第131話 死神(リーパー)の襲撃
終の言葉が響くと同時に徒人が魔剣を抜く。護衛もワンテンポ遅れて剣を抜いた。オルクスは盾を持った甲冑姿の護衛たちに囲まれて震えている。徒人には命を狙われているにしても異常な震え方な気がしてならない。
「どっちから?」
「多分正面と裏口からで裏口からが本命」
終はスキルを使ってる様子がないのにも関わらず、自信を持って言い放つ。徒人は最近常時[気配察知]と[罠感知]を使うようにしているがそれでも引っ掛かっていない。
「前にも思ったがどうして分かるんだ?」
「うちのユニークスキルや。生きてようと死んでようと人形だろうと殺意があろうとなかろうと察知できる」
今それどころじゃないだろう窘めるような感じで言われてしまった。
「どうする? ここで迎え撃つのか?」
「まさか。うちのノートゥングはここでは振り回せないから打って出る。徒人ちゃんはオッサンを頼むわ。あいつらじゃどうにもならんやろうしな」
終がワームポットからノートゥングを取り出して窓へ向かって移動し、窓を蹴破ってベランダを走って眼下へと飛び降りて行った。
同時にそれを待っていたかのように全身黒ずくめの人影が2つ。それらは蜘蛛のように室内へ入ってくる。どうやって天井に張り付いているのか分からないがその行動パターンは蜘蛛人間だ。
徒人は舌打ちしつつ、迎撃に向かう。天井に張り付いた蜘蛛人間は徒人より前に居た護衛に上から襲い掛かる。手近に居た護衛は剣を振るうが虫の大群に飲み込まれる蟻の如くあっさりと取り付かれ、その長い両手に首を折られて悲鳴と共に絶命する。
その隙に首を刈るように横薙ぎの一撃を加える。黒ずくめの首は魔剣に刎ね落とされてあっさりと飛んでいった。そして、その体は霧のように霧散し1枚の紙切れを残す。
「陰陽道? 式神?」
徒人は想定外の自体に反応が遅れた。その隙にもう1つの影がオルクスに迫る。護衛たちの壁が蜘蛛人間の間に立ち塞がった。彼らは弱いが徒人が追いつくまでの時間稼ぎならそれだけで事足りた。
追いついた徒人の魔剣が背中から蜘蛛人間の心臓を突き刺し、動きを止める。同時に紙切れいや札、術符に戻った。
「やれるか? 避難プランは?」
「それが裏口からなんだ」
護衛たちの1人がリーダーらしき男がそう答える。向こうが自信満々だから聞かなかったのだがそれが仇になってしまった。クソ! こんな展開になるとは──
「取り敢えず、この部屋から逃げるぞ。狙われにくい部屋は?」
徒人が一番外に近い位置に立ちながら窓の方を警戒する。光を見つけた昆虫みたいにこっちへと蜘蛛人間が迫ってくる。その数は3。天井に2。床を張ってくるのが1。
終がある程度は抑えてるのだろうが数が多い。変なのは数の多さだ。術符に戻るところを見ると襲撃者は死神ではないのかもしれない。いやそもそも死神と呼ばれているだけでその全容を帝國に掴ませていないのだから間違いとも言い切れないのか。ローマの街並みで出会った時は鎌を持っていた事からこいつらはフェイクか。
「1階の食堂なら」
天井の1体目を斬り捨てて床を這う2体目と斬り結ぶ徒人が問う。蜘蛛人間は1体1体は弱いが次から次へと湧いてくれる。屋敷内でブラッドクレセントを使ってもいいが微妙に分散して襲い掛かってくるので全ての蜘蛛人間を範囲に収められない。廊下を使うか。
「抜け道あるのか?」
一瞬で斬り捨てられる蜘蛛人間が術符に戻っていく。
「それが……ない」
「もういい。取り敢えず、1階へ移動するぞ。ここじゃあ耐えられない」
徒人は天井を張ってきた3体目の蜘蛛人間を斬り捨てる。土門が抜ける前に守りながらの戦い方を学んだがイマイチ身につかなかった事を嘆く。
廊下へ続くドアを護衛が開ける。幸いにも開けた途端に護衛が蜘蛛人間に殺される展開はなかったようだが窓側からは蜘蛛人間がドンドン入ってくる。巣を攻撃されて荒れた鉢の群れの如く。
「クソ! ゾンビの方がマシだった」
オルクスと護衛たちが部屋を出て行くのを見て徒人もその後に続く。逃すまいと蜘蛛人間が追ってくる。
廊下に移るとオルクスを連れた甲冑姿の護衛たちは金属音を響かせながら下へ降りる階段へと向かって走っていた。これでは場所を教えているようなものだ。これでは殺してくれと言って叫びまわっているようなものだ。どうして死神に遅れを取ったかがよく分かる。
徒人は魔剣を右肩に担ぎながらオルクスたちを追う。後ろからはカサカサと聞こえてきそうな蜘蛛人間たちの足音が聞こえてくる。
徒人はタイミングを見計らい、後ろに振り返る。
廊下に殺到した蜘蛛人間たちが波のように廊下に溢れかえっていた。
「ダブル・クレセント!」
徒人は魔剣を肩に担ぐ。そして左、右と魔剣を振るい、三日月型の光刃を2つ生み出す。2つの三日月型の光刃は廊下を埋め尽くしていた蜘蛛人間たちを次々と斬り裂いた後、爆発しその殆どを巻き込んだ。
勿論、廊下の壁も屋敷の一部も吹っ飛んだが。
「屋敷を壊すな。賃貸なんだぞ」
オルクスの声が響いた。それなら警護の装備を見直して欲しいものだ。
「命とどっちが大切なんだ!」
廊下の端までやってきた徒人は吹き抜けを飛び降りて1階と2階の踊り場に降りる。更に手すりを利用して一気に1階へと滑り降りた。
1階も4方から餌に群がる虫の如く蜘蛛人間が現れる。
「どうするんじゃ! あっちじゃあっちじゃ!」
オルクスが示した方向である玄関には蜘蛛人間には居ない。あからさまな罠ではあるが護衛たちはその指示に従って行動してしまう。
「馬鹿! 止せ!」
徒人が制するのも聞かずに玄関からオルクスたちは外へ出て行ってしまった。
慌てて玄関を抜けて中庭に出る。そこにはオルクスたちを取り囲む蜘蛛人間らしき連中と黒ずくめで山羊座のシンボルを象った仮面とマントを身につけ鎌を持った人物とその隣には水瓶座のシンボルが描かれた仮面を被り、陰陽師の服装、狩衣姿の人物が立っている。
そしてその2人の足元には傷付きフルフェイスの兜を剥がされ意識不明の終が地面に横たわっていた。
死神らしき男は徒人の姿を見つけると同時にその手にしていた鎌を終の喉元に突きつけて牽制する。お前が動けば仲間を殺すと言うメッセージだろう。