第108話 死と言う手の慰撫 後編
振り下ろされた一撃は軽々とグリーンドラゴンの頭蓋骨を粉砕し、緑色の液体を撒き散らしながら不樹の海の地面へと轟音と振動と共に崩れ落ちる。終はトドメと言わんがばかりに首を跳ね飛ばす。まだ残っていた漆黒の絨毯の上に血が零れ落ちて辺りを緑に染め返す。
終はノートゥングを地面に突き刺して右腕を押さえる。
徒人は呆気にとられて動けなかった。今の今まで苦戦していたグリーンドラゴンがあっさり倒れたのだから。
確かに強力な一撃に見えたがグリーンドラゴンを屠るだけの一撃には見えなかった。何か特殊なスキルがあったのだろうか。
「深遠なる闇の下僕たるトワ・ノールオセアンが命じる。この場で傷付き倒れたこの者たちに安息たる闇の祝福を与えその傷を癒やし給え! 《エリア・ヒール!》」
生き残っていた全員にトワの回復魔法が掛かった。見る見るうちに生き残っていた者の傷が塞がっていく。
「ごめん。動けなかった」
ようやく我に返った徒人はトワの目の前で謝ってから彼方を助けに向かう。視界の端で更に詠唱を続けるトワが首を横に振る。彼女の折れた指はさっきの回復魔法で治っていた。
ふらつきながら彼方の隣まで行って膝を付いて手と肩を貸す。
「大丈夫か?」
「身体よりも攻撃が通らなかった事が悲しいよ。対人特化しすぎたかな。クソ。この雪、冷たいな。冬堂さんを蹴りたくなってきた」
徒人の肩を借りて立ち上がった彼方は恨み節を言い始める。思ったよりも元気そうなのが幸いか。
回復魔法で傷は回復したが精神的に負った負担と疲労はすぐには治りそうにはない。
徒人が立ち上がる。
「神蛇さん、肩を借りるよ」
彼方は徒人の肩に手を回してゆっくりと歩き始めたのでつられて歩き出す。
「この場に倒れ、迷えし魂たちよ、天が与えし定めですらも理の外に置く。深遠なる闇の下僕たるトワ・ノールオセアンが命じる。彼の者たちに現世に帰還する力を与え、全ての傷を癒やし給え! 《エクストラ・リザレクション!》」
不樹の海を温かい光が包み、倒れていた和樹、十塚、カルナが息を吹き返す。起き上がった3人は状況を確かめるように自分の体と周りを確認している。
徒人はトワの近くまで戻ってくる。彼女は彼方の姿を見て頬を膨らましていた。面白くはないのだろう。
「当方、神蛇さんに思う所なんかないよ。肩を貸してくれるなら奥さんでもいいけど立っ端足りてないじゃない」
彼方がかなり鬱陶しそうに反論する。
トワは複雑そうな表情、喜ぶ、怒る。そんな表情七変化だった。徒人に興味がないという部分で半分喜んで半分怒る。奥さんで喜ぶ。立っ端の部分は頭身に繋がるから怒ってるのか。魔族の美の基準に関わるから遠回しにブスだと言ってるようなものだしな。
「彼方、魔族の美の基準が頭身の高さに比例するんだ。だから……」
「……分かった。その話はしない」
察してくれたのか、彼方はトワを見ながら言った。
「上から目線が気に入らないんですが」
トワがわなわなと震えている。
「なら台にでも乗るか身長伸ばしてきて。私だって好きでのっぽさんやってる訳じゃない。むしろ、小柄で若くて可愛く見える貴女が羨ましいのに何故ムカつかれなくてはいけない?」
彼方は心底うんざりしてるように見えた。疲れてるんだからどうでもいい&剣技じゃない所で己が通じなかったから今それどころじゃないんだと言いたげだった。
「徒人、聞きましたか? 小柄はあれですが若くて可愛いなんて」
シルヴェストルを交えて3人で話した時と同じ事を言っている。普段なら続けて聞いていても良いのだがそれどころじゃないので止めなければ。
「トワ、気持ちは分かるから。今はみんなを」
