第122話 困ったら酒を飲みましょう
結局、5日間の魔骨宮殿上層部探索が空振りに終わってしまった。祝詞は依頼を達成した事への報奨金とランキングの上昇に他のパーティメンバーとのレベル差が埋まった事を喜んでいたが徒人は喜べない。
今どこに居るかと言うと終に奢るからと連れてこられて酒場に居る。
質素だが清潔感のある酒場で稀人が経営してるらしい。昼間のせいか人はまばらで客は殆ど居ない。彼方が特に嫌な顔をしたのだが奢りと言って無理やり連れて来られたのが聞いてるのかずっと黙ってた。髪が伸びた市松人形そのまんまの彼方は無表情で傍から見てるとかなり怖い。
「ま、飲もう飲もう。困ったら飲むのが一番。一応クライアントさんの目標を果たしたんやし暗なってもしゃないやんか」
稀人専用の酒場に徒人たちパーティメンバーを連れてきた終が宥めるように言う。顔が赤くなければこの一言に納得したのだが。1階の奥の席なので周りの客は少ないのが幸いだ。
誰かが暴れても店にお金払うだけで済むかもと不吉な事を思ってしまう。
7人分の料理を載せられるでかいテーブル上には料理が所狭しと置かれている。追加注文あったら言って下さいとディアンドルみたいな制服を着たウエイトレスが店の奥へ下がっていった。
稀人が主人だと言うのもあって人数分の箸が置いてある。
終が徒人たちを見渡しながら話し始める。普段着のアニエス、和樹、十塚が硬い表情で彼方はずっと黙っていた。前の飲み会がそんなにトラウマになっているのか。
「みんな、表情が堅いな。取り敢えずビール入ったジョッキ持って乾杯な」
徒人は言われたとおりにビールらしき発泡酒が入ったジョッキを掲げる。他のメンバーも渋々ジョッキを掲げた。
「今日、依頼達成と命がある事に乾杯」
何気に笑えない事を言いつつ乾杯の音頭をとる終。それが終わると同時に彼方はジョッキに入ったビールを一気に飲み干した。全ては飲み干せなかったのか、口端からビールが零れて流れる。その様子に終以外の全員がビックリして硬直していた。
徒人はビールを一口飲むがあまりの苦味にむせてそのままテーブル上にジョッキを戻す。こんなの飲めん。大人とはこんなモンが美味いのか。理解に苦しむ。
「彼方ちゃん、飲めるやんか。嫌やな」
終がそう声を掛けた瞬間に彼方は箸を取って鶏の唐揚げらしき料理を凄い勢いで食べ始める。自棄酒っぽい。彼女が全部食べ尽くしてしまう前に徒人は慌てて自分の分だけ皿にとって確保する。
「どうしてこんな展開ばっかりなんだ」
「まあまあ。大丈夫よ。お金なら持ってるし」
反対側に居た終は徒人がテーブル上に戻したジョッキを取って口をつける。見れば最初のジョッキは既に空だった。帰る時間が明日の朝になってないだろうなと不安に感じる。
案の定、5時間が過ぎた時点で彼方は酔い潰れてテーブル上にうつ伏せになって涎を垂らして眠り込み、和樹はアニエスの介抱を受けている。祝詞と十塚は起きているが反応が鈍くたまに動いたと思えば何かを食べている。
「ちょっと外します」
和樹の背中を擦っていたアニエスが席から立ち上がる。
「ご主人様、あの時点で北の魔王と遭遇して勝てたとしても呪いが死に際の恨みで強固になった可能性もあるのですから良い方に考えましょう」
アニエスが蹌踉めく。その拍子を利用して徒人の耳元で囁く。そして彼女はお手洗いの方へと歩いて行った。
それを聞いて徒人は黙りこむ。
「こうやって飲んでると昔を思い出すわ」
終が独り言のように喋り出す。先程の話が聞こえていたとは思えないが。
「昔とはあっちの世界ですか?」
オーナーが稀人ならこの世界が地球だと知らない可能性があるので伏せて聞いた。余計な事を広めるのは賢くない。
