第四話 土曜の戦い 前編
また長くなりそうなので、分割します。
あんまり、眠れなかった。今日は土曜、時計は11時を指している。
大きく伸びをして、いそいそと着替える。黒いトレーニングウェアに着替え、リビングへ降りると、おにぎりの横に、手紙(?)が添えてあった。
『今日は町内会の人達と旅行ヘ行くので、帰りが遅くなります。お父さんも出張なので、お金を置いて行くので適当に食べておいて下さい 母』
手紙の下には、今日一日分のご飯代であろう五千円札が置いてあった。
余談だが、お袋は月に一度こうやって旅行ヘ行くのだ。そういう時は、毎回お金を置いてくれるのだが、あまりお金を遣う事がない俺の財布には、結構な額が入っている。
預金しないのかって?今時銀行だって潰れる世の中だよ!?だから俺の部屋の押し入れには、ヘソクリがある。ケチではないけど、堅実派ではあるかな!
無駄話しが終わったところで、おにぎりも食べ終えた。顔を洗い、歯を磨いた俺は、少し早いが、小学校ヘ向かった。
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「こんちはー」
「お、お疲れー・・・」
職員室ヘ入ると、赤凪先生がいたのだが、心なしか・・・やつれてる?
「だ、大丈夫ですか・・・?」
「誰かさんが手伝ってくれないから、休みなのに早朝出勤だわ・・・」
す、スゲェ・・・全身から負のオーラが出てる!!ってか、昨日の事を根に持ってるし・・・。
「コ、コーヒーでも入れましょうかっ?」
「お願い♪」
負のオーラに圧倒された俺は、逃げるように給湯室ヘ向かった。
「お待たせしました〜」
「お、ありがとう〜♪」
ようやく機嫌が直った先生は、笑顔でカップを受け取る。昨日見た書類の山は、ほぼ片付いたようで、先生の机の上には数枚のプリントが乗っているだけだった。
「そうそう、涼くんはもう脚の方は大丈夫なんだよね?」
「えぇ、昔みたい・・・まではいかないですけど、今じゃ普通に走れますよ」
「なら、久しぶりにサッカーしない?私も家に篭ってばっかりだから、最近体が鈍ってるのよね〜」
「・・・・・・いいですよ」
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久しぶりだな、ボールを蹴るなんて・・・。サッカーをやめて一年と半年。久しぶりに触ったボールの感触が、なんだかとても懐かしい・・・。
「涼く〜ん」
「なんですか?」
グラウンドには、先生と俺の二人しかいない。20メートルくらい離れて、ボールを蹴りながら先生と会話をする。
「正式に、ここのサッカーのコーチとしてバイトしな〜い?」
「・・・は?」
「言ってなかったんだけど〜、部員も増えたし、正式にコーチとしてバイトしないかって校長先生からお話があったのょ〜!!」
確かに、この三ヶ月で部員は増えたし、おかげで練習試合をする事も出来るようになったが、あまりに話が急過ぎる。
「・・・考えときます〜っと!」
力強く蹴ったボールは、放物線を描きながら先生の頭上を越え、ゴールネットを揺らす・・・。脚に違和感はない。
「久しぶりにおもいっきりボールを蹴った気分はどう?」
「やっぱり、楽しいです!」
フフッと先生は笑い、ボールを渡してくれた後、疲れたと言って職員室ヘと戻っていった。
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しばらくボールを蹴っていると、ぽつぽつとちび達が集まって来た。
「こんちはー!」
「おぅ、まだ暑いから日影で休んでな!」
「ハーイ!」
まだ時刻は2時を廻ったばかりで、太陽はがんがん照り付けている。さすがに炎天下の中で練習をさせるのは酷なので、練習は日差しの和らぎ始める3時頃に始める事にした。
それまでね間、ちび達を木陰で休ませ、俺はグラウンドにラインを引いて行く。
「こんちはー!」
「ヤッホー黒崎くん!!」
ちょうどラインを引き終えた所で、緋野姉弟がやってきた。
「おぅ、こんちわ。康人も緋野さんも影で休んでて」
「「ハーイ!」」
スゲェ!さすが姉弟だな、見事にハモったよ。
ラインを引き終えて、カラーマーカーをポイントごとに置いていく。・・・よし、準備はOKだ!
