第130話 徒人の勇者観
祝詞によって終と組まされた徒人はウェスタの巫女神殿の幹部の護衛に就く事になった。彼女の意図は終を見張れと言う意味だと解釈して間違いないだろう。
徒人と終の2人がやってきた2階建ての屋敷は街中の高級役人が住まう一角だった。
目の前でカルナの親代わりのオッサンと同い年とは思えない中年男性が豪華な内装が施された部屋を右往左往して慌てふためいている。ノクスから暗殺のターゲットである可能性が高いと伝えられたのがショックだったのだろう。
資料によると稀人召喚による責任者の1人で名をオルクスと言うらしい。稀人召喚システムの重要な部分を担っていたと書かれていた。
オルクスは月光の差し込む窓際に行こうとしてすぐに甲冑姿の護衛に止められる。この時代にも狙撃の概念があるのだろうか。
「冴えないオッサンがオドオドしてると見てるこっちが辛いわ。徒人ちゃん、あんたもそう思わへん?」
徒人の隣に立っていた終は哀れみすらこもった口調で言う。当然、聞こえないように小声で言っている。
「素人だし仕方ないんじゃないの? 俺たちも少し前……終さんはそうじゃないか。取り敢えず、俺たちも素人で命のやり取りをする事なんかなかったんだし」
もっとも命を狙われる玄人なんぞになりたい人間なんか居ないだろうがと心の中で徒人は思う。
「そうなんやけどな。資料には召喚の中心メンバーやったと書いてあるからもう少し胆力の座った人物だと思って勘違いしてたわ」
「筋骨隆々のマッチョなオッサンでも期待してたんですか?」
「まさか。ボディービルダーみたいな筋肉ダルマとか嫌やわ。カモシカみたいに必要なだけある筋肉の方が美しいやん。必要以上の筋肉なんか美しくないやんってそんな話じゃない。余りにお役人過ぎてな……拍子抜けしない?」
確かにRPGではこういう立場の人間が魔物と入れ替わってたりするが現実なのでそんな展開にはならないのは確かだろう。
「確かにね。ただの事務屋にしか見えないが……」
もしかしたら死神が狙う相当な理由があるのだろうかと思ったが敢えて口にはしなかった。
「そう言えば、死神勇者とか勇者らしくないけど徒人ちゃんは勇者ってどう思う?」
終は小声でそんな話を振ってきた。珍しいとも思わなくもない。微妙に真面目に聞いてくるのがと言う点で。
「終さんはどう考えてるんだよ。この世界にいる勇者と呼ばれる連中の事か、それとも一般論と言うか勇者的な物の全体を指してるのか分からないよ」
「そうやな。後者かな。うちは正直言うと何とも思ってなかった」
「人に聞いておいてそれなのか」
徒人は終の言葉に呆れ返る。話を振っておいてそれはどうなのか。
「それやな。うちが話を振っておいてあれやけど勇者なんて物が分からんのよ。なんか漠然としすぎてるやろ? 英雄とか勇者とか言われてもうちらには縁がなかった物やんか。どうしても曖昧なと言うか腑に落ちないと言うか理解できひんのよ。だから徒人ちゃんなら分かるかなと聞いてみただけや」
「俺の勇者観なんか聞いても一般論とはかけ離れてると思うが」
「それでええよ。聞かせてぇな。参考にしたいから」
終が嘘を言ってるようには思えないので徒人は周囲への警戒を行いながら口を開く。
「この世界に来る前からずっと思ってた。勇者とはなんだろうって。多分、俺とは正反対側の人間だから苦手なんだ。つーか、嫌いだ。光だのなんだの。心の中に黒い物がない奴なんか居ないよ。なのにポジティブなんだの正義だの聞こえの良い事を言ってるだけの詐欺師だろう。もしくは聞こえのいい言葉に踊らされてるだけの道化だよ。ほら、カルトの広告塔みたいなもん。だってそうだろう? この世界だって本当に勇者が世界を救ったか? 救ってもその後に彼らが報われたか分かりゃしない。なのにお立てられてわざわざ苦難の末に魔王を倒してどうなるんだよ? 事にこの世界にいる魔王は世界征服したいのか? それすらもよく分からないし、南の大陸に侵攻してやり返されましたじゃな……それでも勇者を信じてるんだぜ。自分たちで双子座とか散々利用しておいてさ……本当に勇者教と言わずしてなんて言うんだ。本当に馬鹿げてるよ」
