第123話 彼らの身体は彼女の供物(もの) 前編
一応全員が意識を取り戻して終が銀貨15枚を支払って店を出た。西の空は茜色が僅かに残る逢魔が時、足元から蛇が這い上がってくるのに何も出来ない感じが非常に気持ち悪い。まだ暖かい筈のサラキアの街に冷たい風が吹く。
まだ人通りがある筈の時間であるにも関わらず、通りを歩く人影はなかった。誰もがこの場に訪れる悲劇から逃れようとしてるように。
彼方は十塚が支えながら歩いているが戦えそうにない。和樹は祝詞をフォローするのが手一杯で戦えそうに見えなかった。
襲われたらこの4人には身を守る事に徹してもらった方がいいだろう。
「どうするんだよ?」
声が震えている事を意識せずには居られなかった。
「うちと徒人ちゃんとアニエスで何とかするしかないやろう。弱体化してるとか本物じゃない事くらいしか祈れない」
「一応、回復は出来るけど頭がガンガンするからいつものキレは期待しないでね」
祝詞が追い打ちを掛けるように忠告する。
話せば話すほど絶望しか感じない。本当に昨日襲われた方がマシだった。
徒人たちは家に向かうルートで歩き始める。大通りでは仕掛けてこないとは思うが本当に北の魔王ならこのサラキアの街くらい一溜まりもないだろう。
「逃げ切れるとかないんだよな? このまま家に帰ったらマズイ気がするんだが」
「多分、家では仕掛けてきませんよ。北の魔王は自分たちの恐怖が見たいんですよ。だから寝込みを襲ったりはしません。最凶にして最悪と呼ばれるのはそのせいだと言われてます」
舗装された道を歩きながらアニエスが語るが以前の時と同じく恐怖が滲んでいる。
微かに陽光が残っている中、全員が意図せずに早歩きで家路へ急ぐ。だが角を曲がり、移動する度に日が落ちていく。それを幾度か繰り返した後、最後の大きな道に差し掛かる前に赤と黒が混じる空間の中央に柘榴の髪を垂らした女が立っていた。服装はサラキア市民が着ている一般的な物だ。服だけは──
スプラッター映画である不死身の殺人鬼やモンスターにあったモブの気分だ。徒人は反射的に魔剣を抜いて身構える。終もワームポッドからノートゥングを出して構え、アニエスもくないを両手に持つ。
徒人と終は他の4人を庇うような形で前に出る。
「初めましてと言うべきか。私めの名前は名乗らなくても肩書は知っているだろう?」
アメジストの瞳が徒人たちを見る。見た目は女なのにくぐもった声で女なのか男なのか機械なのか人間なのか、それすら分からない。蛇腹剣らしきものを右手に持ってぶら下げている。
同時に後ろから足音が1人分。全く同じ容姿、北の魔王の容姿を持った女が現れる。こっちは両手に槍のような刺突武器を持っている。
アニエスが後ろを向いて槍を持つ方を迎え撃つ。
「うわぁ。もう1人増えた」
酔って戦えない彼方が叫ぶ。
「余興の前に名を教えておこう。ヴァルトラウト。もっとも数ある名のうちの一つだがな」
後ろの北の魔王がヴァルトラウトと名乗った。自分の名にしては酷く投げやりに聞こえる。自身の名である筈なのに道端の石ころの如き扱いだ。
「魔骨宮殿で私めのプレイベートルームまでよくぞ辿り着いた。あの嗜好は気に入って頂けたかな」
正面の蛇腹剣のヴァルトラウトが笑う。見た目は絶世の美女であるにも関わらず、悪趣味な人形が喋っている印象を受ける。
「言い返さないで下さい。何を言っても愉しませるだけですから」
アニエスが警告した。せめてもの抵抗と言った感じがするのが切羽詰まってるのが分かった。
「臭いと思えば、ハーフ魔族か。出来損ないの分際で口だけは達者な。そう言えば、幾人か見た顔があるの。色んな目を通してみれば三度出会った者もおるのか?」
前半はアニエスに対して、後半は徒人に対して言っているように聞こえた。サキュバスの件だろう。人を弄びやがってと怒りの感情が湧いてくる。
罠だと分かっていて徒人は魔剣を抜きながら蛇腹剣を持つヴァルトラウトに斬り掛かった。それを見抜いていたかのように蛇腹剣を分解して鞭のようにしならせて迎撃する。魔剣の腹で一部を受けるものの先端が徒人の左腕を切り裂く。血が石畳に零れ落ちる。
それを気にせずに横薙ぎの一撃を加える。だがヴァルトラウトはその斬撃を左手の親指と人差し指だけで止めた。サキュバスですら両手で受け止めたのにこうも簡単に。
「人間とは非力で無力で悲しい。生き物よの。めでたくなる者の気持ちも分からぬではないが……所詮はおままごとよ」
ヴァルトラウトが喋っている間に徒人が彼女の腹部に蹴りを放つが鉄の壁を蹴っているかのように反応がない。
「早まった真似を。アニエスは徒人ちゃんのフォローを。うちは後ろを相手する」
終は後ろのヴァルトラウトを抑えに向かう。待っていたと言わんがばかり後ろのヴァルトラウトは低姿勢で迎え撃つ。アニエスは徒人を助けようと前のヴァルトラウトの後ろに回り込もうとする。
「これで終わりか」
「ご主人様が後ろです」
その言葉に徒人は蛇腹剣が引き戻して後ろから斬撃を加える気だと気付いて魔剣を離してヴァルトラウトの後ろに回りこんで回避する。
ヴァルトラウトは引き戻した蛇腹剣で自分の胸元を斬ってしまうが全く気にした様子はない。傷口からは血の代わりに緑色の液体が吹き出ている。
「おやおや。いけないいけない」
魔剣を捨てて自分の胸元を撫でる。溢れでた緑色の液体は戻らないが傷口は塞がっていく。
徒人は魔剣を拾い、ヴァルトラウトの頭部を袈裟斬りに斬る。だが左手で防がれ、同時に鈍い音が路上に響く。魔剣は手のひらに食い込んでいるが鉄より堅い骨に阻まれ、それ以上は切り裂く事が出来ない。
本当にこいつはトワやアニエスと同じ魔族なのかと疑いたくなる。
「化物と思っているんだろう? そりゃそうだよ。これは本体ではなく擬似肢体なのだから」
密着してる徒人を振り払うように蛇腹剣を振るう。
徒人下手に受けようとせずに大きく距離をとって離れる。
ヴァルトラウトはその一撃をかわされると剣を伸ばして後ろから追撃掛ける。徒人はそれを簡単に避けるが心境的には喜ばしくない。怒りの感情に捕らわれていても完全に遊ばれているのは分かってる。
「ご主人様、落ち着いて下さい」
「だけど」
視界が真っ赤になりそうなほど怒りの感情が湧いてくる。
「こいつを殺しても死んだ者は帰ってきません。冷静になって」
アニエスが苦言を呈する。
「また貴様か。カンが鋭いのは困ったものだのぅ。私めの愉しみを奪うな」
異形の鳥が鳴くような甲高い声の笑い声が響く。
後ろでは相性が悪いのか、伸縮自在の槍二刀流を相手に終が手間取っていた。
「気持ち悪い笑い方だな」
徒人が吐き捨てた。腕の傷による痛みを怒りで誤魔化せてるのは幸いだった。
「酷いのぅ。だが遊んでくれるのじゃから感謝せねばな」
ヴァルトラウトが蛇腹剣を振るった。




