第9話
携帯電話のアドレス帳と言うのは中々厄介なものだと思う。
残すのは簡単なのに消すことは難しい。
消してしまえば二度と戻ってこない。
それがもうこの世界にいない人なら尚更だ。
携帯番号を変えて一斉送信する相手を選んでいた僕は1つの名前で手を止めた。
「一華」
カレンダーを見る。
夏。
彼女の誕生日があった季節。
21歳。
あの日、線香花火と共に祝った彼女の年齢に僕は追いつこうとしている。
アドレスを変えた時は出来なかった。
でも、
彼女の携帯番号に電話をかける。
知らない人が出るか。どこにも通じないか。
答えはどちらか一つだけ。
この番号がこの世界でもう使えないものだと分かればやっと消すことが出来る。
そう思った。
1、2、3回目。
相手は出た。
「……もしもし?」
女性の声。
それは確かに懐かしい彼女の声だった。
「……本当に巽君なの?」
信じられない様子で彼女は言う。
当然だと思う。
消せなかった携帯番号は過去の彼女と繋がっていた。
そんなの簡単に信じられる訳がない。
「……じゃあ、初めてのデートで最初に行ったアトラクションは?」
「お化け屋敷。お金持ちのお屋敷でお父さんに財布を投げつけた」
「体育祭のリレー、巽君は何位だった?」
「1位。あれから一度もとってないけど」
「その頃、私のバイト先で売っていたものは?」
「あの頃コロッケ。店長と肉屋のさっちゃんの恋物語」
「巽君だ……」
僕のクイズなのでいくらでも答えられる。
思い出したくないものもあるけれど……。
「ねぇ、巽君。今、何歳?」
「ん? 20歳だよ」
「20歳……」
感動したように彼女が言う。
「声、こんな感じなんだ……。低いんだ……」
嬉しそうに確認する。
僕は今更ながら思ってしまう。
生きてる。
「一華……」
「ん? 何?」
当たり前のように応えてくれる。
久しぶりに、呼べた。
「巽君?」
久しぶりに、呼ばれてる。
実感するとたまらなくなった。
僕は溢れそうになる感情を必死に抑えようとする。
「ねぇ、巽君。また電話してもらってもいい?」
好奇心を抑えられない様子で彼女は言う。
僕は頷く。
一度は裏切られた人。
酷く残酷にいなくなってしまった人。
でも、もっとあなたと話したい。
そう思ってしまったから。
過去の彼女と未来の僕。
僕たちの始まりだった。