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冒険者……うん……

次の日になると、ダンへと訳を話して、銀貨五枚を前借させてもらい、街へと繰り出した。

いつも通り、リーシャの重みを片腕に感じながら、目的の場所へと足早に向かっていた。

目的の場所は、服屋だ。

リーシャの服は一着のみ、最初に着ていたボロボロな服のみ、日常的にコートを貸しているのだが、これ以上は風邪をひきそうなので、新しいものを買わなければならなかった。

足を忙しなく動かしながら、周囲を警戒する、よくはわからないがナンパされ続ける、これが美女ならば、自分の鏡を見ろと言われるだろうが、

『モテ期』が来たなどと喜ぶのだが、その――あまり容姿のよろしくない女性ばかりだ。

そしてそんな女性は、露出のある服装と、短いスカートを着て、ぐいぐいとくる、腕を引っ張られたりもする、そんなことをされても、リーシャの服を買うという目的がある時点で、一緒に行くことなどできないというのに。

自分の容姿はよくわかってはいるが、そんなにチョロいと思われているのだろうか。


「もうすぐだよ!」


「あぁ」


リーシャに、ダンに書いてもらった紙を手にガイドをしてもらう。

……こういう街中を歩くのは苦手だ、重度の方向音痴で、入院生活で病院の中で迷ったことが両手の指じゃ数えきれないほどにあった。

そのまま人が多く、見たことのない果物や、肉の焼ける音を立てている出店などが立ち並ぶ市場を抜けて、大通りの喧騒から離れた場所で立ち止った。

ピンク色の目に痛い店で、ガラス越しに服が並ぶ店内が見えた。

そして真上にはでかでかと看板が掛けられているが――


(読めない)


この世界の文字が読めないことを理解したのは、今朝のことだった。


「その……リーシャ、この店で合ってる? ダンの紙はたしかこう書いてあったような……」


自分よりも歳の若い女の子に、文字が読めないと話すのは、色々と失うものがある。

そのため、意地を張ってそう言った。


「うん、プリマドンナって書いてあるよ!」


「そうかそうか」


なんだか羞恥心でいっぱいになってくるが、その気持ちを明後日の方向に打ち上げた。

店のドアへと手をかけ、開いて――


「いらっしゃぁい、乙女の美を彩る夢の館、プリマドンナへようこそぉ♪」


――閉める。

頭に思い浮かんだ言葉は一つ『筋肉』。

短いスカートから、屈強な太ももが見えた。

短い上着からは、八つに割れた腹筋が見えた。

そして上着を着ていると言うのに、体の屈強さがわかった。

例えるなら、なかやまきんにくんが、露出の高い女性用の服を着ているような光景だった。


「どうしたの?」


「い、いや、なんでもない」


心配そうにのぞきこんでくるリーシャへと笑顔を浮かべた、恐らくはひきつっていることだろう、自分の容姿とは別のベクトルでキツイ光景が精神をガリガリと削っていた。


「ふ、ふ、ふ、ふぅー、いくぞ、いくぞ」


「だ、大丈夫?」


心の中で、あれは幻想だと言い聞かせて、開け放った。


「どうしたのぉ? 顔色悪いわねぇ、消え失せない美しさを持ってるけど、お連れの女の子を心配させちゃ、い・け・な・い・ゾ♪」


心にドでかいハンマーで殴られたような衝撃を食らった。


「あ、あの……ダンさんの、紹介です」


「あら、ダンさんの? そうなると、貴方はアイリスちゃんのお友達? やだーん、イケメンのお友達ができたなんて、今度来たら応援してあげなきゃ、もしかして後ろの女の子も?女の子たぶらかせて、悪い男ねぇん」


激流のように流れる話に、何も言えずに沈黙した。

呆然としているというのに、目の前の女性(?)は話を続けた。


「アイリスちゃんレベルのおブスちゃんだけどぉ、このお店に来れば大丈夫、アイリスちゃんはもう諦めてたけど、あなたはこのイケメンを夢中にさせたいかナ?」


「う、うん!」


(――どうこう言える容姿じゃないとは思うけど、鏡見ろといいたい)


リーシャへと言い放った店員の言葉に、何も言わずにそう思った。

強く頷くリーシャを、押しとどめるべきか本気で悩んでいた。


「元気いっぱいねぇん、じゃあ、まずは――肩パッド10枚ずつ入れるわねぇん」


――!?

