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第113話 サキュバスの真実

 だがサキュバスの部屋とされているが彼女の声は聞こえてこない上に反応も返ってこない。それを確認してからアニエスが振り返った。覚悟はいいかと言っているかの如く。

 徒人は見えないだろうけど首を縦に振った。それと同時にアニエスがドアノブに手をかける。


「では入らせていただきますよ」


 中を確かめるようにアニエスは部屋の中へと入っていく。そして徒人が部屋の中に入ったのを確認しながらドアを閉めた。

 一見見た目は普通の城にあるようなシンプルで美しい部屋の一角に思える。しかし、入った途端にホラー映画に出て来るような空気と部屋の中にある家具に対する違和感。どこがどうおかしいと答えられないうす気味の悪さ。女性の生活していた名残りはあるが化粧台に机。そこらの辺りには微かに埃が積もっている。そして、ベッドには誰かが寝ているのか掛け布団に膨らみが1つ。

 罠か死体じゃないだろうなと徒人は考える。

 アニエスはベッドの方へと寄っていくので彼女の姿が邪魔にならないでサキュバスを鏡に映し出せる位置に回りこむ。アニエスが右手を上げる。合図だ。布団を剥ぎとった。

 烏のような濡れた黒髪に凹凸のはっきりした肢体。妖艶だが顔は見えない。

 徒人はマントを脱いで寝ているサキュバスと思しき人物を真実の鏡で映し出す。真実の鏡が自らの意思を持ったかのようにガタガタと振動し始める。横から鏡を覗いてみると満月を連想させる黄色の鏡面が震え、その色が血を思わせる赤へと染まっていく。聞いていた最悪のパターンが現実の物となりつつあった。


「ご主人、捨てろ!」


 アニエスの叫びに徒人は真実の鏡を窓に向かって投げ捨て慌てて伏せる。若干遅かったのか真実の鏡が窓を通過する前に爆発して破片を4方に撒き散らす。


「だいじょ……」


 徒人は大丈夫かと聞こうとしてベッドから起き上がった人物を見て魔剣を躊躇いなく鞘から抜き放つ。

 正常な状態であれば、フレイアいやサキュバスはトワすら凌ぐ美貌と肢体の持ち主だっただろう。だがベッドから起き上がった女は目に生気がないとか言うレベルではなく瞳があるべき場所には虚ろな空洞しかなかった。そしてそれは涙の代わりに醜悪な汚泥を垂れ流している。ヘドロ臭が鼻につく。両手で鼻を抑えたくなる。これに比べたらゾンビやスケルトンの方がマシに思える。


「アニエス、無事か?」


 徒人は躊躇いなく魔剣を抜いた。本能が訴え続けている。こいつはヤバイと。


「目をやられました。自分よりサキュバスを倒して下さい。予想以上に最悪の展開です」


 アニエスは右手で目を抑えたまま斜め上にジャンプ。壁を蹴って後ろに下がる。


「どういう状態なんだよ」


 奇声を上げて襲い掛かってくるサキュバスに向かって魔剣を振る。だが彼女の伸びた両手の爪が魔剣を防いでいた。力いっぱい押し込んでいるのにも関わらず押しきれない。これが本来、人間と魔族の差か。徒人は舌打ちする。


「悪魔が他者に操られるなんて尋常な事態ではありません。魔王クラスの実力がなければ……そんな事は不可能です」


 いつも常に冷静だったアニエスが悲鳴のように叫ぶ。ここに来るまで妙にしゃべると思えば彼女はこの事態をどこかで想定していて恐怖していたのか。

 徒人は全力でサキュバスの腹部に蹴りを入れる。想定していなかったのかサキュバスはベッドの向こう側へと飛ばされる。蹴った拍子に泥がズボンに零れ落ちて煙を上げる。


「ぐわっ!」


 徒人が魔剣を構え直しながら痛みに声を上げる。酸のように服が溶けていた。魔剣でズボンの一部を切り落として被害が広がるのを防いた。アニエスが気持ちの問題として渡していた護符の1つがポケットの中で燃えて消滅した事が分かった。火傷はない。

