第7話
あこがれていたものがある。
小学生の時、お小遣いをためて初めて買った好きなバンドのアルバム。
その中に入っている曲が僕は好きで。
『寒くなってきたから手をつなごう 何のためにコートを着てきたと思っているの ポケットの中に二つの手 ほら このためでしょう?』
その歌詞を何度も聴いた。
最初はどういう意味なのかよく分からなくてなんとなく好きだった。
父のコートのポケットに手をつっこんで家族に笑われたりした。
でも、大きくなってその意味がわかってくると、その歌詞がどんどん好きになった。
冬になって音楽プレイヤーから流れてくると思った。
いつか好きな人と僕はポケットの中で手をつなぎたいって。
息が白くなるほど寒い日。学校帰り。
制服のコート、紺のダッフルコートのポケットに手をつっこみながら歩いていると、音楽プレイヤーからあの曲が流れてきた。
思わずポケットの中の手を動かす。
ただあこがれていた頃とは違って今は思い浮かべる手がある。
大きさも温度も柔らかさも知っている手。
彼女の手。
会いたいなと思った。
携帯電話を取り出す。
1・2・3回目。
彼女は出た。
「もしもし?」
「……もしもし」
言ってから「しまった」と思った。
気持ちのまま電話したけど、どんな風に言うか考えていなかった。
黙る僕に彼女は笑った。
「どうしたの?」
僕はぎゅっと掌を握った。
伝えなきゃ。
「いや、手、つなぎたいなと思って」
「手?」
「今日、寒いから……」
ああ、だめだ、うまく伝えられない。
何だか恥ずかしくなってきて寒さとは違う意味で耳が赤くなってくる。
返ってくる沈黙。
切られる、かな?
不安になっていると彼女は言った。
「うん、じゃあ、つなぎに行くね」
「え?」
電話が切られる。
つなぎに、行く?
首を傾げて切られた携帯電話を見つめていると――
ふわり。
後ろから抱きしめられた。
「え?」
振り返る。
そこにはニコニコ笑う彼女がいた。
「びっくりした? 実は巽君の後ろを歩いてたんだよ?」
直接耳に聞こえてくる楽しそうな声。
こんなに簡単に会えるなんて思ってなかった。
驚いて何も言えない僕に彼女は身体を離すと左手を差し出してきた。
「手、つなぎに来たよ? はい」
僕はその手をじっと見つめた。
……よし。
覚悟を決めたようにそのままつかんでポケットの中に持っていく。
「へ?」
ぱちりと瞬きする彼女。
僕はイヤフォンを渡す。
「この曲、知ってる?」
彼女は不思議そうに耳に入れる。
再生する。
彼女の顔がほころぶ。
「大好きな曲……」
ポケットの中の手がぎゅっと握り返される。
「高校の時、聴いて憧れてたの」
そっか、高校かって僕は思う。
僕がどういう意味か分からなかった頃、彼女は今の僕だった。
「僕のポケットでいいかな?」
尋ねると微笑みながら片方のイヤフォンを渡された。
「巽君のポケットがいいよ」
彼女の左耳と僕の右耳。
二人の間でイヤフォンがつながって曲が流れる。
『ポケットの中に二つの手 ほら このためでしょう?』
「憧れが叶い続ければいいな……」
白い息を吐きながら彼女がぽつりとそう言った。