第98話 五星角の苦悩
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黒鷺城の謁見の間に五星角であるシルヴェストルが人を待っていた。
招集したシルヴェルストは本来この城の主が座るべき所に座っている同僚を見てため息を吐く。
「フィロメナ。問題は貴公がそこで何をしているかと言う話だ。閣下はどこへ行った?」
「その件に関して手前は弁明をする事は禁じられている。主の命を破ることは許されていない。それは新月の夜の闇のように覆い隠さねばならぬ」
フィロメナは玉座に座りながら舞台役者の口弁を垂れている。
「つまりは言えないのだな。閣下のお戯れにも困った物だ」
つまり、魔王はこの場に来れず、自分の用事を優先していると言う事になる。シルヴェルストはその事実に額にシワを作る。
竜人にしては若い方なのに気苦労ばかり増えると不満を覚えなくもない。
「お待たせしてすまない」
シルヴェルストは金属音の足音に後ろを振り返る。
足音の主であるリビングメイルのクシシュチャール、影人間のカイロスがこちらへと歩いてきた。
「拙者たちは集合時刻には遅れていません。シルヴェルスト、貴殿が早過ぎるのです」
クシシュチャールは悪びれた様子はない。それを見てシルヴェルストの眉間の皺がより深くなる。時間前に来るのは当たり前の事だ。それも給料の内だろうに──
「チャール、お前は何を訳の分からないことで騒いでる。予定時刻前に揃うのは当たり前の事だ。シルヴェルスト、閣下がこの場に居られぬのは別の準備に取り掛かっておられるからだと聞いているぞ。そなたは聞いていないのか」
カイロスが事実だけを指摘する。だが指摘する点がズレている。シルヴェルストが腹を立てているのはフィロメナが玉座に座っている事だ。あいつが居れば皮肉の1つでも言って玉座から引きずり下ろしてくれるのだろうがこの場に居ない者を頼っても仕方がない。
「彼奴以外は揃ったようだな」
シルヴェルストは指摘を聞かなかった事としてやり過ごす。カイロスはその場の全員に分かるように肩を竦めるような仕草をしてみせた。同時に謁見の間全体に防音結界が張られる。カイロスの仕事である。
彼は仕事に関してだけは抜かりのない男だと評価はできた。
「我の力を使えば声くらいは届けられるが」
「彼奴には任務がある。人間の中に潜り込んでいる者に迷惑は掛けられぬ」
今度の問いに関してシルヴェルストは無視しなかった。仕事の件で答えないのは流儀に反したからだ。
「お前と彼女は仲が悪いのかと思ったぞ」
「忠誠のあり方が違うだけで嫌ったりなどしない」
カイロスの問いに興味は持てないがシルヴェルストはただの事実のみを語る。
「二人共ご苦労な事です」
クシシュチャールが皮肉を述べる。彼奴よりもこいつの不忠の方がシルヴェルストは不快に感じた。だがそんな事を口論している場合ではない。
「全員がこの場に集ったのでわしらは本題に入るべきだ」
「徒人殿の事か? 2カ月前は素人と思えん奮戦ぶりだがそれが気に入らないのか?」
カイロスがまたもズレた指摘をする。わしが徒人殿に不快な感情を抱いていると思い込んでるらしい。彼は被害者であり、フレイア様に対してわしらと同じ側であると認識していないのが嘆かわしい。
「まさか。わしが問題視してるのはフレイア様と奴の事と西の魔王軍の事だ」
シルヴェルストは腕組みする。
「西の魔王軍? 統制の取れない部隊などラティウム帝國の相手は辛かろう。無駄死でもするつもりか?」
「奴に関しては尻尾が掴めたのか?」
「御方はついに藪に手を突っ込む気になられたのか」
3人が3人共それぞれ好き勝手に喋り出す。
「貴公らは堪え性がないのか。順を追って説明するから同時に好き勝手に喋るな。まずはフレイア様の件に関しては真実の鏡を徒人殿に取りに行ってもらう」
「妥当な判断と言えるな。我らが行く訳にも行かぬしな」
カイロスが仕方なかろうと言わんばかりに呟く。
「あれを作りに行くとなると東の大陸まで行かねばなりませんからね。この大陸を離れるにしても手前どもの居住地である南の大陸ならまだしも五星角が東の大陸まで出かけるのは大事になってしまいますから」
フィロメナが普段よりもおっとりとした口調で語る。玉座に座っているから閣下の真似でもしているのだろうか。
「次は奴に関しては調査中だが彼奴が何を掴めるかもしれないと言ってきた」
「彼女ならしくじりや虚偽はないでしょう。我が軍の中で誰よりも隠密行動に長ける者で五星角の1人なのですから」
「相変わらず律儀な奴だな」
フィロメナとクシシュチャールが反応する。クシシュチャールの態度に怒りを感じるが金で動く奴に文句を言っても無駄だろう。
「最後に西の魔王軍の件だが動き出すとか言う報告が来ている。今からどんな手を使うつもりかは分からないが煙突からの煙の量が増えていると報告があった」
「こっちにチョッカイを出してきたら拙者の騎馬隊で踏み潰してやるだけの事」
クシシュチャールが親指を下に向けて叩き潰してやるとアピールしている。
「我々か帝國か……どちらにせよ。攻め入るだけの戦力を回復したのだろうか。だとしたら面倒だな。勇者たちに経験値を積ませるのは徒人殿にも我らにも不利に働く。それを知らぬ訳ではあるまいに」
カイロスが忌々しそうに呟く。こんなに饒舌な奴を彼奴は何を勘違いして無口などと言っているのかシルヴェルストには理解が出来ない。
「ところで話を最初に戻すがお前はどうしてそこに座っている? 閣下は、魔王様はどうした?」
シルヴェルストは本来この黒鷺城の主が座るべき場所に座っているフィロメナに問う。
「魔王様が忙しいから代わりに座っているのですよ。先程も言ったとおり、理由を聞かないで頂けると幸いなのですが」
フィロメナからは要領を得ない言葉が返ってくるだけだった。あとで閣下に直接聞くしかあるまい。
「詰めの話をするからよく聞いてくれ」
シルヴェルストがそういうと他の3人は不満気な反応を返す。
全くやる気があるのだろうかとシルヴェルストは嘆かわしくなった。




