第116話 死神の報告
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死神勇者はローマの街並みを1人で歩いていた。
その街並みを抜けて街の外れで巨大な岩の出っ張りを押す。それに反応して岩陰から一部がシャッターみたいにせり上がった壁から現れた蛇腹式扉のエレベーターが現れる。それに乗り込んだ。自分で扉を閉めて下へ降りるスイッチを押す。
暫くエレベーターは降下し続けた後、低い振動と共に目的地へと到着する。
死神勇者は薄暗き地の底に出来た空間へと降り立った。目の前には円卓と他の5人の勇者たちが集まっていた。全員いつもと同じように自分の席に座り、フードと仮面で顔を隠し声を変えている。
「遅いぞ」
「お前たちほど楽ではないのだよ」
死神勇者は1時の人物を睨みつけながら自分の席に座る。
「俺たちが遊んでいると?」
「違うのか? 牡羊座の勇者よ」
1時の、牡羊座の勇者の言葉に死神勇者は呆れている。昔から口だけの奴だった。実行力があるだけ彼らの方がマシに思える。
「確かに貴公は遊んでいるな。山羊座の勇者は行動しているのに口先だけで遊び呆けている」
「トロい貴様が言うか! 牡牛座!」
牡牛座の勇者の言葉に牡羊座の勇者が席から立ち上がった。本当に行動が学生のノリで困る。殴り合いの喧嘩でも始めるつもりなのか。
「止めぬか。我々が合間を縫ってここを訪れたのは貴公らのお遊戯に付き合う為ではない」
11時の人物の言葉に2人が押し黙る。そんなありさままで学生みたいなので呆れ返る。
「山羊座の勇者よ、報告を頼む」
11時の人物が口を開く。死神勇者が口を開こうとしたら横槍が入った。
「水瓶座! お前が仕切るな!」
「貴公に仕切れるのか? 牡羊座? 学級会ではないのだ。少し黙っていて貰おうか」
「と言うか、貴様に仕切られると話が脱線する。黙っていてもらおう」
6時、乙女座の勇者が口を開く。その言葉に牡羊座の勇者は口元を震わせている。仮面越しでも分かるのだから相当怒りを感じているのだろう。
「牡羊座、始めていいか?」
死神勇者が聞くと聞いていないのか牡羊座の勇者は沈黙している。
「死神、頼むわ」
12時の人物が催促する。少々苛立ちながらも死神勇者は息を整え話し始めた。
「神蛇徒人は恐らく魔族の支援を受けているものと思われます。その者は今代の南の魔王だと断定します」
「どうして分かる?」
「白咲パーティに潜り込んだ際にやってきたのが南の魔王と思しき人物で彼女と仲睦まじく恋人のようでした。あと能力に関して戦闘時における戦闘能力と判断力も優れており、並の魔族ではないと判断します」
死神勇者は水瓶座の勇者の問いに根拠を上げて説明する。
「南の魔王か。確か五星角に時を操る者が居たか。そこから分析すると稀人召喚が時間移動だと断定できる情報がある我々から見れば現世から召喚までのタイムラグを使って黒鷺城にでも招き寄せて洗脳したか懐柔したか……」
12時の人物はブツブツと自分の憶測を誰も聞いても居ないのに語り出す。
「そう言えば、死神勇者は今の南の魔王を見た事がなかったのか」
牡牛座の勇者がコミデと呼ばれる端末を取り出し、画像を立体で映し出してある人物だけを拡大して見せた。
戦場に立つスノーホワイトで腰まで届く髪に瞳は鴇色で雪のような白い肌。耳はエルフ耳みたいに尖っている。その身には刺繍入りの黒い祭服らしき整った身なりをしていた女性が部下たちと話していた。顔こそ写りが悪いが間違いない。
「間違いない。小生がジュノーであったのはこの女だ。名をトワ・ノールオセアンと名乗っていた」
「そう言えば、山羊座の勇者はあの時、西の魔王を抑える為に行動して居たから南の魔王討伐時には居なかったんだったか」