言葉の羅列を理解できず、意識が吹っ飛びかけた。


「お手軽に凛凛しい肩を男性に見せつけ、周囲の視線をゲットよぉ!そして次は、このメイク!」


やっとまともな――


「眉毛をつなげ、頬をこけさせ、鼻をぺっちゃんこに見せる、これで気になる男の子の瞳はハートになっちゃう♪」


わけがなかった――。

その後も様々なメイクセットを差し出して、何かを言っている店員。

そのたびに、己の常識を破壊されていく、あぁ、自分の世界って本当に狭かった――と考えて世界は広がっていく――そんな世界は認めたくない。


「あ、あの……」


心を決めて、声を絞り出した。

すると店員はこちらに気づいて、ハッとした。


「そういえば、貴方の好みを教えてもらわないとね、そうねぇ、ムキムキ系?ムチムチ寸胴系?ブツブツ系?」


ゲームでそんな選択肢がでてきたら、ゲームを遠投しているだろう。

しかし、このままなあなあに済ませてしまったら、リーシャが酷いことになることは目に見えていた。


「その――そうですねぇ」


「うんうん」


リーシャが興味深そうに聞いてくる、穴があったら入りたくなってきた。


「目が大きくて、髪が綺麗で、その、肌が綺麗な女の子です」


「……え?」


「……そ、そうなの」


二人はポカンと口を開けている。

そんなに変なことを言っただろうか、それとも、『なにこいつ理想高すぎ』とか思われているのだろうか。


「えっと、本当なのね?」


「えぇ、俺が好きなのは、そんな女の子です」


「そ、そうなら……そうね、これなんかどうかしら」


そう言って白のフード付きコートを差し出した。


「スカートは合う色として、赤いチェックや、長いパンツとか、下に着るものは、これも色々と見つくろっておくわねん」


そう言って大量の服を持ってきた。

銀貨5枚で足りるのだろうか、少し心配になってきた。


「貴女なんてお名前なのぉ?」


「リーシャ!」


「そう、リーシャちゃん、奥で着替える場所があるから、着替えてきてくれないかしら」


「うん!」


リーシャは奥へと去って行った。

店員はそれを見届けると、小声で話しかけてきた。


「その、好みは本当なのぉ?」


「え、まぁ」


「そうなのねぇ、じゃあわかってると思うけどぉ、貴方は大っぴらにいっちゃダメよぉ?」


「え?」


「好みの女性が、押しかけてくる、それは嬉しいことかもしれないけどぉ、おおごとになっちゃうわぁ」


――言っている意味がわからなかった。


「リーシャちゃん、泣いちゃうかもしれないわよぉ」


その言葉を聞いてしまえば、言うことは一つだけだった。

懐いてくれる彼女の悲しい顔だけは見たくはなかった。


「……はい」


「うふ、見た瞬間に恋に落ちるほどの美形なんだからね?」


(まるで、俺がイケメンのように言うなぁ……)


不思議に思っていると、店の奥からリーシャが現れた。

白いコートは彼女の髪色に合っており、チェックのスカートがポイントとしてかわいらしかった。


「えっと……かわいい?」


上目遣いで、リーシャが心配そうな顔をして、こちらへと問いかけてくる、言う言葉は一つだけだ。


「あぁ、すごくかわいい」


「ほんと?えへへ……」


リーシャは顔を赤くして、花が咲いたような笑顔を見せた。


「ノロケはもうダメよぉ? とりあえず全部で銀貨5枚と言いたいところだけどぉ、いまいくらもってるのぉ?」


「銀貨5枚です」


「じゃ、3枚でいいわ、後の2枚で、おしゃれなカフェにでも連れて行ってあげなさぁい」


そう言ってリーシャへと近付くと、何かを耳打ちした。


「うん!」


リーシャは店員が顔を離すと、笑顔を輝かせて頷いた。

そして手に持っている黒いコートを差し出した。

最初に使っていたものだ、それを手にして、袖に腕を通し、ボタンをかけた。

ポケットにある銀貨を3枚取り出し、店員へと差し出した。


「またきてねぇん♪」


笑顔で手を振ってくる店員、いまさらだが、性別はどっちなのだろうか、と疑問に思ったが、これだけ良くしてもらっているのに、失礼なことは聞けなかった。

片腕にリーシャの重さを感じながら、店を出た。


「本当に、一瞬で惚れるほどなんだから」


店員の声が聞こえた気がして、振り向いた。

既に店へと続く扉は閉まり、店員の姿は店の奥へと消えてしまった。

気になったが、腕に抱きついたままスキップするリーシャに気を取られた。

全身で喜びを表す彼女に思わず笑みがこぼれた。


(……カフェ、いこうか)


