第106話 緑の龍
大体4時間半近く経ってから交渉役だった狼の獣人男性が迎えに現れた。和樹の指示したとおりに動くつもりなのだろう。
徒人は起き上がって身体を伸ばす。
それしてもよく寝た。気分爽快とはこの事だ。
そして今になって気が付いた。この4時間半の間に1回も自分が起きて見張りに付いた覚えがないことに。だがパーティメンバーは怒ってすら居ない。呆れられたのか。
「徒人ちゃん、嫁さんに感謝するんやな。起こさんように見張りしてくれはったんやから」
目の前を通り過ぎたニヤニヤしながら終が茶化す。
「嫁と呼ばれてしまいました」
隣に戻ってきたトワは顔を真っ赤にしながら地味にニタニタしている。その顔は紅潮し、視線は前を向いているが焦点は合ってない。
「ありがとう。お陰で頭はスッキリしてる」
「徒人には言っておきますが……龍と戦うとは思っていなかったのでブレス系への耐性を高める魔法を覚えていないのです。だから口の真正面には立たないで下さい」
トワがサラリと恐ろしい事を言った。
「それは言った方がいいんじゃないか」
「一応、徒人が寝てる間にパーティメンバーに多少の防御魔法は掛けたんですがあくまでブレスによる異常効果を防ぐだけですので過剰な期待はしない方がいいかも。ブレスの件は言っておきました。そう簡単にはいかないでしょうけど」
トワの言葉を聞いて徒人は不安に陥る。
死と再生の転輪のお陰で徒人は死なない上に蘇生する場所を選択できる。だがトワや仲間を置いていくのでは話にならない。攻撃力という点では徒人は大きく劣る。緑の龍に勝てるんだろうかと。火力がショボくて勝てませんでしたじゃ笑えない。和樹は氷で炎の魔法に関して生活上で火を起こすくらいしか出来ないのに。当人もそれを見こうしてファイアーロッドを借りてきたみたいだが本人の資質の差で炎魔法の火力が全然違う。
この間、覚えたブラッド・クレセントの上位技は覚えたがドラゴンを一撃で倒せるような火力ではない。
「火力足りるんだろうか」
徒人は独り言を呟く。
「大丈夫やって。いざって時はうちがなんとかするから大船に乗った気持ちで居て欲しいわ。大剣使いだし」
終が自分の胸を叩いた。正直に言えば余計に不安だ。
「モンスターバウンドじゃないんですからメタな発言しないで下さい」
終は笑っているだけだった。
「大丈夫やって。これでも一度ドラゴンと戦った事あるし」
そして和樹や十塚の方へと移動して行った。
「グリーンドラゴンはどんなブレスを吐いてくるんだ?」
和樹は終に小声で聞いているが恐らく狼の獣人男性に聞こえているだろう。
「確か、花粉のブレスやね。ブレス自体も強力だからマズイんやけど一番マズイのは状態異常を押し付けてくることだと思う。あとは結構威力がキツイから巻き込まれそうなら素直に逃げてた方がええと思うで」
徒人はトワを見る。視線があった彼女は終の発言を頷いて肯定した。
「なるほど、準備出来たみたいだから不樹の海へと向かうか」
和樹の言葉に徒人は魔剣を抜いて剣魔法が掛かっているか確認する。フレイム・コクーンは掛かったままだった。使わないとしばらくは維持できるようだ。
先程と同じ隊列で徒人たちは狼の獣人男性の案内を受けて中継地点から不樹の海へ移動を開始した。
目的地に辿り着いた徒人たちは木や岩などの遮蔽物に隠れながら不樹の海の方を見た。
不樹の海と呼ばれる場所は木の生えてない場所と言う予想と違い、植物は生えていた。その場所に生えた植物は全て奇妙で食虫植物のように自分で動いているように見える。大きさは人を食べられるようなサイズではないので襲ってこないのなら無視しても出来るかもしれない。
だが本当に問題だったのは完全に異物で不樹の海に溶け込みきれない巨体を誇るドラゴンだった。
その全身を硬いウロコに守られ、長い尻尾に4本足で立ち、体中にコケが生えていた。その巨躯は小さな要塞と称していいだろう。
「後ろには回り込めないみたいだ」
十塚が周囲を確認しながらぼやく。
予感が悪い方向へといってしまった。
「泉はこの奥ですがここを通らないと泉にはいけない。つまり、奴を倒さないと先に進めない訳だ」
案内役だった狼の獣人男性が呟いた。
「あんたはもういい。危険の及ばない所に隠れててくれ」
和樹の指示に狼の獣人男性はゆっくりと隠れていた岩から離れようとする。その時、小枝を踏んだのか小さな音がした。
それに反応したのかグリーンドラゴンが地響きを起こしながらこちらに向かってきた。
「見つかった物は仕方ないか。ブレスだけは散開で頼む」
和樹は無茶を言う。ブレスに狙われてそもそも避けられるのか。
その言葉に答えて終、彼方と岩陰から出てグリーンドラゴンと対峙した。
徒人は十塚にトワとカルナの護衛を任せて横か後ろに回り込める位置を探す。




