第127話 トワへの手紙
護衛の衛兵たちに送られて自宅に帰った徒人たちは居間で集めた情報の整理だけをして解散した。十塚は暫くこの家の客間に泊まる事になった。北の魔王対策に自宅に張られている結界を強化したらしい。外には夜の暗闇を明かりで照らしながら護衛と言うか見張りの衛兵たちが張り付いている。
「あんなので役に立つんですかね」
アニエスは窓から見える衛兵たちに辛辣な一言を述べて戸袋から雨戸を引き出す。
徒人は近くに見えていた小さな建物が衛兵たちの臨時詰め所だと気が付かなかった事実に呆れ返る。
「北の魔王が、自称ヴァルトラウトが来たら全滅だろうな。俺たちも含めてだが……」
徒人は小さな机の前に座って紙とこの世界に持ってきていたボールペンとシャーペンを取り出す。
「逆でしょうね。実際はあいつらは死んでもご主人様たちは生かしておくでしょう。出なければ下手なちょっかいなど出さずに棺の間で殺してます。二度と蘇らないように」
アニエスは確信を持って言った。徒人もその結論に間違いはないと思う。北の魔王は徒人たちを利用して何かを成したいのかもしれない。
「ドギツい言い方だな。多分、間違ってないだろうが」
「それより、ご主人様。その紙とペンらしき物は……」
雨戸を閉めたアニエスは机に向かう徒人に問う。
「トワに手紙を書くんだ。なんて書けばいいのか見当もつかないが、謝ればいいのか」
「謝ったら駄目ですよ。自分には気が付きませんがあのお方ならアンデッド化や異形化には職業柄薄々は気付いていた筈です。前にも言いましたがあのお方が気付くべきだったんです。それを甘やかされると南の魔王軍全体に響きますので」
徒人の一言にアニエスは当然だが都合の良い返事は返してくれなかった。
「俺は南の魔王軍の事は後回しにして取り敢えずトワと話だけでも出来る状態にしておきたいんだ。だからお前たちの都合に合わせてくれと言われても困る。第一、お前は主替えに賛同した身だろう? 元主を立てるなよ」
徒人の怒りにアニエスは苦笑している。
「その通りですね。申し訳ございません。ただ自分に聞いても逆効果かと思います。怒らせる事は散々言いましたがあの人を喜ばせるような言葉を言えた事はなかったですね。ご主人様が本当にあのお方と仲直りを望むのであれば偽りのない気持ちを手紙に書いて表現すれば良いかと。それが一番可能性がある方法だと思います。だから自分の言葉など聞いても参考になるどころか邪魔なだけかと」
アニエスは女としてそう助言してくれた。
「自分で考えろと言う事か」
「はい。自分の女と仲直りするんですからご主人様の言葉で考えて下さい」
正論なのでそれ以上は何も言わない。
徒人はシャーペンを持って書き出しに悩むがそもそもこの世界の言語を意識しないで読んでいるが手紙を書けるんだろうかと疑問に思う。
「俺はこの時代の手紙の書き方なんか知らないけど書けるんだろうか」
ふと書き出しを書きながら徒人は聞いてみた。
「いけるんじゃないですか? 稀人で読み書き練習してた人なんか見た事ないですけど」
アニエスが徒人の後ろから覗いてくる。
「別に問題ないと思いますよ。文法も文章も……字はあんまり綺麗ではないですけど」
「それは召喚される前からだ。悪かったな」
徒人はアニエスの存在を無視して手紙の続きを書き始める。アニエスもさすがに見るのは失礼と思ったのか、離れてドア際に立つ。
「カルナさんの件があったから書く気になったのですか?」
「それもあるな」
勿論、北の魔王の件もある。でも癪なので黙っていた方がいいだろう。奴が覗いていたら喜ばせる結果にしかならない。
徒人はシャーペンで思いの丈を書き出していく。まとめるのは清書する時でいい。
「あと言い忘れましたが遺書みたいな感じは止めて下さいね。届ける自分が殺されますので」
「アニエス。……お前、本当に勝手な奴だな」
徒人は自分の顔が歪むのを感じた。呆れの感情で。
「勝手って、そりゃ自分が殺されるのは嫌ですよ。あのお方はこっちが手加減してるの知ってて普通に殴ってきますからね。普通とはガチでと言う意味です。嫌われてる原因は分かってるんですが……それでもこっちはあくまで臣下としてしなければいけない事をしてるだけですからね。意地悪でも何でもないのに。上司があれだと悲しいものです。もっとも自分は先代の魔王に可愛がってもらっていたと言うか、先代の魔王の派閥だったので余計にマジで殴られるのでしょうね」
筆を進めながら徒人は返事を返すか悩む。凄く書き難い。
「一応、魔族にも派閥とかあるのか」
適当に話を合わせて徒人は聞き流そうとする。
「そりゃありますよ。先代に比べたらずっとマシですけどね。あと誤解のないように言っておきますが自分が本気を出したらあのお方を楽には倒せますがそれは……立場上凄く凄く問題がありますのでやりませんが」
「あーもううるさい。気が散って書けないじゃないか。ただでさえ手で書くの苦手なのに」
そこでアニエスは愚痴をやめた。
「手で書くのが苦手? ご主人様は変な事を言うんですね」
アニエスが豆鉄砲を食らった鳩のような不思議そうな表情をしている。意味が分かったら困るが。
「筆で書くの苦手なんだよ。スマホで下書きできれば……」
徒人は机の上に置いてあった自分のスマホケースに触れた。既に電池は切れているので使えない。
「電子何とか言うのですか。帝國の一部の魔道士が動力を補充しようとしていましたね。でもそんな事をしなくても彼方さんからコミデを借りたらいいじゃないですか。半永久的に動くんじゃなかったですか?」
アニエスが良い事を言ったと言いそうな態度だった。
「何を言ってるんだ? 変換機能で何を調べて何を書いたかがバレるのに借りて返せる訳ないだろう。内容がバレたら何を要求されるやら……」
勿論、プライバシー的な理由で彼方が貸してくれるとは思えないが──
「神蛇さん、フフフ、当方が何を求めているか分かってるよね? 取り敢えず、これとこれとこれを──とか言いそうですよね」
アニエスは彼方の物真似を披露してるが微妙な出来で何も言えない。
「もういいから出て行ってくれ。書くのに集中したい」
「申し訳ありません。自分も師匠と約束があったので移動します」
アニエスはドアを開けて部屋を出て行った。
「書けるかね」
上手く書こうとしないで思いの丈だけを込めて徒人は手紙の続きを書く。結局、書き終えたのは明け方近くだった。




