第101話 魔王様、仕事する
船の群れと紺碧の海が目の前に広がる船着き場にて乗船場で案の定と言うか、やっぱりと言うか引っかかった。一応、リーダーだった和樹が帝國の衛兵のリーダーに呼び止められる。
「監視役の方がいらっしゃいませんがどうしたのでしょうか?」
和樹が答えようとした時にトワがフードを脱いで前に出た。
「それに関してはこれを」
トワは書状のように折りたたまれた紙を衛兵に差し出す。受け取った衛兵のリーダーは中身を見て驚く。
「これは申し訳ありません。元老院関連のご使命だとは思いも致しませんでした。非礼をお詫びいたします。ちなみに内容は──」
衛兵リーダーはだらけきっていた背筋を伸ばし、敬礼する。
「知らない方がいいと思います。わたし共も詳しい事は伝えられてないので。あと敬礼は止めて下さい。極秘なので」
トワは係員に近付いて耳打ちするように淡々と喋る。関わらない方が貴方の為よと言わんがばかりに。徒人の方を見て楽しそうに微笑む。
「申し訳ありません。皆様、ご乗船下さい」
衛兵たちは丁寧に頭を下げて促す。
『徒人、ちょっと嫉妬してる。嬉しいな。妬いてくれてる徒人は初めて見た』
トワが心の中に直接話し掛けてくる。
『べ、別に妬いてなんか居ないし』
徒人は和樹のアタとに続いて船に乗り込む。顔から火が出そうなのでせめてトワからだけは隠す。どうせ見抜かれてるだろうけど。
『ふっふふふ、知ってるよ。ツンデレと言うんでしょう? 徒人も素直じゃないな。それにこの状態でわたしには嘘は吐けない。魔王からは逃れられないのだ』
トワは子供っぽい声で追求してくる。指輪の効果はいつ切れるのだろうか。一日10分くらいだった筈だが──
『はいはい』
後ろから船に乗ってきたトワに徒人は手を貸して甲板に引き上げる。それが嬉しかったのか、トワはニコニコしていた。
『指輪の効果はわたしが近くにいる場合は時間制限はないので大丈夫ですよ』
トワが心の中でそう付け加える。余計なツッコミを入れそうになったので必死で堪える。
「まるで夫婦ね」
最後尾からやってきた終が感嘆の言葉を述べる。
「本当に目の毒だよ。悔しいから現地につくまでふて寝してやろうかな」
アニエスがこの場に居ないのが堪えているのかリーダーをやらされてるのが不満なのか和樹はやってられないみたいな雰囲気を出している。
「そう言えば、治療しないとアカンな。和樹ちゃん、船室に入ったら足見せて。治すわ」
そんな事を言いつつ、終は右手で船内に行く事を促す。甲板に立っていたら邪魔なので船内に入って船員に案内された通りに大きめの船室へと入っていく。ちょっとカビ臭いがするのが笑えない。
「取り敢えず、向こうの大陸に着くまでの我慢ですね」
トワは冒険者用のバックパックを船室の隅に置いて椅子を端にまで移動させてそこに座る。
徒人も椅子を持って移動し、トワの隣に置く。そして座って入口の方に視線を向けた。
「和樹ちゃんはこっち」
終は椅子を持ってきて和樹をそこに座らせた。靴を脱がせて足の甲を触診している。確かに赤く腫れているように見えた。思い切り踏むなよとも思わなくもない。
「加減してやれよ」
隣でトワが笑っていた。指摘された十塚は苦い顔をして椅子に腰を下ろす。最後に入ってきた彼方は変だなと首を傾げている。そう言えば、彼方はレベルが急激に上がったせいで力の加減が出来なかったのか。
「痛い?」
「動かせないほどではない。祝詞の言うとおりに賢者になろうかな。つまらない傷くらいは治したい」
終は大事はないと判断して回復魔法をの詠唱に入る。
「蘇生魔法は?」
話題を変えたいのか、彼方が問う。和樹は微妙な表情で黙っていた。確か蘇生魔法は覚えるのは簡単だが技量によって蘇生率が大きく変わって蘇生させられなかった時に術者のダメージが大きいとかだったか。
「《ヒーリング!》」
終が回復魔法を使う。和樹の足の甲の腫れは引いていった。徒人よりも回復するのが上手いかもしれない。
「蘇生魔法は回復魔法と違って成果が分かりにくいから上達が難しいんですよ。ちょっと死んで下さいなんて言って誰かを殺して練習する訳にはいかないですから。それに術者が対象に思い入れている分だけ蘇生し易いと言われている通りに対象に対してある程度の感情や執着を持っていないと蘇生させられる確率が下がっていってしまいます。道端でぽっくり死んでる人を蘇生しようとしてもなかなか蘇生しないのはそういう理由です」
トワが頬をほんのりと赤く染めて徒人を見る。死んでも大丈夫。絶対に蘇生してみせますから。そんな風にも受け取れる。だがそもそも蘇生しなきゃならない事態に陥りたくないんですけど。
「ほーと言う事は冬堂さんは早速賢者になる勉強を勉強してるのか。凄いな。当方、勉強大嫌いだよ」
ドア付近に立っていた彼方は感心した様子でトワと和樹を見る。
「勉強ですか。わたしも座学はあんまり得意じゃないんですけどね。必死で覚えただけで」
トワが何かを思い出すようにしているがその周りの空気が重くなっていく。フォローを入れなければならないと言うか、本人は勿論の事、終と十塚が徒人に期待しているような視線を送る。原因たる彼方はお願いしますと言わんばかりに丸投げ態勢だった。
その時、ドアが勢い良く開いた。全員ビックリして肩で息をする人物を見た。ウェスタの巫女であるカルナだ。
「ちょっと妾を置いて行かないでたもれ。普通は待つのが道理ではないのか? 急に監視を押し付けておいてこの仕打ちはあんまりではないか」
船員に荷物を持たせてるのにカルナの顔は真っ青だった。ここまで来る時に自分で持って走ってきたのだろうから仕方ないのだろうが。
「徒人、この人は誰ですか?」
突然の乱入者であるカルナに対してトワが口にした一言で徒人は絶句する。しかし、説明しないと話が進みそうもないのに気を取り直す。
「ウェスタの巫女のカルナさんです」
「アニエスの奴、ちゃんと手回ししてたのですね。忘れてました。てっきり先に乗船していると思っていたので」
トワはポンと手を叩いてそんな事も言ってたかなと言う表情をしていた。
「やあ、徒人。アニエスの連絡が遅いから手間取ったよ。つーか、妾を迎えに来る約束だったのに酷いぞえ」
徒人と呼び捨てにしたのが気に入らないのかトワが徒人を穴が開きそうな視線で見つめている。同時に両手で左手二の腕を捕まれ、爪が皮膚に食い込んでいた。
「アニエスが迎えに来る予定だったんですか?」
「そうそう。荷物を持ってもらおうと思ったのに……とんだ誤算だった」
カルナは気付いてないのか気付いてても気付かないふりをしているのか愚痴り始めた。
「ほぅ、修羅場か? 楽しそうやね」
トワの変化に気付いていた終が他人事のように言う。誰か助けてとパーティメンバーを見るが誰も反応しない。誰かフォローしてくれ。




