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第4話

雨と風がうるさく窓をたたいている。


僕はパジャマ姿で真剣にニュースを見つめている。


注目する警報の名前。


暴・風・警・報。


「よしっ!」とガッツポーズ。


今日の休校が決まった。




二度寝♪ 二度寝♪


ベッドに入ってほくほくする僕。


さて、この後、どうしようか。


たくさん寝て起きたら普段見られないテレビ番組でも見ようか。


もう少しでクリアするゲームでもしようか。


そんなことを考えてウキウキしていると携帯電話が鳴った。


ん? 誰だ?


枕元に手を伸ばして画面を見る。


「一華」


表示された名前に飛び起きた。


「も、もしもし!?」


「あ、巽君、今、電話大丈夫?」


電話越しに聞こえる明るい声。


その声だけで自然と顔はゆるんでしまう。


「大丈夫だけど、どうしたの?」


「うん、何かね。今日、台風で大学お休みになったから、巽君に電話してみようかなって思って」


「僕に?」


「うん、この時間っていつもはお互いに別々のところにいて、それぞれの時間を過ごしてるでしょ? 私は大学にいて、巽君は高校にいて。私、さっき、今、巽君と話せることって何て特別なことなんだろうって思ったの。そしたら、すごく巽君の声が聞きたくなっちゃって」


くすくすと笑う彼女。


ああ、「そっか」って思う。


平日の朝10時。


いつもなら僕たちは当然のようにそれぞれの場所にいる。


「いつもなら僕、2時間目の授業中だ」


「今日は何の教科だったの?」


「数学。僕の一番嫌いな教科」


「ふふ、高校生の時の私と同じこと言ってる」


「嫌いだったの?」


「うん、数学の時間はよく友達と手紙交換したり、ノートに落書きしたりしてたなあ」


「落書きは僕と同じだ。ねえ、そっちは何の授業だったの?」


「私? 私は一限目でね。今は源氏物語の勉強してるんだ。巽君、まだ授業でしてない?」


「うん、まだだよ」


「分からないところがあったら何でも訊いてね。数学は無理だけど国語なら答えられるから」


台風の音に彼女と僕の声が混じる。


何でもない会話の音が混じる。


僕は目をつぶる。


教室でつまらなそうに数学の教科書を開く僕と想像も出来ない大学の授業風景。


真っ白な空間で彼女だけが明確なあまりに遠い風景。


でも、僕は今、こうやって彼女と話してる。


何て幸せなんだろうって思った。


それから僕たちはたくさん話をした。


話していると彼女について知らないことがたくさんあることに気付いた。


話せば話すほどもっと彼女について知りたくなって、知れば知るほど彼女のことが愛しくてたまらなくなった。


「ねえ、巽君。名前、呼んで?」


「ん? 何で?」


「だって巽君、付き合って結構経つのに中々呼んでくれないんだもん。せっかく呼び方決めたのに」


「ご、ごめん。えっと、一華?」


「ふふ、何で疑問形なの?」


「だって、まだ慣れなくて……」


彼女の名前を呼ぶ度に僕の顔は赤くなる。


それが恥ずかしくて中々呼べない。


「巽君は可愛いなあ。私、巽君が呼ぶと自分の名前なのに何だか特別に思えるんだよ。今までの人生で何度も何度も呼ばれてきたのに全然違うものに聞こえる」


「……僕も」


彼女が僕の名前を呼ぶと家族や友達が呼ぶ時とは全く違った響きを感じた。


「ねぇ、巽君、好きだよ」


耳から直接伝わる言葉。


僕の心臓を速くする。


僕も返さなきゃと思う。


もっと強い言葉で。


「僕も。一華、愛してるよ」


「……っつ」


聞こえる息をのむ音。


あれ? 僕、変なこと言ったかな?


「そ、そう言う言葉は簡単に言っちゃダメだよ」


珍しく動揺した声。


僕は首を傾げる。


「どうして?」


「そう言う言葉は私と巽君が一緒にいる時間の中で一度だけでいいの」


「たった一度だけ?」


「うん、たくさん言われたらどれを大切にしたらいいか分からなくなるでしょ? たった一度だけ。その言葉を私は――」


小さく息を吸う音がする。


僕はぎゅっと携帯電話を握る。


私は?


「抱きつぶしそうなほど大切にするから」


あまりに愛しそうに彼女が言うから。


僕はまたあの言葉を言いそうになって呑み込んだ。


代わりに精一杯の心をこめてうなずいた。


「うん、わかった」


彼女は嬉しそうに「ありがとう」と言った。




たった一度だけ。


それは何年後の話だろう。


その言葉を言う時、僕と彼女はいくつになっているんだろう。


でも、出来ればその一緒にいる時間が長く長くあればいい。


そんなことを思いながら弱まり始めた台風の音を僕は聞いていた。



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