第11話 密談
Sideです
徒人たちが初の実戦を行ったその日の深夜、執政官ユリウスの部屋を訪れた影が3つ。1人はアスタルテでいつもと同じように魔術師の姿でもう1人は年は12、13歳ほどの西の大陸で流行っている緑のドレスを着た少女だった。その金髪は蜂蜜のような光沢を放ち、碧色の瞳は人形のように大きいがその表情は不機嫌そうにしている。
そして最後の1人は他の2人とは違い、低い身なりなのか顔を隠すようにフードを被り、マントで全身を隠していた。辛うじて判別できるのは体格から男性のようだと言う事だけだ。
「小官は早く家に帰りたいのですがお兄様」
アスタルテは皮肉を込めていた。
「随分、嫌われたものだ。第一、アスタルテ。君の方が年上なんだが」
「つまらない会話はそこまでにして頂戴。そこの三十路過ぎ魔術師でも夜中は辛いのにこのうら若き乙女であるノクスには耐えられないわ」
ユリウスの言葉を遮ってノクスと名乗った少女は来客用に置かれたソファーに断りもなく座る。当然だがアスタルテは不愉快に感じたのか眉を歪ませていた。男は無反応で、この部屋の主であるユリウスは苦笑いを浮かべている。
勿論、男性上位であるこのラティウム帝國では相続権がある女子など珍しい。それはこの少女の気骨によるところもあった。
「この部屋で良いのは異世界人が教えてくれた椅子がある事だけね。それよりこのノクスがここに来る事になった話を始めてくれるかしら」
ソファーを主のように大胆に座りながらあくびをかみ殺す。
「仕方ないね。この時間に身が空いていたのは事実だが、では前皇帝の妹君にご説明しますか」
ユリウスは机からソファーの方へ移動してノクスの正面にあったソファーへと座った。アスタルテはユリウスの後ろで佇んでいる。フードの男はドアの近くの壁に寄りかかって動こうともしない。
「それでどこから聞きたいのかい?」
「掻い摘まんでお願いするわ。名前と違ってノクスは夜には弱いの」
ノクスは眠そうに目をこする。こういう所だけは年端のいかない少女ではあった。だが前皇帝の妹と言うメンツが彼女を現実世界に引き戻す。
「稀人たちの話なら今回は趣向を変えてみたが今のところは順調だよ。報告によると今日の時点で2人中級職へ転職を果たしたようだからね。勿論、黄道十二宮の勇者の伝承ほどではないがね」
「そんなホラ話どうでもいいです。今度こそこの大陸から魔族を追い出せる勇者は居そうなのですか?」
はぐらかすかのようなユリウスの言葉にノクスはストレートに本題へと切り込む。
「勇者と言うのは判明するのは死んだ時か覚醒時のみですから今のところ判別が付きませんからね」
「なんかパッと分かる方法ないの? 一度殺すとか判別出来ないのですか」
他人事みたいに言い放つユリウスにノクスは声を荒げる。
「わざと殺すのはお勧めしませんよ。彼ら稀人は我々よりも強い力を持っているのです。そんな連中に叛意を植え付けるのは得策ではないでしょう。お前は生き返れるからちょっと死んでみてくれなどと言われて死ねる人間は居ません」
ユリウスは淡々と否定していく。
「確かにそうですけど、今回の召喚も含めて結構な経費が掛かっているんじゃないんですか? 幾ら我がラティウム帝國の財力と言えど遊んでいる訳には──」
「だからこそチーム毎の評価に分けたり色々と試しているのですよ。特に今回はこのアスタルテの髪の毛を媒介にし、彼女に近い精神を持つ者を人為的に呼び寄せたりしてね」
その一言にノクスは忌々しそうに舌打ちする。ユリウスの失政を指摘しようとしたのだろうが逆に言い込められてしまったのが面白くないのだろう。
話題に出されたアスタルテはローズレッドの髪を右手で弄びながら壁にもたれ掛かる男を監視していた。
「そう言えば、三ヶ月前にクラス召喚とか言うのはどうなったのですかしら?」
ノクスは思い出したように言う。
「あ、元老院の連中が行った召喚ですか。全滅しましたよ。学徒の身分でありながら礼儀も知らない猿どもでしたからちょっとスパイを入れてかき回したら同士討ちで果てました。あそこまで協調性のない連中だったとは思いませんでしたが……つまらない能力の良し悪しでヒエラルキーを作らないと己を保てない脆弱な精神では戦いには生き残れないので丁度良かったと言えるのかもしれません」
ユリウスはあっさりと言い放った。
「執政官殿、このノクスが子供とは言え、その言動がどういう意味を持っているのかをよく存じています。分かって発言しているのですよね?」
「勿論ですよ。おや、ノクス様はこのユリウスが如何なる理由でそれを発言したか分からない訳ではありますまい」
からかうような言葉に少女は黙り込む。
「ま、良いでしょう。私も元老院の連中が吠え面かくのは望む展開ではあります。その一言は聞かなかった事に致します。それで今回の連中は召喚契約に応じた者だけなのだろうが余り連中の仲が良すぎても困るのではないか?」
「ノクス様が懸念されるような事ではありませんし、ご心配には及びませんよ。既に手は打っております。そのうちの一手がチーム毎の評価とチーム毎の報酬なのですから」
アスタルテは唇を微かに歪めてその話を聞いている。
「分かりました。ではそろそろこのノクスは帰宅致しましょう。変な噂が立ってユリウス殿にご迷惑を掛けるのも忍びないですので」
ノクスはソファーから立ち上がって息を吐く。
「それはご厚意に感謝致します」
ユリウスは思っても居ない言葉をスラスラと読み上げるように言った。
少女は黙って執政官室から出て行った。ドアの外には護衛が待機しており、彼女が出たのを確認して衛兵がドアを閉めた。
「よろしいのですか? あんな話をしても」
「侮るつもりはないが彼女には何も出来ないさ」
アスタルテの疑問にユリウスは口の端をつり上げて笑みを作る。
「いえ、稀人たちの話です。同じ事をされては厄介かと」
魔術師は言葉を付け加えて補足する。
「その点は大丈夫だよ。彼らは今までの連中と違って自滅はしない。それに愛情を掛けてやれば犬だってなつく。……君もそう思うだろう?」
ユリウスは壁に寄りかかる男に向けて言ったが彼は歯を強く噛みしめただけで何も言わずに部屋から出て行った。アスタルテはそのやり取りをただ黙ってみていた。
「それにどうせならお互い気持ちよく相手を使い使われるべきだろう。世の中とはそうあるべきだ。使う側は使われる側に必要以上の不快感を与えるべきではないよ」
ユリウスは虚空を見つめながら誰ともなく呟いた。




