第126話 親しい者の死
徒人たちはウェスタの巫女神殿へアスタルテと共にやってきた。現場は大資料室の名称に相応しい広い部屋の入口近くでカルナが仰向けに倒れていた。服装に乱れはなく両手を組んで閉じられた両方の瞼には黒い2つの点が付いている。
一見しただけでは死んでいるようには見えない。まるで寝ているようにすら思えた。
カルナの遺体の傍にはアストルと上司だった中年男性が立っていた。上司の男性は祈りを捧げているように見える。徒人が最初に中級職になった時にカルナと一緒に居た神官の人だった。
「ろくでもない人だったけど殺されるような人ではなかったね。割と親身にしてくれたし、鮭みたいなの美味しかったし」
すっかり酔いが冷めていつもの調子に戻った彼方が呟く。割と酷い総評だが彼女は彼女なりに悼んでいるのだろう。
見れば服や床に血は流れていない。
「蘇生措置を施していただいてありがとうございました」
「同じ帝國に仕える者として義務を果たしただけです」
上司の男性がアストルに対して深々と頭を下げていた。そして顔を上げるとこちらに気付いたようで頭を下げて会釈する。徒人も会釈し返した。
「お疲れのところ申し訳ありません。どうか彼女の為に祈ってあげて下さい」
一言だけ言って彼は大資料室を出て行った。
「失礼ですが蘇生魔法は……」
祝詞が申し出た。1回位なら自分が変わると言う意味なのだろうか。同時に躊躇いも見て取れる。
「5回行いました。それでも駄目でした」
「LPは……」
祝詞が固まっている口を無理やり動かして聞く。
「グリーンドラゴン相手に一度亡くなったと聞いていますが貴方たちのせいではないですよ。本来は生命の命など儚いものです。それを忘れてはいけない。貴方たち稀人と言えども」
徒人にはかなり耳の痛い言葉だった。
「彼はこの大陸に来てからのカルナさんの恩師でした。今、彼は深い悲しみの中に居ます。生き返る方法があるからと言って過信してはいけません。死ぬと言う事は蘇生非蘇生に関わらず人の涙と悲しみに彩られているのですからそれを覚えておいて下さい」
アストルは念を押す。
「説法は分かったから何が分かったんだ?」
重い空気を追いやるようにアスタルテが遮った。アストルは不愉快そうにしつつも話し始める。
「部下の衛生兵が調べたところ、死因は首を折られてた事による各臓器へ命令の遮断です。それ以外に死因となる原因はありませんでした。今、私達が見ている状態が発見された状態のカルナさんです」
「掻い摘んで頼むよ。小官は炎魔法以外は苦手なんだ」
「つまり、死神はカルナさんを殺すつもりも予定もなかった。たまたま死神が居るこの大資料室に入ってしまったからと言う事ですよね」
祝詞が分かっていないアスタルテに付け加える。だが彼女はどうしてそうなるんだと言わんがばかりの表情をしていた。
「瞼ですよ。亡くなった後に瞼を閉じてる。心理学では罪の意識の表れだった筈。もし、カルナさんが殺害対象だったのなら元老院の人間を逆さ吊りにした奴がわざわざそんな事をしないでしょう」
自分の顔の前で右手を上から下に下ろして瞼を閉じる動作をしてオタク両親が叩き込んでくれたうんちくを披露する徒人。祝詞は黙って聞いている。
「時間がなくて慌てて逃げた可能性はないのか?」
和樹が疑問を口にする。
「それもあるかもね。でも時間がないとするなら死神はここからわざわざ瞼を閉じた。ターゲット以外は殺す気がないと言う証明なのかも」
「ならここで何をしてたんだ? それを知られる事が嫌なら殺し自体がミスじゃないのか? ここから無くなっている物か動かした形跡がある物が死神の目的だとバレるじゃないか」
和樹が鋭い指摘をする。体が反応して殺してしまったのだろうか。
「そう思って神殿の方に調べてもらっていました。無くなっていたのは最重要機密に属する物でした」
アストルはそこで区切ってアスタルテの反応を見る。彼女は良いから話せと言いそうな表情だった。
「稀人たちに関するデータを集めたリストと召喚の儀式に関する資料です」
それを聞いたパーティメンバー全員の顔色が変わる。召喚の儀式に関して詳細が判れば元の時代に帰る事が出来るかもしれない。徒人ですらそれを口に出しそうになった。
「話を進める前に1つ聞いておくけど死神とは死神勇者は同一人物? それとも別の人物なの?」
彼方の一言にアスタルテとアストルが顔を見合わせる。余りに直球すぎる。終がほんの少しだけ表情を歪めた。祝詞は止めずに黙って成り行きを見ている。
「どこでそれを」
「大方市民が漏らしたのでしょう。人の口に戸は立てられないですから」
大した事じゃないだろうと言わんがばかりにアストルがアスタルテを宥める。
「同一人物かどうかなど分かりません。ただ死神勇者の伝承を悪用したり曲解したりしている市民が居るのでしょう。そこに付け入っているのが」
「黄道十二宮の勇者を名乗る連中か」
アストルが声を上げたアスタルテを睨む。その意図に気が付いたようだが既に徒人たちはその名称を知ってしまった。
「黄道十二宮の勇者? 十字架教徒ではなく?」
彼方が聞き返す。
「十字架教は壊滅した。貴方たちのお陰でね。だから奴らでない。別に黄道十二宮の勇者と言う組織があるのは事実だ。帝國に与するのを止めた稀人たちの集まりと聞いてる。そこに死神勇者が所属しているのかが分からないけど死神と呼ばれる人物が所属しているとは聞いた」
十塚の説明に帝國幹部の2人が黙って聞いている。
「今まで死神に殺された人は稀人たちの召喚に関わっていたので殺害されたのですか?」
「この国では稀人召喚に関わっていない人間は上にはいけない。自分たちが呼んだ稀人たちが戦果を上げる度に地位を得た人間もいる。つまり、そういう事だ」
徒人の言葉にアスタルテは素気なく答えた。怒っているように見える。
「お疲れのところを申し訳ありませんでした。こちらの護衛をつけて家まで送らせましょう」
アストルがそう申し出た。護衛と言う名の監視だろう。
「その前にカルナの冥福を祈ってから帰ります」
祝詞はそれだけ告げた。