「なんや。興味あるんか? 嬉しいな。そうやね。でもあっちの世界ではうちは付き合いが悪うてね。ほら地味なOLやったから家に帰って1人家飲みやったんよ」
知ってる前提で話してくる終も相当酔っ払っている。顔はそんなに赤くないんだけど。
「じゃあ、こっちでの話ですか?」
徒人は頼んでいたオレンジジュースを飲みつつ、フルーツの切り盛りから箸でリンゴを取って口に入れる。
「そうそう。こっち、最初のパーティはな色々と楽しかったんよ。みんなで馬鹿やってみんなで笑って……」
終のトーンが落ちていく語尾に余計な事を聞いてしまったと遅まきながら気が付いた。
「それが二年くらい続いてね。丁度、双子座の勇者が現れた頃でね。みんな、南の魔王を倒した影響ではしゃいどったな。もうすぐ全部終わるって思うとったんよ。でうちらは北の魔王討伐の為に西の魔王軍を抑える為に戦ってたんだけど罠に掛かって散り散りになってしもうたんや」
その話の内容に耐え切れず徒人は視線を彷徨わせる。店の奥から出てきたアニエスがこっちを窺い聞き耳を立てていた。
「それが仲間を見た最後だったんですか?」
「違うよ。最後に見たのは遺体を見た時やし。だから大した事ないから。それより聞きたい事があるやない? うちで答えられる事なら答えるで」
終は枝豆らしき豆の皮を向きながら中身の豆を口に放り込んで頬張っている。
「あの時、本物の北の魔王が出てきたら俺たちは死んでたのか?」
「そうやと思うよ。北の魔王が本気出したら誰も勝てないと言われてるし。多分、徒人の嫁さん居ても結果は同じやと思うわ」
終の答えに凍りつく。祝詞は酔っていて判断力が低下してるのか話に加わってこない。トワが居ても勝てないのか。
「もう1つ聞くがファウストとどっちが強いんだ?」
シルヴェストルの言葉を思い出しながら問う。
「ファウストは向こうに仕事をさせなきゃなんとか勝てるレベルやと思うよ」
終は妙に引っかかる言い方をする。
「仕事をさせなきゃね」
終を椅子持ってこっちに近付いて来て呟いた。
「それより気がついてる?」
顔を近づけてくる。息が掛かる距離。残念ながらかなり酒臭い。愛の告白とか言う展開だろうか。トワと仲違いしているがもしそうなら終の事を受け入れるのだろうかと勝手に妄想して話を進める。
「さっきから北の魔王の気配がする」
その一言に凍り付いた。勿論、妄想は消滅させる。徒人には分からない。スキルを使ってみるがそれでも北の魔王の気配などしない。
聞き耳を立てている筈のアニエスは店員からコップに水を人数分もらい、それをトレイに乗せて徒人たちのテーブルに戻ってくる。
「マジで奴なのか?」
徒人は信じられなくて聞き返す。確かに棺の間で戦うよりも気が抜けて酔っ払っている隙に襲い掛かる方が余程理に適っていた。
「分からへんけどここで暴れるのは嬉しくないな。それに本物ならこのサラキアの街自体が残らへんと思うわ」
「はい。どうぞ」
アニエスは起きている全員に水の入ったコップとポケットから取り出した紙に包まれた薬を渡していく。終もそれを受け取って紙を開いて粉薬を飲んで水で流し込む。その瞳はお前も飲めと言わんがばかりに訴えている。
仕方ないので徒人もアニエスから粉薬とコップを受け取る。そして折りたたんである紙を開いて粉薬を口の中に押し込む。味覚で地獄を体感できるとしたらまさにこの薬の味こそが地獄と例えて間違いなかった。慌てて水を口の中に流し込んだ。まだ舌の上に地獄が残っている。
「どこで襲ってきますかね」
アニエスが和樹に粉薬を飲ませているが反応は鈍い。彼方は寝たまま起きないし、祝詞と十塚は無理やり粉薬を飲まされてようやく正気を取り戻したみたいだった。
こんな状態でマトモに戦えるのか。
アニエスの顔は真っ青だった。正直、絶望としか形容できない。




