対物質系特攻2]は3にレベルアップしました】