徒人の言葉にトワは我に返って3人の方へと走って行った。
「奥さん、結構単純だね」
「その奥さんはやめてくれない」
徒人の反論を彼方はニタニタと笑っていた。改めるつもりはないらしい。
「やっぱり俺リーダーに向いてないよ。詠唱しないといけないから口はフリーじゃないといけない。だから俺には無理だ。祝詞! 帰ってきてくれ!」
和樹が頭を抱えて叫んだ。言いたい事は分かる。リーダーなんぞやりたくはない。そういう事を考えるとトワは立派なのかもしれない。
「妻に逃げられたオッサンの愚痴だ」
十塚はシレッとそんな事を呟きながら狼の獣人男性の方へと歩いて行って小さな袋を受け取っている。
「失礼な事を言うな! 俺はオッサンじゃない! 第一、祝詞は好みじゃない!」
その一言にその場に居た全員が笑っていた。
「ところで報酬は大丈夫なの? 妾がこんなに酷い目に遭ったんだから追加料金欲しいぞえ。貴方たちと彼らからね」
カルナがそんな事を言い出す。
「我々にはそれ以上は出せませんよ」
狼の獣人男性が青ざめた顔で呟く。首を吊りそうにも見える。
「ちゃんとカーさんに預けてたから無事だよ」
「カーさん?」
徒人が問う。一体誰の事だ?
「彼の事。名前覚えられなかったからカーさん」
十塚は狼の獣人男性を顎をしゃくる。
こっちへ戻ってきた十塚が受け取っていた袋の中身を見せる。確かにパワーストーンと言うかブレスレットは無事だ。よく見るとやっぱり高そうに見える。
「アニエスからはいくら貰ったんですか?」
トワがカルナに近付く。
「金貨で250枚。成功報酬で250枚」
トワが考える人みたいなポースを取って考えこんだ後、十塚の方を見た。
「そのブレスレットの相場は幾らですか?」
「えーと一番安いので金貨200枚で高いので金貨1200枚くらいかな」
トワの質問に十塚が答え、安いのと高いのを指で示す。それを近寄ってきた和樹の袋を覗いて肯定するように頷く。
「なるほど。これが一番高い品ですか? ではこの一番高いのをわたしが金貨2000枚で買い取れば報酬に充てられるでしょう」
白いハンカチでブレスレットを直接触らないようにして見ているトワが提案する。
「妾はそれで文句ないけど良いの?」
カルナは報酬面の話では満足したらしいがトワが何故そんな行動を取るのかを不思議に思っているらしい。
「アニエスの粗相ならわたしがフォローするのが妥当だと思ったからです。でもジュノーに戻ってからでいいですか?」
その一言にカルナは黙り込んだ。
「会社勤めしてた時の会社の上司思い出すわ」
ノートゥングを左手だけで持って地面に引きずりながら終が戻ってきた。右腕の調子が良くないみたいだ。
「治しましょうか?」
「別にええよ。これは古傷やし。それに……別に何でもないからええわ」
終は何かを言い淀んで言うのを止めた。
「真実の泉へ行って目的を果たさないと」
和樹が思い出した様に言う。
「泉へ行って精霊の雫を取って真実の鏡を作らないといけませんね」
トワがそう呟いた。
「あ、あとそのグリーンドラゴンから取れる物は取っておかないと。それも金になるし」
カルナがそう言った。その言葉に全員が呆れている。
トワが徒人の側に立ってそっと囁いた。
「徒人、あの女パラディンに気を許さないで」
その瞳には虚ろな闇がわだかまっていた。
【神蛇徒人は剣騎士の職業熟練度は211になりました。魔法騎士の職業熟練度は302になりました。[ドラゴンスレイヤー]の称号を獲得。[ドラゴンスレイヤー]の称号の効果で[ブレス耐性3]を習得しました。神蛇徒人は[対龍特攻1]を習得しました】




