第1話
「いらっしゃいませ」
その言葉から僕らは始まった。
1月1日。
夜更かししたせいで昼頃目が覚めた僕はリビングの机の上に「福袋狩りに行ってくる」という見なれない言葉を書いた置手紙を発見した。
どうやら母と姉と運転手で強制連行された父に置いて行かれたらしい。
どうやら受験生の息子よりも母はブランドものの福袋をとったらしい。
仕方がないので机の上に置かれた千円札を握りしめ、寝ぐせをつけた頭そのままにコンビニに出かけた。
寒さに体をすぼめ、ダウンジャケットのポケットに両手をつっこむ。
自動ドアを開けると「いらっしゃいませ」と声が聞こえてきた。
レジの方向を見た。
店の奥に入ろうとした。
足を止めた。
もう一度見た。
二度見した。
後ろに一つに束ねられたダークブラウンの髪。
キラキラと言う擬音が聞こえてきそうな笑顔、瞳、存在全て。
見慣れたはずのコンビニの制服、黒板かと思うほど緑色のエプロンも全てが綺麗に思えた。
「あ、この人、好きだ」と思った。
一目惚れってこんな感じなんだと思った。
手は自然と頭の寝ぐせを直していた。
それからの僕の行動はきっとあなたの思った通りだ。
「夜食」という言葉を盾にコンビニに通いまくった。
これほど自分が受験生でよかったと思ったことはなかった。
カップラーメンなどと一緒に必ずレジ横の商品を買った。
肉まんにからあげにおでん。
肉まんを買った日は母に奪われ、からあげを買った日は姉に奪われ、おでんを買った日は父に盗み食いされた。
彼女と話が出来ただけで満足だったので、普段だったら全力で殴っているが僕はニコニコだった。
制服の上のネームプレートから名字を知った。
「白樺」。
下の名前を知りたくて「し……」まで出たけど中々その続きを言えなくて。
「し……しらたきをください」
「し……しらたきをください」
「し……しらたきをください」
何度もしらたきを注文してしまった。
盗み食いをしに来た父に何故か悲しそうな顔をされた。
やっと「下の名前を教えてくれませんか?」と言えた時には「今日はしらたきじゃないんですね」と笑われた。
でも、レシートの裏に「一華」と書いてくれた。
かずは。
綺麗な名前だと思った。
弱虫の僕にはきっかけが必要だった。
だから、僕は高校に合格したら彼女に告白すると決めた。
「一華」と裏に書かれたレシートを何度も見ながら勉強をした。
「努力」とか「根性」とかそんな言葉より、僕にはその二文字が何より力をくれた。
3月。
僕は合格通知を握りしめてコンビニに走った。
友達と一緒に見に行った合格発表。
お互いに合格を喜びながら頭の片隅では同じ言葉がぐるぐる回っていた。
何て言おう。何て言おう。何て言おう。
彼女のシフトは17時から。
それまでの時間、脳みそが爆発するんじゃないかってほど考えた。
自動ドアを開けてまっすぐにレジに向かった。
カッコ良く言おう。
自信をもって堂々と。
そう思っていたのにレジのカウンターに両手を置いて口から出てきたのは震える声で。
まっすぐに目を見て言おうと思ったのに僕は泣きそうで。
「僕、あなたのことが好きなんです……!」
口から出たのはそんな言葉だった。
彼女は大きく瞬きをした。
僕は何でだろうと思った。
想像の中の僕はもっとカッコ良くてもっと男らしかった。
なのに、何で今の僕はこんなにカッコ悪いんだろう。
何で彼女を前にするとこんなに精一杯になってしまうんだろう。
彼女の手がそっと僕の手を握った。
「知ってますよ」
彼女は言った。
僕は彼女を見た。
そこには初めて会った時に負けないほど綺麗に笑う彼女がいた。
彼女の瞳が僕の手に握られた合格通知を見た。
穏やかに微笑むとまっすぐに僕の目を見て言った。
「高校にはもっと素敵な女の子がたくさんいますよ。私でいいんですか?」
僕は思った。
そんなの決まっている。
まっすぐに彼女の目を見つめ返して言った。
「あなたじゃなきゃ嫌です」
そんな僕たちの始まり方。
20歳の彼女と15歳の僕。
5歳の差がある僕たちの恋愛の始まりだった。