3
仕事したくなーい!
「お兄ちゃん、起きて」
という声が聞こえて、パチッと目を開けた、昔から寝起きは良いほうだった。
仁志は起き上がって目の前の少女を見た。
一瞬誰だかわからなかったが、すぐに思い出した。
「元気になった?」
「うん、本当にありがとう……」
そう言って深々と頭を下げてくる少女の頭をポンッと叩いて、俺も立ち上がった。
「飯、つくろうか」
そう言って鍋を見る、昨夜の料理は平らげたので、空っぽだ。
しかし汚れている、このまま作っても、味が移ってしまうだろう。
「近くに川、ある?」
慣れてきたとは言いつつも、仁志の言葉づかいはまだたどたどしかった。
それを気にせずに少女は笑みを浮かべた。
「少し先にあるよ!さっき周りみてた!」
そう言って外へと指を向ける、あちらの方向にあるということだろう、そう考えて頷いて、外に出ると、後ろから少女もついてきた、振り向いて視線を向けると、ニコッと明るい笑顔を浮かべた。
昨日とは打って変わった明るさを見て、本当に良くなったのだと嬉しく思いつつも、戸惑った。
「ついてくる?」
「うん!」
その声に頷いて、川へと向かった。コートを着せて、寒い外へと向かった。
けもの道を歩き続けると、小さな谷がある、下に小さな川が会った。
枯れ葉に覆われた坂を下り、到着すると、川に鍋を付けて擦り洗っていった。
川の水が冷たく、手がすぐに真っ赤になった。
「お兄ちゃんの名前って何なの?」
「仁志、そういえば君の名前は?」
「リーシャだよ、ヒトシお兄ちゃん」
美少女からのお兄ちゃんというものは、舞いあがるものがある。
少し顔を緩ませながら仁志はせっせと洗っていき、ぬめりが取れたあたりでやめた。
鍋を持ち上げて反対にして、溜まった水を川へと流して、坂を登っていく、少し息を荒くしながら到着すると、木々が生い茂る先に、奇妙な生物を発見した。
茶色の半透明な生物、うねうねと自在に動いていた。
「スライム?」
ゲームでみたことがある姿に、思わず口ずさんだ。
「うん、たぶんそうだと思う」
リーシャが背後から仁志へと言った。
振り向くと、さらにリーリャは言葉をつづけた。
「どこにでもいるよね」
さも、知っているのが当然と言わんばかりの口調だった。
見たことねぇ!と混乱するのは仁志だけで、リーシャは厳しい目つきでスライムを睨んでいた。
「何もないし、見つからないようにいかなきゃ」
口ぶりから、危険な生物であることはわかった。
頷いて、歩き始めた瞬間に、足元でパキッという音が響いた。
はじかれるように下を見ると、大きな木の枝が、仁志の足に踏まれていた。
バッと素早くスライムがいた方向を見ると、目はないが、視線がこちらを向けられていることに気がついた。
「早く!」
リーシャの言葉に、反射的に地面を蹴って走り出した、すると後ろで、何かが焼けるような音がした、振り向くと、先ほどまでいた場所が、何かに濡れて、煙を放っていた。
スライムがやったのか!?と驚きながらも必死に足を動かしていった。
そのまま走り続けて、小屋へと到着すると、力が抜けて床に腰を下ろした。
そして気になって、リーシャへと問いかけた。
「……スライムって、どこにでもいるのか?」
「……?うん、下水とかにも生息しているって」
酸みたいなものを吐く生物が、どこにでもいるだって?なんだここは!?
