第七話 初陣
あぁ、今日も素晴らしき快晴・・・。雲一つない青空が、俺の瞳にまざまざと広がりを見せている。
「っしゃあ!!」
誰もいない部屋に、俺の気合いだけが響く・・・。
決戦の土曜日。俺がコーチとして活動を始めて、初の試合。
対戦相手は、隣町の麻倉小学校。俺が小学生の時に、一度だけ試合をした相手だった。
その時の結果は、2対3で負けている。だからこの試合、俺にとってはリベンジマッチでもある。
まぁ、ちび達が楽しんでくれればそれでいいんだが・・・。
⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒
13時50分 (小学校)
グラウンドには、まだ誰も足を踏み入れてはいなかった。二つの足跡に、ボールの転がった跡・・・。
昨日、二人でボールを蹴りながら、言葉を交わした場所・・・。
倉庫から取り出したボールを足で転がしながら、センターラインの中央にボールを置く・・・。僅かに髪を揺らす風を受け、俺は正面を見据えた・・・・・・その先には・・・。
ドカッ・・・・・・
蹴り上げたボールは、吸い込まれるようにゴールネットの右隅に突き刺さった。
「ゴールッ!!」
突然、大きな声が聞こえ、俺の後ろから手を叩く音が響いた。
「気合い、入ってるね!」
振り返った先には、緋野さんがいて、笑顔をこちらに向けている。
「ハハッ、俺が試合に出るわけじゃ無いんだけどね」
その笑顔に、俺は苦笑いの表情で言葉を返した。
「カッコよかったよ!」
「お世辞でもうれしいよ」
「いや、ホントにカッコよかった!!」
「そりゃどうも」
わざとらしくおどけると、彼女は声を出して笑い、つられて俺も笑う・・・。
職員室の窓際から、先生が俺達を見て微笑んでいた事なんて、気付く筈もなく・・・・・・。
⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒
14時30分
ぽつぽつちび達が保護者を連れてやって来た。ちび達はそれぞれ木陰や体育館の屋根の下で休んでいる。
俺は保護者の方達に挨拶を済ませ、保護者席のテントに案内する。途中、
「あら、ホントに若いわねぇ」
とか、
「高校生ですって、若いわぁ」
なんて事を口々に言われた。まぁ、無理もない・・・誰が高校生コーチなんて信じるだろうか?
なんて事を考えつつ、俺はとある人物を待っていた。
「そろそろ飲み物が届く筈なんですけど・・・」
保護者の一人に愚痴ともいえる独り言を呟いた時、体育館横の駐車場に見覚えのある黒いワゴンが入って来た。
「おーい、涼!飲み物持って来たぞ!!」
車から出て来たのは、俺の親父である。トランクを開け、馬鹿でかいクーラーボックスを3つ下ろした。
「涼、ちょっと手伝え!!」
「おう!」
クーラーボックスを一つ抱えるのだが、とてつもなく重い・・・。まぁ、一ボックスあたり34本ぐらい入っているから、無理もないのだが・・・。
⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒
しばらくして、対戦相手の小学校から先生らしき人と、試合に出場するであろう小学生がやって来た。
「はじめまして、秋槻小学校のコーチをやっている黒崎です。今日はよろしくお願いします」
「麻倉小学校の前田です。お若いですな、いや、羨ましい」
前田と名乗った男は、多少年齢のいった感じだが、俺のほうをじろじろと見て、軽く含み笑いを浮かべた。俺も笑顔を浮かべてはいるが、内心は不快な気分である。
「全員集合!!」
ちび達に声をかけて、昨日説明した作戦を話し、軽い準備運動を促す。
今日が初の練習試合、ちび達の瞳も輝いている。
「この試合、皆は初めての事だ。勝ち負けにはこだわらない。だから、一生懸命頑張って、そして楽しんでこい!!」
《ハイ!!!!》
気合いの入った声・・・。昨日までにまとめた練習内容を地面に書き、それぞれの役割を指示する。練習中の麻倉小サッカー部の特徴を読み取り、ちび達に細かな指示を伝えた。
⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒
試合開始の時間が近付いてきた。秋槻小から来た保護者に副審をお願いし、主審を赤凪先生(一応顧問)がする事になった。
「両校整列!!」
サイドに並んでいた生徒が中央に整列。コイントスでボールを先攻する事が出来た。
ピピーーーッ!!
ちび達の、そして、俺の初陣が・・・始まった・・・。
⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒⇒
「仙道、サイドだ!!サイドに回せ!!」
「和樹、突破!!」
小学校全体に響くような俺の激が飛び交う中、試合は一進一退の攻防を繰り返し、途中で何度かピンチを迎える事もあった。だが、仙道と浩一の固いDF、それにGKの亮太の好セーブでなんとか凌いだ。
「前半終了!!10分後に、後半戦を開始します!」
前半は終了。戻ってきたちび達に親父がジュースやお茶を配って回り、俺は集まったちび達に言葉をかける。
「よし、前半はいい感じだった。ピンチもあったけど、DFの二人、それにキーパーの亮太もよくやった!これからの作戦なんだが・・・」
疲れの激しい仙道と山上を、秘密兵器である健児と翔太に交代する。
健児と翔太・・・この一週間で目覚ましい成長を見せる二人だ。
「後半は相手がバテるだろう。フリーになる状態が前半よりも多くなると思う。チャンスだと思ったら、すぐに周りを確認して、自分で行けると思ったら、DFでも攻めに上がって来い!!」《ハイッ!!!!》
額に汗を浮かべながら、ちび達は大きな声で返事をする。
もしかすると、この試合・・・勝てるかも知れない。確かに、テクニックなら向こうが上だ。しかし、スタミナは・・・少なからずこっちが上である。
「結構凄いね!!こんなに興奮するとは思わなかった!!」
隣で応援していた緋野さんが、半ば興奮状態で話しかけて来た。
「俺も、ここまで頑張るとは思わなかった。もしかするとこの試合、勝てるかも知れない!」
緋野さんも練習には参加していたが、ルール自体はよくわからないらしいので、前半戦を簡単に説明する。一つの解説に、質問が2にも3にもなって返って来るので、出来るだけわかりやすい説明をすると、彼女も納得して頷いた。
「後半戦を始めます。両校はそれぞれのポジションについて下さい!!」
赤凪先生の声で、両チームがポジションにつく。後半戦は、麻倉小チームからのキックオフだ。
ボールを中央に置いて、ホイッスルが鳴る。
ピピーーーッ!!