そこまで言って自分が堰を切ったように喋りまくってる事に気がついて徒人は周りを見渡した。
オルクスはビビって聞いてないし護衛の連中は宥めるように彼を取り囲んでいるがそれでも恐怖でガタガタと震えている。どうやら聞こえなかったようだ。その事実に安堵しながら考える。
トワにも祝詞たちにも話した事のない事実。どうして終に喋ってしまったのだろうか。いや、喋ってしまいたかったのだろうか。
「勇者教か。徒人ちゃんは本当に辛辣やな」
終は手で口を隠して声を殺して笑っていた。瞼を閉じていたので目の表情は読み取れない。
「事実じゃないか。耳障りのいい事を言ってる割にはここの連中の操り人形だよ。それでどう浅ましい人間とどう違うっていうのさ。所詮、英雄願望と言う名の糸に囚われた傀儡に過ぎないし。頭の悪い芸能人みたいなものだよ。当人は踊ってるつもりだろうが実際は踊らせれてるのに気付かない道化だよ。本当に。或いは帝國を離反して岳屋弥勒みたいに手前勝手な欲望に動いてるだけの奴を持ち上げてたんだろう? そんな奴らを持ち上げてる偽善者に聖人君子面されたくない」
徒人は自分が怒りを抱えてる事に気が付いた。それは勇者である者に対しての妬みなのか嫉みなのか。
「ちゃんと自分の意見を持ってるやんか。それにしてもキツイな。勇者に」
「そりゃ俺みたいな捻くれ者は勇者にバッサリ斬られそうだから余計にね。他人と違うだけで魔物呼ばわりされるなんてご免だ」
徒人は唇を噛む。
「徒人ちゃんはどこからどう見ても日本人に見えるけど」
「堀が深いならともかく、このしょうゆ顔をどう見たら外国人に見えるんだよ。って、そんなネタ振り要らないから。そういう意味じゃないよ。ただ、俺は昔から人が馬鹿みたいにはしゃいでる輪に入れなかっただけだ。どこかでそいつらの事を冷めて見てた。なんであんな事にはしゃげるんだろうかとか、どうしてあからさまのおべんちゃらを言えるんだろうかって全部薄っぺらい嘘なのに……」
徒人はそこで言葉を切った。自分が周りの人間と温度を共有できなかったのはただの事実でそれのせいでクラスからは疎外された存在になった。原因が分かっていても徒人には彼らが作り出す自己欺瞞が許せなかった。いや、納得できなかったのだ。人とは同じように出来なかった。
「どっちかと言うと徒人ちゃんは二重なのを除けば色白い方だし塩顔っぽい気もするけど、そんな場合じゃなかったな。ごめんな。徒人ちゃん。徒人ちゃんは偏屈で天邪鬼でなあなあが嫌いやったんやな。周りに流されてばっかりやったお姉さんには格好いい子に映るわ。うちにもそんな度胸があれば……」
終は深々と頭を下げた。その姿に頭から冷水をぶっかけられたようで徒人は押し黙る。
「どういう事だよ。度胸って?」
「こっちに来てからの失敗やな。それだけの話や」
終は質問に正確には答えなかった。伏せたい過去は罠に引っかかって仲間が全滅した時の事を言っているのかと思う。
そうかとだけ言って徒人はそれ以上勇者の件で話そうとは思わなかった。
「それと言い忘れたけど勇者も普通の人間と大差ないと思うよ。勇者だって人間やし、それで、徒人ちゃんの考え方で間違ってないと思うわ」
終に肯定されたのが少し嬉しかったが同時に1つやるべき事を思い付く。トワにこの気持ちを話すべきだと。
「お客さんやな。来なさったで!」