意味不明な異常事態に、仁志は頭を抱えて、うんうんと唸った。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
顔を上げると、心配そうなリーシャがいた。
――とりあえず、小さな女の子の前では普通にふるまわなければ。
まだ余裕のあった仁志は、笑顔を向けて、
「ごはん、作るか」
と言って、立ち上がり、材料をあさった。
米を炊きたいところだが、蓋がなくても大丈夫かわからないので、今回は断念することにした。
その代わり、昨日の残りのうどんがある、味噌もあるし、味噌煮込みうどんかな、と考えて、消えかけていた炎へと、プリントを燃やし、薪を追加して炎を強めると、水を張った鍋を置いて、料理をしていった。
鶏肉を使いたいところだが無い、豚こまを代用することにして、味噌を溶き、みりんはないので砂糖のみでいいかと、砂糖を溶かし、白菜などを引きちぎって放り込み、ごぼごぼと沸騰したところにうどんを入れた。
「これ、なに?」
うどんの加減のを探っていると、味噌を指差してリーシャが問いかけてきた。
「味噌」
「ミソ?」
「大豆調味料、少し……手につけて口に入れて見れば?」
そう仁志が言うと、こくんと頷いて、リーシャは手の平に少し付けて、口の中へと放り込んだ。
「しょっぱい!……でも、おいしいね!」
「そうか」
うどんがもうじきといったところで卵を投入する、それがうっすらと固まったところで火から上げて、用意してあったお椀へとうどんを入れて行った。
温かい湯気を放つお椀を手渡し、手のひらを合わせてから食べ始めると、リーシャはそれをみて、真似するように手と手を合わせて、食べ始めた。
「おいしい!」
「そうか」
半熟卵を割ると、とろりとした黄身がうどんと絡まり、啜っていくと、味噌のすっきりとした味が、黄身によりコクのある味へと変わり、口の中いっぱいに広がった
リーシャを見ると、かきこむように食べていた。
「おかわりは?」
「いいの?」
昨日あれだけ食べておいて何を、と思いつつ頷くと、リーシャはパァッと顔を輝かせて、お皿を差し出してくる、それを受け取り、盛り付けて手渡しすると、再度かきこんでいく、朝なのに良く食べるやつだ。
「一つ聞きたい」
仁志がそう言うと、リーシャは食べるのを止めて、お皿を床へと置いて、お箸をお皿へと載せた。
「うん」
「ここはどこだ?」
「国は、アラネットだよ」
しょっぱなから知らない名前で、頭が痛くなったが、頷いてさらに問う。
「街へは、どういったら?」
すると、とたんにリーシャの顔色が悪くなった。
「……行くの……そう、だよね」
「とりあえず知りたいことがあるし……リーシャちゃんはその……家族は?」
「捨てられた」
サラッとドギツイことを言い放たれた。
リーシャは真顔で、すでにそのことを思い出すのは慣れているようだった。
「……そうか、それじゃあどうしたい?」
仁志がそう言うと、リーシャはパッと顔をあげて、仁志をまっすぐと見た。
「お兄ちゃんと、いっしょにいても……」
「俺もよくわからない状況だからね、どうなるかわからないから……警察とか……孤児院とかあれば、そっちのほうが安定してるけど……」
「……嫌、ですか?」
「いや、ただ単に俺がどうなるかわからないというだけで、安定できればいいんだけど……」
そもそも、高校で養子はできないだろうと、仁志が考えていた。
「安定したら、一緒にいてもいいの?」
ぐいぐいと来るリーシャに、押されていく仁志だった。
そして遂に、
「まぁ、いられるなら、いくらでも」
「やったぁ!」
押され切って頷いてしまった。
リーシャの輝くような笑顔を見て、訂正するのも憚られた。
「とりあえず街にいこう、どっちかわかるかな?」
「たぶん、川の先に……」
リーシャの言葉に、そういえばと思い出した。川を下って行けば街があると言う話を聞いたことがあった。
「じゃあ、いこうか」
そう言って周囲の荷物をまとめ上げ、自転車に乗せて川へと向かう、周囲を警戒するが、スライムは見えず、川の見える範囲内で、下り始めた。
ここは、山のようだ。
思い自転車はかなりの足かせではあったが、自然を抜けて下りきると、野原が広がっていた、乗って走れそうだ。
周囲を見回す、昨日見た山が続き、野原はどこまでも続いていた。
「後ろに乗って」
「うん」
リーシャへと声をかけると、素直に頷いて、後ろへとよじ登り、自転車の後部についた席へと座った。
ぐっと足に力を入れて、地面をこいでいった。
舗装されていない道はガタガタと振動した。
「あの、お兄ちゃん、抱きついてもいい?」
「え? あ、あぁ」
リーシャの言葉に頷くと、腰回りに力が加わった。
しかし、この女の子は俺に何故こんなにも懐いているのだろうか、自分で言いたくはないが、俺の顔は化け物だ、水木茂の描いた妖怪を思わせるほどに、不気味で、殴られたようにパンパンに腫れているのだ、小さな女の子なんて、見ればすぐに泣いてしまうだろう、助けたということからだろうか。
しかし、それを問いかけるのは嫌だった。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「ありがとう」
「あぁ」
そっけない態度で返す、しかし、仁志は笑みを浮かべていた。
そして強くペダルを踏みつけ、ぐるぐると回す、そうすればそれと比例して、自転車の速度はぐんぐんと上がった。
――まぁいいか。
そう割り切って、仁志は空を見上げた、雲ひとつない空では、まばゆい光を放つ太陽がてっぺんにあった。
街へは、次の次です。
美醜逆転はギャクの色合いが強いけど、ほのぼのとできたらいいなぁ




