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用事が多くなってくる。

畜生、完結させなきゃ……

次の日は王都へと出発する日だ。

朝食をさっさと済ませて、荷物を手に取り玄関口で、リーシャを隣に、荷馬車の姿を待っていると、クーザが仁志へと手を振りながら近づいてきた。


「また、こいよ! 今度こそ受付だ」


とニカッと陽気な笑みを浮かべてそう言われた。

毎度のごとくだが、嫌味のようにしか聞こえないのだが、クーザの顔は明るく、とても悪い意味で言っているようには見えなかった。この世界について、よくしらないが、こういう受け答えはこの世界で普通、ということなのだろうか。

疑問に心の中で首をかしげながら、曖昧な笑みを浮かべていると、遠くより馬の蹄が大地を蹴る音が聞こえ、そちらへと視線を向けた。荷馬車の御者をしながら、ダンはこちらへと手を振っていた。

一礼をして会話を打ち切ると、目の前で馬を止めたダンへと訊いた。


「どこに乗ればいいですかね?」


問いに、ダンは顎に指を当てて考えるそぶりをみせた。そして何を考えたのか、ニヤニヤと底意地の悪そうな笑みを浮かべて、親指で後ろを指差した。


「アイリスを頼む」


「え――あ、はい」


仁志は、ふとアイリスが嫌がるのではないかという不安がよぎったが、すぐに考え直した。嫌なら最初のころから顔をゆがませていることだろう。

リーシャにひっつかれながら荷台部分へと乗ると、アイリスが何も言わずに座っていた。彼女の様子は少しおかしかった。少しばかり顔を赤らめて、こちらを見ようとはしない、そして、最もおかしいのは、

