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第114話 既に愛した人はここに居なかった

 徒人は地面に崩れ落ちるアニエスを寸前の所で受け止めた。出来るだけ動かさないようにして爆発した箇所を調べる。抉れて見える内臓と焼け焦げた服と血が飛び散っていた。恐らく破片も幾つか体内に突き刺さっているだろう。


「今治すから待ってろ。清浄なる光の下僕たる神蛇徒人が命じる。傷付き倒れたこの者に安寧たる光の祝福を! 《ヒール!》」


 取り敢えず出血を止めようとするが徒人の魔力では上手くいかない。傷が深すぎる。

 気配がして徒人は顔を上げる。トワが執事とメイドたちを連れて立っていた。彼女は呪詛を紡ぐように何かを呟いている。

 最悪の事態かもしれない。待機している筈のシルヴェルストとカイロスはどこに何をしているのか。

 虚ろな瞳で錫杖を構えてトワが襲い掛かってくる。アニエスを治療している最中の徒人は避けられない。ここで回復魔法を中断したらアニエスが確実に死ぬ。蘇生魔法があるからと言って死なせる事は出来ない。あんなおぞましい物を見た後なら尚更。

 徒人は魔法の発動中で声も出せない為、トワの目を見つめ続ける。彼女の目に若干の揺らぎが生じた。


「トワ! 徒人じゃない! フレイアを見て!」


 フィロメナの血を吐くような叫びでトワの動きが止まった。錫杖は徒人の寸前の所で止まった。そして油のキレたロボットのような鈍い動きで首を動かしてサキュバスを見た。当然だが相当ショックを受けているように見えた。


「魂が! 魂がここにない!」


 錫杖を捨てて走って駆け寄ろうとするトワ。


「触るな! 誰か止めろ」


 徒人が叫んだが執事たちでは間に合わない。

 トワがサキュバスに触れようとした瞬間、トワの位置が走り出す前の位置に下がり、後ろからシルヴェルストに肩を捕まれて動きを封じられた。

 恐らくカイロスとシルヴェルストの仕業だろう。


「閣下! お止め下さい! フレイア様には強力な呪いが掛かっております。触れるのは危険です。お下がりを」


「どうして魂まで殺し尽くしたんですか!」


 完全に濡れ衣だが反論する気は起きない。平気だからではない。トワの態度にショックを受けているからだ。


「すまぬ、婚約者殿。フィロメナに説明してたら手間取って来るのが遅くなった」


 そしてカイロスは徒人とサキュバスの中間点に現れた。


「婚約者殿、代わりましょう。貴方の回復魔法では荷が重い筈」


 近寄ってきたフィロメナが申し出る。


「頼む」


 徒人は回復魔法を使ったまま止血だけに留める。


「深遠なる闇の下僕たるフィロメナが命じる。天が与えし定めですらも理の外に置く。この場で傷付き倒れたこの者に安息たる闇の祝福を与え、全ての傷を癒やし給え! 《エクストラ・ヒール!》」


 フィロメナが上級回復魔法を使うと生命力の光が集まってきて今まで真っ青だったアニエスの顔色が見る見るうちに血の気を取り戻し傷口が塞がっていき、破片も塞がっていく皮膚に傷をつける事なくゆっくりと体外に排出される。気を失っていたアニエスが意識を取り戻した。 


「どうして! どうしてお前たちは許可したの! よりによって徒人にやらせるなんて!」


 まだ錯乱しているシルヴェルストの腕の中でトワが叫ぶ。徒人はその姿を正視できないで顔を伏せる。


「いい加減、落ち着いたらどうなの。みっともないわよ、魔王トワ。本来は貴女が決断すべき事だった」


 先程まで死に掛けていたとは思えないほど落ち着いた声で叱責する。

 虫の音や鳥の羽ばたきすら聞こえない長い静寂の後、トワが口を開いた。


「ごめんなさい。徒人。取り乱して。徒人の能力で出来る訳ないのに」


 その一言で我に返ったトワが頭を下げるが徒人は視線を合わせただけで何も言わなかった。気の利いた事を言える余裕はなかった。


「大丈夫です。シルヴェルスト、離しなさい」


 その言葉にシルヴェルストは押さえ込んでいた手を離す。ごめんなさいと一言だけ言ってトワは居た堪れなくなってこの場から走って離れて行ってしまう。追いかけるべきなのか徒人には分からなかった。


「許してあげて下さい。魔王になっても根っこは繊細な人なんです」


 フィロメナが徒人を見る。徒人はその言葉にも心を動かされなかった。どうやらトワの一言が酷く堪えたらしい。痛みが鈍化して分からない。追いかけられなかった代わりに徒人はトワの錫杖を拾い上げる。


「あのーもう少しちゃんと治してくれませんか? まだ痛いんですけど」


「あとは手前が治すから大人しくしてなさい」


 フィロメナが更に回復魔法を使いつつ、徒人を見た。


「何か?」


「……婚約者殿には後でお話しましょう」


 アニエスの痛みを魔法でやわらげながらフィロメナは言った。

 治療が終わったのか執事たちが持ってきた担架に乗せられてアニエスは運ばれていた。


「婚約者殿、剣は浄化しておきました」


 カイロスがサキュバスから引き抜いた魔剣を差し出す。特殊な水で洗ったのか血と泥は付いていない。

「お待ちなさい。ちゃんと魔法で浄化してから渡しなさい。幾ら魔剣とは言え、人間の徒人殿がそのまま使うのは危険です。それは新月の夜に明かりもなしに歩くようなもの」


 受け取ろうとした徒人をフィロメナが止める。


「太陽に使えし陽光の精霊よ。そなたに請い願う。我が目の前に存在する物に掛りし過剰な怨念を取り除き給え! 《ターンカース!》」


 フィロメナは地面に両膝をついて両手の指を絡ませて祈る姿勢を取り、魔法を唱えだす。蒼い炎が魔剣を包み、悲鳴を上げるかのように黒い塊が消えていく。


「すまぬ。完全に浄化したと思っておった」


「そなたたちになら触れてもダメージがなくとも徒人殿は違うのだ。人のみであらせられるのだから」


 徒人はカイロスから魔剣を受け取って鞘に収めた。


「なんか微妙な敬語な気がするのですが……」


「少しでも笑っていただけたら幸いかと」


 フィロメナのそんな返しに徒人はため息を吐いた。

 結果的にサキュバスとの決着はつけたものの彼女は何者かに操られていた。その上、トワとの関係には亀裂が入った。修復すべきなのかそれすら分からない。徒人は心の隙間に吹く風を感じていた。


【神蛇徒人は剣騎士の職業熟練度(クラスレベル)は210になりました。魔法騎士の職業熟練度(クラスレベル)は320になりました。[[対悪魔特攻1]は2にレベルアップしました】

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