第119話 魔骨宮殿再び
夕食後、居間での意見交換で魔骨宮殿への探索を提案した所あっさりと通ってしまった。特に終が我が意を得たりと言わんばかりに捲し立てて祝詞が嫌な顔をしていたのでお流れになるかと思えばアニエスが出した1枚の紙切れで状況が一変した。
それの紙切れは棺に横たわる女性の絵と文字が書かれていた。内容は魔骨宮殿の上層部にて北の魔王の眠る棺の間に到達し、棺の中身を確認されたし。と言うものだった。
破格の報酬だったので祝詞が飛びついたのを見ると何の為に説得していたのか馬鹿馬鹿しくなる。
理由は死神の暗躍に北の魔王が関わってる可能性があるとビビってる元老院の議員が出したらしい。ただ、アニエスの説明だとそれは南の魔王軍に弱みを握られた議員で実際にこの依頼を出したのは五星角だと裏で教えてくれた。
この依頼の本当の目的は残ったもう1つの真実の鏡を使って北の魔王を映す事。
そして次の日。兵舎のロビーの受付で魔骨宮殿へ侵入の許可を貰ってその足で魔骨宮殿へとやってきていた。
薄気味悪いホラー映画に出てきそうな血のような赤と骨を思わせる白で形成された外装で作られた巨大な建造物が見えた。相変わらず、気味が悪い印象しか抱かせない。そして西から黒い雲が近付いており、雨が降りそうな天気なのが最悪だ。
上空にはヘルワイバーンが飛び回っている。
徒人は魔法を使って隠蔽などを行ってから魔骨宮殿の入り口へ向かって歩き出す。
「取り敢えず、魔骨宮殿の中に入ってしまいましょう。それにしても何度見ても薄気味悪い建物ね。センスが悪いとか言うレベルじゃない。どっか頭がおかしいとしか思えない」
修行から帰ってきてからずっと陰陽師のままの祝詞が西の空を見て嫌そうに促す。一度入った事のある人間なら魔骨宮殿には出来うる限り立ち入りたいと思わないだろう。こんな所にいて喜ぶのはサイコパスな殺人鬼くらいだろうと思う。
徒人たちは指示通りに急いで魔骨宮殿の中に入った。相変わらず、ホラー映画に出て来るような気持ち悪い雰囲気を纏ったロビーが出迎えてくれる。ホラー映画を見てストレスを解消してスッキリする奴は居てもホラー映画の世界に入りたい奴は居ない。
十塚が先頭に立ち、罠を警戒しながら肋骨で出てきた手すりや筋肉みたいな模様の踏面を踏みしめながら上に続く階段を確かめている。
「なあ、我が弟子よ。北の魔王とはどんな奴なんだ? 前に北の魔王は神すらも凌ぐ美貌を誇っているが人体に興味がある変態だと言ってたけど具体的な話はないよな?」
あれから賢者に転職して蘇生魔法を覚えた和樹の問いにアニエスは表情を曇らせた。
サキュバスの件から察するにアニエスは一度だけ北の魔王と対面したような事を言っていたがストレートに言う訳にもいかないだろう。
「うちは一度だけ遠目に見た事があるよ。西の魔王軍と睨み合ってる所に現れて絶体絶命の大ピンチだったからあんまりはっきり覚えてへんけどな」
終は嫌そうに呟いた。
「それでどんな感じだったんですか?」
徒人は黙っているつもりだったのに口は喋っていた。
「なんや、徒人ちゃん、興味あるのか。男としての興味ならやめとき。あれは魔族の中でも異質やから」
「そういう意味で言った訳では……ただ、稀人ならいずれ戦う事もあるのかと思っただけですよ」
さすがに自分に呪いを掛けたかもしれない相手だからとは言えない。
「正論やね。話を戻すけど大抵魔族でも人に近い方は感じええし、耳以外そんなに身体的な差異もないけどあれはヤバイ。見た瞬間に背筋が凍り付いたわ。うちが思うにあれは魔族と言う種の中にあって全然違う存在に見えた。人間で例えるなら人の皮を被った化け物と言った感じやな。魔族にも愛も希望もあるけどあいつにはそれがない。それにうちが聞いた話やと……あいつは人間を滅ぼすのではなくこの世界まるごと滅ぼすつもりだったとか聞いてる」
終の言葉に徒人は押し黙る。本当にRPGの魔王みたいな事を考えてるとは思わなかった。横目でアニエスを見る。彼女は終の話を肯定してるように見えた。
「うわぁ、テンプレ魔王だね。他の魔王はどうなの?」
十塚の少し後ろを歩く彼方が問う。
「テンプレ魔王とは違うけどね。物語の魔王は支配を望むけど世界ごとふっ飛ばしたらそれはただの狂人だ」
先頭を歩いていた十塚が立ち止まってツッコミを入れる。確かに言わんとする事は間違ってない。世界をふっ飛ばしたら自分も消える羽目になるのだから狂人呼ばわりされるのは当然か。
十塚は再び歩き出した。彼女は2階部分に移動している。徒人たちもそれに続いて階段から2階の回廊へと移動する。十塚が後ろを確認してから奥にある階段へと向かって回廊を歩き始める。全員でそれに続く。
「西の魔王は獅子の獣王で純粋に強い奴と戦いたいとか帝國が気に入らないとかそんな理由だったと思うわ。南の魔王は先代が魔族が暮らしてる南の大陸に攻め込まれた時の報復と逆侵攻だった筈。今代はそれを引き継いでるけどあんまり積極的ではないな。噂によると帝國に大陸の南側の支配権を認めさせたいらしいけどな」
それを聞きながらアニエスが任務に関して積極的ではない事の理由に納得する。体のいい所で侵攻を切り上げたいのか。
「残った東の魔王はどうなんだ? 似たような奴なのか?」
「東の魔王は機械らしくて一度も帝國侵攻に動いた事はないらしい。ただし、東の魔王の領地に入った者は二度と戻らなかったと言われてるんやけどな」
和樹の質問に終が答えた。
「個性豊かなんだな」
徒人は皮肉混じりの感想を述べる。
「あ、そうや。この間来てた嫁さんは元気なんか?」
終の何気ないふりに徒人は顔の筋肉が引きつるのを感じた。アニエスの言葉を教訓にして活かそうとしたが無理だった。
「嫁じゃないです」
「なんや? 人妻で不倫とかか? 魔族にしては人の良さそうな感じだったのに……徒人ちゃん! 女を泣かせたらアカンで」
「そういうのじゃないですから」
なんとかどもったりとちったりせずに答えたが徒人の心がズキズキする。ダメージがヤバイ。
視線をずらそうとすると祝詞が微妙な雰囲気を醸し出して徒人を見ていた。面倒くさい。誰か助けて下さい。
「あーごめんな。喧嘩したんか。今度酒でも奢るからさ許してぇな」
「朝帰りしないなら」
「徒人ちゃんはいけずやな」
終なりに励ましてるのか単に酒を飲みたいだけなのか、徒人には判別がつかない。
「そう言えば我が弟子よ。真実の鏡を使って北の魔王が起きて襲ってきたらどうするんだ?」
「その時は逃げた方がええな。うちらじゃ勝ち目がないわ」
アニエスが答えようとした瞬間、終が答えてしまった。
「そうですね。逃走するしかないので北の魔王が眠ると言う棺の間では慎重に行動すべきかと」
アニエスが続きを告げようとした瞬間に黙った。
「お客さんか」
十塚も敵の存在を指摘した。