やっぱり、人目につくのは苦手だが――それでも、リーシャが笑顔になるのなら、それでいいかもしれない。





白いテーブルクロス、四人用の机で食事をとる。

宿にある食堂には、早くにきたので誰もおらず、四人の食器のぶつかる音だけ響き渡った。


「……この街、みんな積極的ですよね?」


「何だ、路地裏で服でもひんむかれたか」


「いや、ナンパされました」


14回、朝から店に行って、カフェにいって、帰る、これでこの回数となった。

黄金の爪でも装備したのだろうかと思ってしまうほどに、エンカウント率が跳ね上がっている。


「ん?ナンパされたことがないような口ぶりだな」


「は?されるわけないじゃないですか」


次の瞬間、三人が思い切り噎せた。


「大丈夫ですか?」


「あ、あぁ、大丈夫だ、ヒトシ、お前女はできたことがあるか?」


「そんなものないですよ」


喧嘩を売られているようにしか思えないので、少しムッとした。


「その様子を見ると、本当のようだな」


ダンはニヤニヤとアイリスを見た。

その後小声で何やら言い争っていたが、何を言っているのかは聞こえなかった。

そのまま何事もなく食事の時間は終わり、落ち着いた後、ダンが話を切り出した。


「さて、明日は王都にいくぞ」


「ええ」


「まぁ一日走り続ければ着く、途中で一日宿をとって、二日といったところだろう、とにかく盗賊を考えて、先行投資として、護衛を雇うことにした、……つっても、金は無いからそれなりだからな」


「護衛?」


「あぁ、魔物を倒す者、つまりは冒険者と呼ばれる人のことだ」


冒険者……ファンタジックな響きだと思った。

いや、魔物や魔力が出てくる時点でファンタジーだった。


「それで、誰が来るのですか?」


「さぁ、急募として今日だしただけだからな」


「だ、大丈夫なんですか?」


アイリスの言葉に、同意を示すために頷いた。


「まぁ、安全な道だし、居なくても大丈夫だろうさ、今回は念には念をって感じだしな」


「通ったことがある道でしょうし、大丈夫だとは私も思いますが……」


アイリスはチラリとこちらを見た。

その視線に気づいて、こうべを振ってこたえた。


「大丈夫です、ちょっと怖いですが」


「それじゃあ、明日は朝起きて用意ができたら出発、これでいいか?」


まばらではあるが、全員頷いた。

それで解散となる、浴場は今日も開いているそうなので、部屋へと向かい、浴場の準備をする。

ガサガサと持物をあさっていると、


「お兄ちゃん」


リーシャがそう言った。

振り向くと、リーシャは少し辛そうに眉を潜めていた。


「だ、大丈夫か?」


「王都、いくんだよね?」


「え、あ、あぁ」


「だから、一つ約束したいの」


「うん?」


「ずっと、一緒にいてくれる?」


「あぁ」


そう言ってしまってから、少し考えた。

普通なら、そう言われれば少し考えてしまうはずだ、というのに、何故こんなにも素早い即答をしてしまったのか。


(――そうか)


彼女はこの水ぶくれしたような顔をみても気持ち悪がることも、怯えることもなかった。

それがたまらなく嬉しかったのだ。

この顔は、病気の爪痕のようなもので、忌々しい過去の記憶を思い出させてくる、しかしそれは逆に、この病気を治そうと、必死になってくれた両親の愛を感じられるのだ。

どれだけ卑屈になろうとも、どれだけ自分の顔が嫌になろうとも、この顔だけは心の底から嫌いになることはできなかった。


「――離れないよう、全力で頑張るよ」


あって二日という短い期間だ。

それでも、この小さな女の子は心の中で本当に大きくなっていた。

そのことに今、気付いた。

主人公のロリコンは加速する

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