――肩がこんもりと盛り上がっている

ということだろうか。


「……」


無言で荷馬車へと乗り込んだ。そして近くに座ると、痛いほどの視線が突き刺さる。

――ま、まて、とりあえず現状の可能性を考えよう。

噴き出す冷や汗をそのままに、アイリスが何を願っているのか、を考えていく。

可能性1、プリマドンナ(昨日いった服屋)に洗脳された。

この場合は「綺麗だ」と言ったほうがいいのか、できることなら洗脳を解くべきだ。

可能性2、ギャグ。

体を張ったギャグ、反応すべきだ。

うんうん、と唸りながら考えていると、


「あの」


「ハイィッ!」


声をかけられて驚いた。

振り向くと、顔を赤くして、もじもじとしながらアイリスは言いにくそうに口をひらいたり、閉じたりを繰り返していた。

そして、すぐに意を決したように、力のこもった視線がこちらを射抜いた。


「か、かわいい……ですか?」


「……」


――洗脳だ。一瞬で理解した。

仁志は、普通の高校生――とは、かなりかけ離れている。ぼっちだ。女性経験もない。友達もいない。しかし、男としては普通だ。

心は多少卑屈ではあるが、かわいい女の子は好きだ。

だからこそ、かわいい女の子は、かわいくあってほしい、というのは当然の心理だ。

言わなければいけない、洗脳を解かなければならない、だが、こんな時に限って卑屈さが邪魔をする。


「お兄ちゃんは――」


そんな仁志の心理を見抜いたのか、リーシャが口を開いた。

それを手で制すると、リーシャは言葉を止めて、こちらを見た。視線が交わり、リーシャはコクンと、一つ頷く。

会ってから三日だというのに、視線で会話ができるようになっている。


「お、俺は……、その……そのままのアイリスちゃんがかわいいと思う」


どもりながらも言えた。ちょっとだけ嬉しかった。

心に不安が残りながらも、仁志はアイリスを見た。固まっている。反応を待つ。石畳を走る馬の蹄と、車輪が大地を駆ける音だけが聞こえる。

――反応が、こない。

おかしい、と思い始めると、おもむろにリーシャが立ち上がり、肩を揺すった。

力なく背後に倒れた。その光景に呆然としていると、リーシャが苦笑いを浮かべながら、


「気絶してる……」


と言った。何が起こったのか分からず、ポカンとしていると、馬車が静かに停止した。

前からダンの声が聞こえる、


「冒険者が雇えたか確かめてくるからな」


「はい!」


その言葉に聞こえる様に、大きな声で返答すると、ダンの足音が遠ざった。彼は荷台の惨劇など知らずに去って行った。

それがわかった瞬間にハッとする、言ったほうがよかったかもしれない、しかし彼はすでにどこかに行ってしまった。

どうしたものか、と考えていると、意識を取り戻したのか、アイリスはゆっくりと顔を動かし、こちらに顔を向けた。


「なんと、おっしゃいました?」


「え? あ、あぁ、そのままの」


「すいません、アイリスからでお願いします、『ちゃん』は付けなくていいので、あと『が』を『は』にしてください、最後の『思う』を消してください」


真顔での要求。確実に何と言ったかは覚えている。

意味がわからなくて混乱したが、まっすぐな視線に押され、頭を上下に振るしかない。


「――あ、はい、あー、アイリスはかわいい」


「もう一度」


「アイリスは、かわいい」


「本当に思ってますか?」


「どっからどうみても、美少女だと思いますけど」


その瞬間、アイリスはのけぞり、後頭部を勢いよく荷台の床へとぶつけた。

思わず立ち上がり、無事を確かめる。視線の先のアイリスの顔は、白目をむいて、体はビクンビクンと震わせている。エクソシストという映画を思い出した。


「だ、大丈夫なのかこれ!?」


「お兄ちゃん!」


「リーシャ、どうすればいい?」


「私、美少女かな!?」


――今それを聞くべき時なのか!?


「そんなもの、言わなくてもわかるだろ!ダンさんを呼ばなきゃ!」


「お願いします!」


子供らしさのかけらの無い必死な声で、リーシャが問いかける。

やけくそになってきて、叫ぶようにいった。


「リーシャは美少女だよ!」


「――お兄ちゃん、私魔法使えるから、どうなっているかわかるよ」


「え、そうなのか……すごいな、リーシャ――というか、なんで泣いてるんだ?」


リーシャは無言でアイリスへと近付き、後頭部を軽く触ると、青い光が手のひらを包み込む。ほどなくして、リーシャは手を離して、涙を流しながら、こちらへと微笑んだ。


「うん、無事だよ」


「それはよかった……なんで泣いているんだ?」


「……生まれてきたことが、嬉しくて」


「そ、それはよかったな……」


アイリスをなんとか横たわらせて、涙が止まったリーシャが、嬉しそうに荷台でくるくると回るのを見つつ、ダンを待った。ダンの到着はリーシャが十回転ほどした時だった。

荷台へとひょっこりと顔を出したダンに気がつき、仁志はそちらへと視線を向けた。


「一つ聞きたいんだが――」


そう切りだして、ダンはアイリスの様子に気づき、不思議そうな顔をした。

アイリスへと人差し指を向けて、仁志へと問いかける。


「アイリスのやつ、どうしたんだ?」


「美少女だっていったら、こうなりました」


「そ、そうか」


そう言うと、ダンは荷台へと乗り込み、アイリスの肩を「よかったな」と言って二度叩いたかと思うと、荷台から降りて、仁志へと向き直った。

その意味不明な行動について、問いかけたい欲求が湧いたが、それを抑えつけて、かわりに問う。


「それで、何が聞きたいんですか?」


「いや、訊く必要がなくなった」


「はぁ」


「ヒトシ、俺はまぁアイリスが娘だからな、接客ではない限り、選定基準は心なんだ。だからお前の意志を確かめる必要があった。お前が嫌なら、断ろうかと思ってたんだ」


「俺についてはそこまで気にしなくてもいいです」


「何、ヒトシは言わば取引先だ、意思を確かめるのは、至って普通のことだろう?」


「はぁ」


普通の高校生にそう言われても、よくわからない。とりあえずな返事をすると、ダンは満足して建物の中へと去っていき、すぐに背に二人を連れて近付いてきた。

そこにいたのは、美女だった。

スラッとした身長で、長い銀髪を持ち、まるでエメラルドのような碧に輝く瞳、白い布で出来た衣装は、ゆったりとしているにも関わらず、体のライン、特に胸が大きいことがうかがいしれた。

もう一方は、身長は低く、ダークブラウンのショートの髪を持つ、同じく宝石のサファイアを思わせる瞳、黒いローブを着こんでいるので、同じくゆったりとした衣装だが、胸の大きさがわかってしまう。