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「よし、んじゃ練習するぞ!!」
《ハイッ!!》
元気なちび達は、グラウンドで円になり、準備運動を始める。俺もちび達と一緒に運動しているのだが、今日は違和感を感じる・・・・・・・・・・・・・・・そう、なぜか当然のように緋野(姉)も参加しているのだ。
しかも気合いが入っているようで、上下揃いのウェアを着ている。
「よし、いつものようにグラウンド三周!」
《ハイッ!!》
今回は俺もランニングに参加。そして緋野も・・・。
ランニング終了。
ちび達はシュート練習に入り、その間に補欠の二人と緋野(姉)を呼び、使っていない反対側のコートを使用し、特別練習を始める。
この二人、翔太と健児。
健児は脚が速く、ちび達の中で1番の駿足だが、パスやシュートの精度に欠ける。一方の翔太は、脚の速さは平均的だが、常に周りをよく見ているので、相手の裏を読む攻撃が出来る。シュートの精度・威力も充分なので、翔太は、MFとして。健児はDFとして、今度の試合に参加させるつもり。うちのチームの秘密兵器・・・というヤツだ。
「緋野さん、ちょっと手伝ってもらってもいいかな?」
予め呼んでいた彼女に、手伝いを頼むと、快く了承してくれた。
手伝いというのは、簡単に言えば、翔太と健児の二人のDF役をやってもらう事。サッカーをやった事がないとはいえ、緋野は高校生である。身長も高ければ、脚も速い。
「んじゃ、いくぞー!!」
ホイッスルを吹き、ゴール前から翔太にボールを投げる。俺はキーパーとして、この練習に参加している。
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さすがは緋野(姉)、小学生二人を相手に簡単にボールを奪い取る。二人も躍起になって、あの手この手で何とか奪われないように考えるが、駿足の彼女に勝てるはずもなく落胆している。
「どう?」
自慢げに胸を張っているが、ゲームの流れを見て、直ぐに彼女の隙を見付けた。
「翔太!健児!ちょっと・・・」
緋野には聞こえないように耳打ちで指示を伝え、練習を再開する。
ホイッスルを吹き、今度は健児にボールを渡す。二人の中央にいた緋野は、素早く健児に走りだした。一気に距離を詰めたが、次の瞬間、ボールは完全にフリーの翔太に転がっていた。
「えっ・・・?」
何が起こったかわからない緋野をよそに、翔太は一気にゴールに向かって走りだす。
ハッ!と我に返り、今度は翔太の元へ走りだす。・・・が、またしても距離を詰めた時には、ボールは健児の元へ転がっていた。
脚の速い健児は、一気にゴール前へと駆け上がる。キーパー(俺)とは一対一という絶好のチャンスだが、現役高校生をなめんなよ!!と、言わんばかりにこぼれたボールを大きく蹴り出す。力を入れすぎたせいか、ボールは向こうで練習しているちび達のほうまで飛んでいった。
「うわ、スゲー!!」
思わず翔太が驚きの声を上げ、二人は呆然と俺を見ている・・・。
そういえば、ちび達は俺が思いきり蹴った所を見るのは初めてだっけ?
「翔太も健児もいい所まで行ったな!後はトラップをちゃんとすれば上出来だ」
「「ハイッ!!」」
二人とも嬉しそうな顔をするが、一人だけ不満そうにこっちを見ている者がいる・・・。そう、緋野美咲である。どうやらさっきのプレーに不満があるようだ。
「なんか、悔しい・・・」
単なる負けず嫌いみたいです。
「まぁプレーを見てたら大体の特徴がわかるからね。それでアドバイスしたら、上手くいったって訳!」
「そういえば、さっき耳打ちしてたけど、あれはなんて言ってたの?」
「あぁ、アレ?あれは・・・まぁ後でね!」
ネタバレは後で教える事にして、とりあえず一度ちび達を休憩させる。夕方の4時を迎えたとはいえ、日差しはガンガン照り付ける。小まめに休憩を与えるのも、コーチの仕事の一つだ。
休憩中、俺は職員室にいる赤凪先生の元へ、緋野美咲連れて行く事になった。緋野(姉)いわく、弟がお世話になっているから挨拶をしたい、との事。
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「仕事終わりました?」
扉を開けて、先生に声をかけると、すっきりした顔で俺達を迎えてくれた。
「やーっと終わったよ!今は一息ついてる所だけど・・・後ろの可愛い娘はどちら様?」
俺の後ろに隠れるようについてきた緋野に気付いた先生は、笑顔を崩さず紹介を促した。
「あ、この人は同じ学校の知り合いで、緋野康人のお姉さんの美咲さんです」
「は、はじめまして!康人の姉の美咲ですっ!!いつも康人がお世話になってます!」
緊張していたのか、少し上ずった声で挨拶をした彼女に、あらまぁ・・・と笑顔を向ける。心なしかニヤニヤしているのは気のせいだろうか?
「で、仕事終わったならいい加減練習手伝って下さい!」
「涼くん、最近冷たいわよね〜。先生悲しいわ・・・」
「泣き真似はいいのでさっさとグラウンド来て下さい」
バレた?と、悪戯っぽい笑顔で舌を出したが、無表情の俺を見ると、少し拗ねたように準備を始める。
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先にグラウンドに出た俺達(緋野姉含む)は、ちび達を集めて試合形式の練習を始める。
レギュラーチーム対男女混合チームだが、今回は特別に、混合チームに緋野と準備の整った先生を加え、11対13のレギュラー強化練習だ!勿論、試合形式なので、点数を付ける。ポジションの意味が判っていない緋野(姉)に簡単な説明をして、翔太をMFに、健児をDFにして、先生と緋野をFWとしたツートップで編成した。
両チームを整列させて、コイントス・・・。ボールを先攻したのはレギュラーチームで、各ポジションについたちび達を確認し、ホイッスルを吹いた。
ピーーーーッ!!
ゲームは、始まった・・・!




