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第8話

「クリスマス・イブは私の部屋で過ごさない?」


クリスマスはどうしようか。


そんな話を電話でしている時、彼女が照れたようにそう言った。


僕の気持ちを分かって欲しい。


取りあえず、電話を切った後、全力でベッドにダイブした。


一緒に過ごせるだけでも嬉しいのに、こんなの嬉しすぎると思った。




スーパーに行って二人で話しながら晩ご飯の材料を買った。


「何が食べたい?」って言われて「カレー」って答えたら、「巽君は可愛いなあ」って笑われた。


商店街に行ってサンタさんから丸いチョコレートケーキを買った。


砂糖菓子は巽君にあげると言われた。


重たい方の荷物を僕が持って、彼女のアパートまで歩いた。


ワンルームのアパート。


綺麗に片づけられた部屋は彼女の匂いがした。


「用意してくるからテレビでも見てて?」


そう言って台所に行く彼女にうなずきながら僕はそわそわしていた。


テレビでは僕がいつも見ているバラエティ番組が流れていた。


いつもは笑いながら見ている番組。


けど、今日は全然頭に入ってこなかった。


だって、僕の後ろには彼女がいつも寝ているベッドがあって。


右を見ても左を見ても前を見ても彼女のものでいっぱいで。


写真立てに飾られた柴犬のマメの写真とか。


本棚に並べられた絵本とか。


そのいつものものの中に今日のために飾られた小さなクリスマスツリーがあって。


何だかたまらない気持ちになった。


今日、僕、大丈夫だろうか。色々と。


幸せと不安がごちゃごちゃになって、がしがしと頭をかいてうなだれていると――


~♪


音がした。


机の上を見る。


彼女の携帯電話が鳴っていた。


いつもの着信音じゃない。


オルゴールの音が奏でる聞き覚えのある曲。


あのコートのポケットの曲だった。


画面を見る。


表示されているのは携帯番号そのままで。


名前が登録されていない番号だった。


台所を見た。


僕のために一生懸命料理をしている彼女。


こんなのは最低だと思う。


でも、思ってしまった。


この人は誰?


どうしてこの曲に設定したの?


僕はおそるおそる携帯電話に手を伸ばした。


すぐに切ろうと思った。


相手の声だけ聞きたい。


そう思った。


僕は通話ボタンを押した。


「もしもし?」


電話からは低い男性の声がした。


僕は「ああ……」と思った。


大人の男性の声だった。


「巽君?」


戸惑った声が聞こえる。


見ると立ちすくむ彼女がいた。


「何、してるの?」


ひきつった笑顔。


震える声。


僕は尋ねた。


「ねえ、この人、誰?」


彼女の瞳が大きく揺れた。


電話の向こうから声がした。


「……やめてくれよ」


頼み込むような声。


「お願いだから、やめてくれよ……」


どうしてこの人はこんなにも必死なんだろう。


「どうしてあなたが、そんなことを言うんですか?」


尋ねると彼は考えるように黙った。


そして、言った。


「……好きだから」


もう限界だ。


僕は電話を切った。


見上げる。


僕の好きな人を。


僕は訊く。


「……ねぇ、一華、僕のこと、好き?」


彼女は泣きそうな顔で笑った。


「私は巽君のことが好きだよ」


僕は初めて彼女の言葉を疑った。




その後の話をしよう。



『12月24日、夜9時頃。○○市の路上で刃物を持った男が21歳女性の腹部を刺し殺害。男は血を浴びたまま商店街に向かいましたが、通報を受け、駆け付けた警察官により確保されました。殺害されたのは白樺一華さん。男の供述から女性との間に関係はなく、通行人を無差別に狙った通り魔事件だと考えられます。』


そんなニュースが流れ、僕は制服を着て彼女の葬儀に参列した。


聞いた話によれば彼女は財布もカバンも持たず、コートだけを羽織った姿で亡くなっていたそうだ。


その胸元には血だらけの携帯電話が抱きしめられていた。


画面に表示されていたのは助けを求めるためのものではなく、「愛してる」と書かれた彼女へのメールだった。


周りの人々は言った。


愛の言葉を抱きしめて亡くなったことは彼女の唯一の幸せだったって。


あの後、僕はすぐに彼女の部屋を出た。


彼女を残して部屋を出た。


すぐに帰る気にならなくて商店街のファーストフード店でぼんやりしていると僕の携帯電話に彼女からメールが届いていることに気付いた。


「愛してる」と書かれたメールだった。


僕は思った。


直接、声で伝えよう。


決心して店を出た。


そこにあったのは騒然とする商店街。


血だらけの男が駆け付けた警察官に確保されている光景だった。


今、胸元にメールが映った写真を抱いて棺の中で幸せそうに微笑む彼女。


僕は思い出す。


嵐の日、あなたが言ってくれたこと。


僕とあなたが一緒に過ごす時間の中で一度だけでいい。


それを抱きつぶしそうなほど大切にするからとあなたは言った。


人生の終わりにあなたが受け取り、抱きつぶしたもの。


胸元に抱かれたメールと祭壇にぽつんと飾られた青い小箱に入れられた僕のピアス。


頬を伝っていくものを感じながら僕は思う。



ねぇ、一華。


あなたが愛していたのは誰ですか?



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