女性をしらない高校生にとって、刺激の強すぎる二人が、目の前に現れた。目の前にいるだけで心臓が大きく振動した。

二人は、こちらを顔を赤くして見つめている、口は半開きだというのに、間抜けさは見当たらず、まるで絵画を思わせる美しさを感じた。

そんな二人へと、自己紹介をしようとするが、リーシャやアイリスとは違う、年上の大人の魅力というものが阻み、中々声が出せずにいた時だ。


「あ、あ……あの、いいんですか?」


「はい?」


ダークブラウンの髪の女性が、妙なことを言いだした。


「わ、私たちみたいなので、いいんですか?」


「え?ダンさん、この人たち、弱かったりするんですか?」


仁志は、その言葉に一抹の不安を覚えて、ダンへと問いかけた。

そこへ、心外だと言わんばかりに銀髪の女性が口を出した。


「ち、違う、私たちは、制限の中でも二年で中位の冒険者となったし、一週間ほど前に、上位の魔物を倒すことができた」


まだ異世界にきて三日目となる仁志にとって、意味はわからなかったが、なんとなくすごいのだろうな、と考えた。

だからこそ、わからない、何故最初に、『みたいので~』なんてことを言ったのか。


「ダンさん、どんな契約内容なんですか?」


考えられるのは、契約内容がものすごく良いということなのだが――


「今日の宿代はこちらもち、護衛費用は少し多めだな、金貨1枚だ、まぁ普通の範疇だろうな」


――余計わからなくなった。


「あ、あの、何か悪いところでもあるんですか?」


となると、訊いてみたほうが早い。

契約する以上、それによって不利益を被るとするなら、その対象はダンだ。恩人でもある彼が損をしてほしくはなかった。


「その、うぅ……顔が、悪いです」


――俺の?と思わず仁志が聞き返しかけて、ギリギリで留まった。

二人が仁志ではなく、自分自身のことを言っているということを理解した。

そしてそれにより、先ほどから混乱しきりの頭は、一段階上へと上がり、混沌へと導かれていく。


「……よくわからないですけど、別に悪くないと思いますよ?」


「な、慰めはいいです」


何故、この世界の美少女・美女たちは卑屈なのだろうか、そしてそれとは逆の女性は、露出が多い服を着て、積極的なのか。今更ながら、仁志はこの世界の文化が日本に近いとは限らないということを思いついた。


「その――」


――貴方は大っぴらにいっちゃダメよぉ?


脳裏に店員の言葉がよぎる。

口を噤み、言おうとしたものを頭から破棄、他の言葉を考える。


「よろしくお願いします」


少し緊張、さらに心配しながら手を差し出す。顔をゆがめられて気持ち悪いものを見る視線を送られるのが怖かった。

二人は、不思議そうにその手を見た後に、すぐに頬を紅潮させた。


「あ、握手でよろしいのか?」


銀髪が仁志へと訊いた。仁志は一度頷くと、


「仁志です」


そう自己紹介した。

二人はゴクリと喉を鳴らし、震える手で同時にしがみつくように手を握り締めた。


「メルラ」

「ファイ」


――同時に自己紹介をして、声が被っていることに気付いたのか、見つめあった。


「メルラさん?」


「メルラドです」


銀髪の女性が仁志の言葉を訂正した。


「メルラドさんですね、それで隣はファイ……?」


「ファイサです」


ダークブラウンの女性が同じく訂正した。


「ファイサさん、二人ともよろしくお願いします」


こうして王都へと旅立つこととなる。仁志は恍惚とした笑みで空を見上げるメルラドと、「ふひひ……」と奇妙な笑い声をあげて、ニタニタとした笑みを浮かべるファイサを見ながら、ふと考えた。

この世界はなんだかおかしい、だから、王都にいってロイヤルオークションが終わって、腰を落ち着けるようになったら、少し調べて見ようか、と。


「自己紹介をすませたなら、もう出るぞ!」


ダンの言葉を出発の合図として、馬車へと乗り込んだ。

前方から、パチンッと鞭を打ったような音が響いたかと思うと、荷馬車はゆっくりと動き出した。

仁志は周囲を見まわす、未だに回り続けるリーシャ、白目を剥くアイリス、素直に馬車に乗り込んだと思ったら、すぐに恍惚とした笑みのメルラド、虚空を見つめて笑い続けるファイサ。

ホラー映画で出てきそうな光景に、思わず目じりを抑えてしまう。


――俺、何かやったか?


リーシャの性格が、書く前に設定した、『仁志の求めるもの』に思わず直撃し続けていて、主人公がロリコンになることが決定している現実。

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