ホイッスルが鳴って、ボールは地面を転がる。相手はパス回しが上手い。しかし、ボールを支配してはいるものの、疲れのせいか、チーム自体に乱れがある。一瞬の隙をついて、健児がボールを奪った!!
「健児、周りをよく見ろ!」
俺の声に反応したのか、ドリブルで中盤まで上がった健児が、大きく逆サイドにボールを展開させる・・・その先には、翔太が走りだしていた。上手くボールをトラップし、すぐさまペナルティエリアにパスを出す。
「康人、今だ!!」
パスに反応していた康人が、相手の最終ラインから飛び出し、ボールに食らいつく。
「康人、シュートだ!!」
ボールを蹴ろうとした康人だったが、相手DFの一人が阻止するために出したスライディングを受け、ペナルティエリアの少し外でホイッスルが鳴った。
「康人、大丈夫か?」
「おう!」
近くにいた翔太が声をかけると、苦笑いを浮かべて立ち上がる。ダメージも、たいしたことないようで、少し安心した。
「フリーキックだ、慎重に行け!!」
ペナルティエリアの中央よりも少し左側でフリーキック。蹴るのは翔太だ。DF3人を中盤より少し下がった状態、FWとMFは前線に上がり、翔太の横には康人が控える。
ピーーーッ!!
ホイッスルが鳴り、翔太が壁の横目掛けてボールを放ち、相手の足に当たりこぼれた所をMFの壮大が反応し、すぐにバックパスを放つ・・・飛び出していたのは、翔太の後ろで控えていた康人だった。
「今だ!!」
ノントラップから、思いきり放たれたシュート・・・。この一瞬だけ、周りがスローモーションのように遅くなり、一直線に飛んで行くボールは・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ゴールネットに触れていた・・・。
「いよっしゃあぁぁっ!!」
一斉に保護者が歓喜の声を上げた。
「やった、やったぁ!!」
横にいた緋野さんが、喜びのあまり抱き着いて来た。
「ちょ、ちょっと緋野さん。落ち着いて!!」
慌てて引き離すと、我に返った彼女は恥ずかしそうに下を向いていた。
これでチームの戦意は一気に最高潮。しかし、これ以上の点数を上げる事もなく、後半戦は、終了した。
「両校整列、礼!!」
互いに挨拶を交わし、ちび達は帰って来た。その顔は皆同じ・・・肩で息をしていても、笑顔だ。皆が笑っている・・・ちび達、保護者、俺、そして彼女も・・・。
「ほら、コーチ!なんか言いなよ!!」
緋野さんにせっつかれて、俺は繋ぐように、言葉をかける・・・。
「俺は、チームの皆が、ここまで頑張ってくれるとは、思わなかった・・・正直、うれしい・・・。ただ一つ・・・楽しかったか?」
《楽しかったです!!》
楽しかった、面白かった、うれしい・・・ちび達は口々にそう言った。
勝ったという事よりも、皆が楽しかったという事が、俺は嬉しかった。
「よし、お疲れ様!この後は少し準備をするから、それまで解散!!」
《お疲れ様でした!!》
ちび達は、それぞれ木陰で休んだり、親父にジュースを貰ったりしている。その間に、俺は相手チームの先生に挨拶をしに行った。
「今日はありがとうございました。皆も、いい経験になったと思います!!」
「いや、驚いたよ・・・まさかこんなに強いと思っていなかった。それに、少し甘く見ていたよ・・・」
苦笑混じりに返って来た言葉・・・。試合前とは違う雰囲気に、改めて勝ったという実感が沸く・・・。
頭を下げて、今度は保護者に挨拶をする。
「今日はお忙しい中、集まって頂いて、ありがとうございます」
「いえ、最初は不安だったんですけど、息子の楽しそうな顔を見てたら、よくわかりました!」
「ホントに、ちゃんと子供達の事をよく見て下さって、ありがとうございます!」
「うちの伜も、ホントに楽しそうにサッカーをやっている。感謝してるよ!」
「うちも!」
「私も!」
みんなが、口々にそう言ってくれる・・・その一言が嬉しくて、俺の目頭が熱くなった。それを悟られないように、笑顔で振る舞う。
「黒崎くん、お疲れ様!!」
笑顔で緋野さんが話し掛けるが、俺は彼女の顔を直視出来ない。試合中の出来事を、思い出してしまったからだ・・・。
「康人、頑張ってたな!」
「うん!!」
はにかんだ笑顔は、俺の胸を締め付ける。彼女には、好きな奴がいる。彼女が俺に近付く程、俺の心は何かを期待してしまう・・・。
俺の心は、彼女に惹かれている。
俺は、緋野さんが好きだ。
報われない恋だからこそ、余計に、苦しい・・・。誰にも、渡したくない・・・。
これが、恋なんだ・・・。




