第115話 見え隠れする影
帰る前にアニエスの顔だけ見て帰ってなんて言い訳をするかを考えないといけないのだが今の徒人には思い付かない
医務室に幾つかあるベッドの1つではアニエスが横になっている。薄目を開けて入ってきた徒人を見ていた。
ベッドの脇にはフィロメナが立っている。
「悩んでいる顔ですね。言い訳まで考えさせないで下さいね」
メイド服から寝巻きに着替えさせられたアニエスが呟く。
「そんな事はしない。怪我した事実だけを和樹に伝えておく」
「ありがとうございます」
アニエスが素直に礼を言う。弱気になってるのか珍しい気がする。
「それは、爆弾はアニエスが北の魔王について話したらそうなるように出来てたのか?」
「恐らくは……もし、自分の考えている通りなら魔骨宮殿の上層部に眠っている北の魔王の体が本物なのかを調べなくてはならない」
瞼を閉じたままのアニエスは思いを馳せているように見えた。
「解決したと思えばこれか」
徒人は眩暈を感じる。終がやたらと魔骨宮殿の上層階に拘っていたのを思い出す。何が彼女を駆り立てていたのだろうと疑問に思う。
「難題続きの所に割って入って申し訳ないけど徒人殿はトラウマでEDにはなってないわね。分かり難いけど呪いが掛かってる」
唐突にフィロメナがそう告げる。
「その呪いを掛けた人物がサキュバスを操っていた人物なら相当強力だな。話の流れから治らないとか言う話なのか?」
「いえ、貴方が強くなったことで呪いが掛かっている事が分かるようになりました。魔王クラスと戦えるくらいになれば呪いも打ち破れるかもしれません」
打開策を提示されたがその条件に徒人は肩を竦めた。手段があるだけマシか。
「そう言えば、サキュバスから俺に呪いが掛かったとしてトワ……あの人は大丈夫なのか?」
「腐ってもポンコツでも純粋な魔族で魔王ですから。それに魔王には魔王の呪いは効かないと言う例外があった筈」
アニエスが疑問に答えた。ずっと目は閉じたままで何かを考えている。
「そう言えば魔族と悪魔の姉妹なんて本当は成立するのか?」
ここが地球だと考えれば遺伝子操作で作られた可能性のある魔族はともかく悪魔なんか作れるのかと考えなくもない。
「基本的にないですね。生物的にメリットがないと思います」
アニエスがサラリとえげつない回答をする。
「そうですね。言えてます。手前から見ればサキュバスは孤児詐欺だと思っておりました。孤児詐欺とは長寿である魔族にはよくある詐欺で戦争が起きた時に義理の兄弟姉妹装う詐欺の事です。手前どもの主様は、いえ、トワ様は心の優しいお方ですからサキュバスの事を割り切れなかったのだと思っています。あの人は一人っ子で1人になるのが大嫌いだったから」
フィロメナは昔を懐かしむように視線を虚空へと漂わせる。
「ところで徒人殿、貴方はトワ様と本当に添い遂げるつもりですか?」
「サキュバスの件か?」
徒人はそう聞き返した。正直、今はショックでそれを考えるどころではない。
「違います。現実的な話です。魔族と人は余りに寿命が違い過ぎます。人が魔術の力を駆使しても数百年生きられるかどうか。それに対して魔族は約2千年生きられます。貴方は愛する人に自分だけ老いていく姿を見せられますかと言う話です。ちなみに自分は勧めません。トワ様は愛する人に先立たれて正気を保てるような強い人とは思えませんので」
それを聞いて徒人は黙り込む。
「過保護ね。もう667歳の女なんだからそれくらい分かってるでしょう。分かってなきゃ知らない。第一、子供じゃないんだし、甘やかしてどうするの? それはご、徒人殿の責任ではない。魔王様が負うべき責任では?」
アニエスが呆れを隠せない様子でフィロメナに問う。指摘されたフィロメナは黙り込んでいる。
「それだけ憎まれ口を叩けたら平気だな」
「そりゃそうですよ。たかが20年も生きてない人間にそんな事を背負わせるなんて……ダサい。徒人殿は気にしなくていいですよ。どう思ってようと自分の荷物を背負えない人の業を全部背負う必要なんてない」
アニエスは心底怒っていた。だが傷口に障ったのか表情が歪んでいた。
「それもそうですね。徒人殿、申し訳ありません。トワ様が手前どもが思うよりも強ければ良いのですが」
フィロメナはため息を吐いた。考えなければならない事だが今は考える事が多すぎて心の整理がつかない。
取り敢えず徒人は目の前にある事から片付ける事にした。
「トワはどこに居る? 自室か?」
「恐らく寝室にいらっしゃるかと。ただこういう時のトワ様は誰にも会わないと思います」
フィロメナが難しい表情をする。
「ありがとう。別に会ったりしないよ。今はこっちも考えたいし、これを置いてくるだけだ」
トワの錫杖を見せた。
「分かりました。ではまた」
医務室を出た徒人はトワの部屋に寄って錫杖をドア横に立てて黒鷺城を後にした。




