第13話 黒鷺城で朝食を
次の日、祝詞が前日解散する前に休養日に当てると宣言したので徒人はアニエスの助言を受けて自室から黒鷺城に転移していた。朝からトワが待ち構えていた事に驚きを隠せなかったが──
「トワ様って暇なんですか?」
「暇ではないですが持てなしはする必要があるでしょう」
心なしかトワははしゃいでいるようにも見える。踊りだしたりしそうな雰囲気すら漂っている。
「昨日、報告入れたらはしゃいでましたから間違いないかと」
後ろに居たアニエスが小声で囁く。彼女はいつものメイド服ではなく中世の村人女Aが着てそうな格好をしていた。こっちの方が目立たないと思うのは日本人の感性なのだろうかと徒人はつまらない感想を抱く。
「ところでトワ様、勇者に関する資料とかありませんか?」
向こうの事情を考慮しても仕方ないので取り敢えずこちらの用件を伝える。
「やっぱり向こうの資料に近付くのは容易ではないのですね」
トワは背を向けたままだがその後ろ姿に苦悩が表れているように見えた。
「まだ向こうの幹部に掛け合えるよな状態じゃないですから」
「あれから10日前後しか経ってないから無理もない話ですか。取り敢えず、朝食でも食べますか? と言うか用意してしまったんですけど」
徒人の話を聞いてるのか聞いてないのかこっちを向いてトワは指を絡めながらモジモジしている。
「頂きましょう。断ると面倒なので」
真後ろに居るアニエスがさらりと言ってのける。こいつは本当に部下なんだろうかと疑問を抱いてしまう。
有無を言わさずに食堂に通されたがそこは華美とはかけ離れた普通の食堂で中央に長いテーブルが置かれているのと清潔なのが特徴で他には特記すべき点はない。
日本の社員食堂とかを中世風にしたらこうなりそうな見本とも言える。
徒人の正面にトワ、左隣にアニエスが座っていた。こういう展開を見こうして普通の格好でやってきたアニエスの計算高さが窺えた。
「えーと人間の俺でも食べられる物なんですよね?」
「魔族だからと言って変な物は食べませんよ。わたしは小さい頃に悪魔に人とか食べさせられそうになって吐きましたから……思い出したら気持ち悪くなってきました」
徒人の質問にトワが表情を歪める。それにつられてこっちまで胃がむかついてきた。
「早速持ってきて貰いましょう」
「そうね。そうしましょう」
トワの声に反応した老執事とメイドが料理を持ってきた。彼らが持ってきたのは朝食らしくスープとサンドイッチだった。
取り敢えず、トワを信じてスープに口を付けてみた。味はコンソメスープに似てるような気がした。
「普通だ」
「普通ですよ。サンドイッチは鳥の肉ですし……鳥と言ってもちゃんと飼育している鳥ですから」
毒味してみせるかのようにトワはサンドイッチをかじって見せた。
「トマトのソースが良い感じですね」
口を手で覆い隠しながらトワが老執事に聞く。
「冷凍していたのを磨り潰してソースに致しました。魔王様のお眼鏡に適えば幸いです」
「冷蔵庫あるんですか?」
徒人は言ってから何の事か分からないのだろうと肩を竦める。尻尾の生えた老執事が責めるような視線で徒人を睨み付ける。
「徒人、わたしたちは未開の文明人じゃないんですから冷蔵庫くらい作れますよ。ま、冷蔵室と言った方が相応しいでしょうが」
トワは老執事に右手で制する。
「ちなみに氷を操る精霊を地下の部屋に住まわせてる極めて簡単な作りですが」
「俺に喋っていいんですか?」
「別に平気でしょう。どうせ大した事じゃありませんし、徒人が向こうでそんな話はしないでしょう」
トワがニコニコして機嫌が良さそうに見えたので徒人は聞かなければいけない事を聞いてみた。サキュバスを倒すのなら彼女に探りを入れておかなければ話にならない。
「サキュバスと、あの人と仲悪いのは魔族と悪魔の種族差のせいですか」
黙ってスープを飲んでいたアニエスが咽せる。老執事とメイド達が凍り付いた。全員がトワの反応を伺っている。
「妹の話はしたくありません。それより食べて下さい。もし食べられないのならわたしが切って無理やり口に突っ込みますよ」
しばらく沈黙していたトワがキッパリと話す事を拒絶して置いてあったナイフを取ってサンドイッチを切るような動作をしてナイフの先を徒人の方へと向ける。その鴇色の瞳は焦点が合ってないように見えた。
「大丈夫ですから」
徒人は慌ててサンドイッチを口の中に放り込んで咀嚼する。確かに鳥の肉の旨味とトマトケチャップらしきソースの味が染み込んでいて美味しいのだがトワが虚ろな目でこっちを見つめているので味に集中できない。
老執事が何かを言って必死に宥めているのだろうが彼の主は全く聞いていない。
慌てて食べたせいか、サンドイッチの一部が喉に詰まった。
すぐに察したアニエスが左手で水の入ったガラスのコップを差しだし、右手で徒人の背中を叩く。
出されたコップを受け取り、徒人は水を一気に飲み干して息を整える。一瞬、本当に死ぬかと思った。二度目の死の危機がサンドイッチを喉に詰まらせて窒息では間抜けすぎて笑えない。
「ありがとう。アニエス」
「どう致しまして、ご主人様」
素直に礼を言うとどうって事ないですと言わんがばかりにアニエスが返した。徒人がトワの方を見てみると──
「アニエス、わたしが助けようとしたのに出過ぎた真似をしないで頂戴。徒人はわたしの婚約者と呼べる存在なんですから」
その瞳はまだ虚ろで今度はアニエスを睨んでいた。
「魔王様、ならば婚約者を睨んであの世送りにするような真似は控えるべきかと思います」
アニエスは呆れた表情を浮かべていたが表情を消してからそう進言する。
「ご免なさい、徒人。あいつの話はしたくないのです」
瞳に光が戻ったトワが頭を下げた。
そして徒人は出された物を残らず食べきる事で気まずい朝食をやり過ごした。