乙女座の勇者、目を細めて思い出したように言った。
「ああ。で今の魔王の名前と照会できるのか?」
「いや。彼女は言霊でも恐れているのか、情報漏えい対策なのか、戦場では自分の名前を秘匿し、部下の名前を隠して二つ名などで呼んでいるからはっきりとは分からん。まるで陰陽師である盟主殿のご職業だな」
乙女座の勇者の言葉に水瓶座の勇者が睨みつけた。それを察しして乙女座の勇者は黙り込む。牡羊座の勇者が密かに笑い声を上げていたが死神勇者は無視する。
「神蛇徒人には自我があったか?」
「……魚座か。女の勘だが神蛇徒人には洗脳されてる様子などなかった。彼はねだられたとは言え、自分の意志で今代の南の魔王に膝枕をしてるような状態だったからな」
魚座の勇者の問いに死神勇者は見たまんまを伝える。
「妬いてるの? 魔王如きに?」
「かもな。魔王とて女だ。なら好みの男に優しくしてもらえば喜びもするさ。だからこそ洗脳などしない」
死神勇者は自分の女としての経験を踏まえて言った。
「そこら辺は我らには分からん。山羊座の勇者のカンを信じよう。あと神蛇徒人の能力は分かったか?」
「恐らく蘇生に関するユニークスキルだ。死ぬレベルのダメージを負っても即時再生してる」
瞼を閉じてグリーンドラゴンとの戦いを反芻し思い出しながら語る。神蛇徒人当人ですら気付いていなかったが確かに彼は一瞬死んでいた。数えきれない修羅場を潜ってきた者だけが感知できるほんの僅かな差だが。
「根拠は?」
「グリーンドラゴンのブレスを食らった時に対する反応だ。一瞬、生命の波動が途切れた」
水瓶座の勇者の要求に死神勇者は正確に答えた。
牡羊座と牡牛座と魚座が微妙な雰囲気を醸し出している。
「岳屋弥勒を倒したのはそれでか。あいつ、ワンパターンだったからな。困るとすぐ必勝パターンに頼るからダサい男だった。格ゲーとかなら間違いなく下手くそだろうなとは思ってた」
乙女座の勇者が辛辣な言葉を吐く。別に岳屋弥勒の事はどうでもいいがお前たちが言えた事なのかとも思わなくもない。
「幾らお前が相性が良い相手とは言え、無駄に戦闘をするなよ。負ける事はあり得ないが神蛇徒人と交戦して万が一の事があってはならない」
「彼らは?」
死神勇者は自分の援護をしている者たちについて聞いた。
「お前の援護を買って出ている。予定通りに」
「心得ている。何とか彼を懐柔を試みよう。どんなに美しい愛でも現実には勝てないものだ」
死神勇者は自分で言って胸の痛みを感じる。そうどんな愛でも死ぬ時は死ぬのだから。
「寝るのか? 貴女には無理だよね?」
牡牛座の勇者が誂うように笑う。
「ガキの発想だな。信頼関係を気付かなければならないのだぞ。ビジネスで言うなら引抜工作だ。そんな相手と寝てどうする。一時の関係ではなくこれからずっと同盟者として関係を保たなければならない。そういう状況で恋人とかないよ。愛は憎しみと表裏一体なのだから」
死神勇者は諭すように言った。意図が理解できずに牡牛座の勇者は変な笑い声を漏らしている。
「懐柔できなかった時はどうする?」
水瓶座の勇者が質問する。
「その時は小生が葬り去ろう。何、手は考えてある。愛するが故に人は死地に向かわねばならぬこともあるのだから。愛を逆手に取れば神蛇徒人のスキルも無敵ではない」
「山羊座の勇者よ、任せていいのだな?」
水瓶座が念を押してくる。
「勿論、しくじりなどない。それよりも懐柔できる事を祈ってほしいものだ」
死神勇者は皮肉を呟く。水瓶座の勇者は最年長であるせいか何も言い返さなかった。
「全ては我らの星を我らの手に取り戻す為に」
『全ては我らの星を我らの手に取り戻す為に』
11時の言葉に他の全員の言葉がハモる。他の勇者たちの行動を見届けることなくこの場を去った。