 だがちょっと触れただけでも高度な呪いに寄って侵食されるのは確かだ。手加減している場合ではない。


「大丈夫ですか。奴の体液を浴びないで」


「早く言えよ!」


 徒人は叫ぶ。自分はサキュバスと言われている形の何かを恐れている。何をされたのかは分からないがその恐怖に打ち勝たなければ先がない。

 そんな事を思った瞬間、サキュバスがベッドに下を潜って現れ、徒人の足を掴む。次の瞬間、物凄い力で壁に叩きつけられて壁をぶち破って部屋の外へ出てしまった。


「くっ! クソ! 本当にホラー映画の怪人じゃないか! 全然嬉しくないぞ」


 3階の廊下を転がりながら徒人は苛立つ。こいつに何をされたのか考えたくない。今はこいつを殺す事だけを考える。今、ここで殺さなければ黒鷺城は半壊するだろう。殺らなきゃ殺られる。

 全身の痛みを堪えて魔剣を構え直す。サキュバスは目からだけではなく口から泥を吹き出しながら壁に空いた穴をゾンビみたいにゆっくりと現れる。人間の耳には聞き取りづらい奇声を上げた。


「ご主人、目を見るな!」


 徒人は咄嗟に腕で視界を遮る。チャームの呪縛だったのだろう。無心のペンダントを身に着けているにも関わらず一瞬心を奪われそうになる事に恐怖した。元が良くても既に化け物にしか見えない外見なのに。

 廊下を回ってきたアニエスがサキュバスにとび蹴りを加える。手加減なしの本気で蹴りはサキュバスの身体を廊下の壁を突き破って、中庭へと叩き落とす。

 徒人は開いた穴から躊躇なく飛び降りて地面で動けなくなっているサキュバスの胸に魔剣を深く突き立てた。にも関わらず、サキュバスは標本に釘で縫い止められた昆虫のような状態でまだ動いている。


「これが上級悪魔の生命力」


 徒人はサキュバスから距離をとって予備の短剣を抜く。サキュバスは胸に魔剣を突き刺したまま起き上がった。今まで心臓と貫かれて生きていた者は居たがその誰もが苦痛に喘ぎ、瀕死だった。

 だがサキュバスは生きる屍のように何も感じた様子はない。ただ目の前の獲物を狩る事しか本能にないようだった。クソ。首を刎ね落とすか。しかしそれだと泥を被る事になる。得体のしれない呪いの塊みたいな泥を浴びて無事でいられる保証はない。


「浄化!」


 飛来した5つの護符がサキュバスを取り囲んで破邪の五芒星を作り出す。その檻に閉じ込められたサキュバスは苦悶の叫びを上げて跪いて天を仰いだまま動きを停止し、その肌は汚れが茶色に変化した。


「切り札があるなら先に使えよ」


 3階から飛び降りてきたアニエスに愚痴る。


「これを使ったら蘇生させられる可能性が減りますから……最後の切り札だったんですよ」


 それを聞いて徒人は押し黙る。先程までトワに嫌われるかどうかを秤にかけていた徒人に文句を言う権利はない。


「すまん」


「気にしないで下さい。大失態でした。こんな結果になるとは……ご主人様には犯人についての目星の事を話しておくべきでした。


 その言葉の真意を問い質そうとした瞬間、サキュバスの体が動いた。まるでシェイカーの中に放り込まれているかの如く激しく振動し始める。そして天を仰いだままのサキュバスの口から暗黒を連想させる霧が吹き上がり空へと吸い込まれていく。その霧は世界中から悪意を集めたかのようにどす黒かった。


「これは一体。この怖気を抱かせる感覚は……」


 徒人は一刻も早くそれが終わるのを願っていた。どうしてこんなに恐れるのかを理解できずに。

 アニエスが自分で自分の体を抱きしめながら震えていた。


「アニエスには分かるのか?」


「北の魔王の気配」


 その答えに徒人は言葉を失う。トワの説明によるとこの世界から消えたと言ってたのに。


「北の魔王は居なくなったんじゃないのか?」


 徒人は混乱のあまり声を上げていた。


「そうなんですが……この嫌な感覚はあいつしか居ません。気配を間違える訳がな──」


 唐突にアニエスの道具袋が爆発した。


「アニエス!」


 徒人は意識を失って崩れ落ちるアニエスに駆け寄っていた。

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