第103話 鎮守の森
徒人たちが転移陣を抜けて転送された場所は針葉樹林が覆い茂る森の入口で周囲には朽ち果てた鳥居の残骸らしき物が所々に横たわっている。鎮守の森とはこういう意味の皮肉で付けられた名称だったのかとは思わなくもない。
まだ日が落ちきっていないのに鎮守の森の中は薄暗く不気味な空気を漂わせている。祝詞の実家の神社裏にあった鎮守の森もこれに近い空気だった。いや人の怨念が漂ってたからあっちの方が酷いか。
そんな事を考えながら転移陣から出て入り口へと動き出す先頭の終たちを追う。
「祝詞が居なくて良かったかも」
徒人は倒れた倒れ風化して崩れ落ちた石の鳥居を見ながら呟いた。
「そうかな。当方はこういうの好きだよ。破滅の美学で桜が散る瞬間みたいで美しい」
彼方の感慨のこもった言葉に和樹と終が微妙な顔をする。
「桜の花が落ちてくる瞬間は何とも言えない美しさがありますよね。魂を取られるみたいに」
「トワさん、魔族なのに分かるのか。いや、魔族だから分かるのって桜を見た事があるの?」
「以前に一度だけ」
トワと彼方が妙な所で意気投合してる。カルナは桜について和樹に聞いていた。十塚は共感できないのかだんまりを決め込んでいる。
「魂なんか吸い取られたら終わりやんか」
終は吐き捨てるように呟く。だがトワと彼方は聞いてないのか聞いていないふりをしたのか反応しなかった。
「景色への感想は後回しでここで野営する訳じゃないのなら進みましょう」
カルナの言葉にトワは一旦バックパックを下ろしてその中から地図らしき紙を取り出す。
再び、バックパックを背負った後、それを広げると鎮守の森らしき地図が現れた。意外な事に縦にも広がっており、下手したらサラキアの地下水道よりも縦に広いかもしれない。
「魔法の地図ですがあんまり奥に行くとドラゴンやこの鎮守の森に住まう獣人に襲われますからここの中間地点で野営しましょう。リーダーさん、よろしいですか?」
トワが魔法の地図で中間地点を指差す。
「ここに詳しい人が言うならそれでいいか」
トワの確認に和樹は納得して同意する。そして《ライティング》の魔法を唱えてロッドの先端に明かりを生み出す。十塚も《忍手!》と使い、徒人たちが黒い霧に包まれて突入準備を整える。
彼方と終が徒人を期待するような眼差して見ている。
はいはい。剣魔法掛けたら良いんですよね。お嬢様方とか皮肉でも言ってやろうかと思ったがかえって喜ばせるだけな気がして止めておいた。
「トワ、ここは炎が弱点の魔物と言うか、敵が出て来るのか?」
「襲撃者は炎が弱点の相手が多いですね。襲撃者とは襲ってくる連中の事でわたしたち魔族はそう呼んでます」
分かった。ありがとうとトワに礼を言って徒人はまず彼方の長船兼光、終のノートゥングと順に炎の剣魔法を掛ける。
「《フレイム・コクーン!》 《フレイム・コクーン!》 《フレイム・コクーン!》」
終はノートゥングをワームポットから引き抜いて確認している。彼方は抜かずに鞘を触って確認していた。
「じゃあ、終さん、十塚さん、先頭を頼むよ。徒人は後ろの護衛を頼む」
その言葉に終と十塚は先頭に、徒人はトワと彼方と和樹とカルナを挟むように最後尾につく。その隊列で鎮守の森へと歩き出した。まだ夕方にすらなっていないのにかなり暗い。
「ところでドラゴンはそんなにヤバイのか?」
鎮守の森に入ったので徒人は小声で聞く。上を見ると日差しはあるのだが葉が生い茂ってるせいで森の中に光が殆ど入ってこない。
「昔に戦ったのは硬くて難儀したんよ。うちも今ほど強くもなかったし。ブレスがさ、面倒なんよ。ここのドラゴンは変なブレスを吐かなきゃ良いんやけど」
「ブレス? 口から吐いてくる息だよな? 炎が真っ先に出て来るけど」
「徒人、それは普通のドラゴンですね。他に氷に雷とか色々ありますが一番危険なのは腐食性の息です。装備を溶かしたり、生物を溶かしたりしてきますから。《ボイス・ウォール!》」
説明しながらトワが魔法を使った。徒人たちの前後左右上下に白い壁が出来てすぐに消えた。
「防音? 大声で喋って大丈夫?」
後ろを振り向いた彼方にトワは頷いて応えた。
「さすがに大声は無理ですが普通に喋るくらいなら問題はありませんよ。もう一つついでに。《ガード・アロー!》」
トワが魔法を唱えると徒人たちに風の衣みたいな物が巻き付いて消えた。この魔法の用途は何となく分かった。当然、対飛び道具対策の魔法だろう。
「続きを話しても良さそうやね。うちが戦ったのは流砂の洞窟で現れたアースドラゴン。サンドブレスで目を潰しにかかるわ、巨体で押し潰そうとするわ、大変やったわ」
終が続きを話し始める。
「それでどうなったんだ?」
徒人は相づちを打つつもりで聞いてみた。
「その時はパーティメンバーのお陰で何とか勝ったんやけど戦闘で負った負傷のせいで探索中止。それで目的の獲物を他のパーティに取られて大失敗やったわ」
「そんなに強いのか。面倒だな」
和樹がボヤく。徒人は聞きながら周囲を見渡すが道は所々で鳥居や倒れた木に塞がれていた。
「トワさん、この倒れた所を通り抜けた方が早いんじゃないか」
「地図によると普通に正規の道を行った方が早そうなんです」
トワは魔法の地図を見せる。目的地の泉らしき地点に行くには確かに複雑に絡みついた細道を通って行くよりは大きな道を上へ上へ登って行った方が効率が良さそうに見えた。
トワの言葉に和樹は考え込む。
「じゃあ、地図を読むのは任せます。駄目だったら代わって下さい」
後ろを振り向いた和樹がそう言った。
トワははいとだけ言ってナビゲートに専念する。迷ったりしないだろうなと徒人は不安だった。




