第6話
彼女と一緒にいると僕はたくさん早くと思った。
早く彼女より背が高くなりたいと思った。
成長期なんだからすぐに大きくなるよと彼女は言った。
でも、お腹を壊すほど牛乳をがぶ飲みしても中々大きくならない。
彼女を見上げるたびに僕の気持ちは強くなる。
早く自分のお金を持ちたいと思った。
バイト禁止、収入はお小遣いのみの僕は当然ながら彼女よりお金がなかった。
割り勘は当たり前。
「ここは僕が」なんてカッコよく言ってみたいけど、逆に「ここは私が払うよ」と言われてしまう始末。
マジックテープの財布を開け溜息。
母にお小遣いの値上げを交渉したら「お父さんのお小遣いを教えてあげようか」と言われてしまった。
僕は早く大人になりたかった。
彼女との年齢差はこの先、一生埋まらない。
それならせめて「大人」と呼べるものになりたかった。
早く早くと彼女への想いが僕をせかしていた。
「巽君、何か変だね」
日曜日。彼女の秋服を買うためにやってきたショッピングモール。休憩によった喫茶店。
向かいの席でホットコーヒーを飲みながら彼女が不思議そうにそう言った。
「え、な、何が?」
ぎこちなく笑う僕。
彼女はじーっとこちらを見ながら僕のマグカップを指差した。
「例えばね、それ、おいしい?」
マグカップの中には彼女と同じ黒々としたブラックコーヒーがゆらゆら揺れている。
「はは、何言ってんの。おいしいに決まってるじゃない」
ずずっとすする。
くそまずい。
「巽君はミルク1つにお砂糖2つでしょ?」
「……この前から変わったんだ」
泳ぎまくる目に彼女はむーっと唇をとがらせる。
「あとその髪型と服装どうしたの?」
「え、変?」
毛先を遊ばせた髪型。
第二ボタンまであけた白いシャツに黒いジャケット。
今の僕の格好。
「変じゃないけど、無理してるような? 巽君らしくない……」
今度はんーっと眉をひそめる。
僕はどんどん落ち込んでくる。
僕らしくない……。
しょんぼりする僕に困ったように苦笑して彼女は僕からコーヒーを取り上げた。
ミルク1つにお砂糖2つ。
入れてスプーンでぐるぐる。
「はい」
笑顔で渡される。
受け取って飲む。
……おいしい。
彼女は両手で自分の頬を挟み、優しく目を細めた。
「ねえ、巽君。私、今の巽君が好きだよ」
僕はじっと今の僕の味のコーヒーを見つめる。
琥珀色のコーヒー。
ミルクと砂糖で薄められた子供っぽい味。
こんな僕が好き?
どう返したらいいか分からなくて中々顔を上げられないでいると、彼女は「ふふふ」と笑った。
「巽君はね。これからきっと私より背も高くなる。バイトもして自分のお金も持って、どんどん大人になっていく。声も今より低くなって、もっともっと素敵な男性になる」
僕の未来を予言する温かな声。
今よりカッコいい僕の姿。
僕は「やっぱり」と思って、より落ち込んでしまう。
「でもね」
そっと僕の右頬に彼女の手が触れる。
伝わる温度に顔を上げるとそこには愛しげに目を細める彼女の姿があった。
「それはその時になってからでいいんだよ。今は今のあなたの姿をちゃんと見せてよ」
まっすぐに彼女の瞳に映る今の僕。
自信がなくて情けない今の僕。
でも、彼女の瞳にはちゃんと映っている。
何も言えなくてただ瞳の中を見つめていると彼女は包み込むように温かく微笑んだ。
「分かりましたか?」
「……はい」
僕はコクンと小さな子どものようにうなずいた。
「よしっ」
ぽんぽんと僕の頭を優しくたたいて立ち上がる彼女。
「おトイレ、行ってくるね」
ひらひらと手を振って席を離れる。
僕はその姿が見えなくなるのを確認して机に突っ伏した。
心臓がバクバクいっている。
触れられた頬が熱い。
ああ、ダメだと思う。
いつもこうやって僕は彼女を好きになる。
早くこの熱をどうにかしようと目をつぶって深呼吸した時、
~♪
音がした。
「?」
見ると彼女の携帯電話が鳴っていた。
画面に表示されているのは携帯番号そのままで。
名前が登録されていない番号だった。
長く音は鳴り、やがて何かに気付いたようにきれた。
「お待たせ」
彼女が帰ってくる。
僕は言う。
「電話、鳴ってたよ」
「ん?」
携帯電話を見る。
かけてきた相手を見てその瞳は大きくなる。
「どうかした?」
「……何でもない」
そう言って何もなかったように携帯電話はそっとカバンにしまわれた。
僕は不思議に思いながら何も気付かないようにした。