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18

アイスは側面を少し溶かした後、溶けたところと一緒に溶けきっていないところを削りとりながら食べる派。おいしい。

一万文字近くなったのは、その……すいません。

一本の紐に支えられた、サッカーボール大のやわらかそうななにかがたゆんたゆんと揺れている――。

仁志はピントが外れたような頭と視界の中、事の成り行きを眺めていた。


「――ヤバイわね。あいつらガチで強――いッ!?」


銀の閃光が、蒼然としている月光のみが照らす世界に現れる。ぼやける視界に見えるのは家の屋根、仁志は訳は不明だが屋根の上にいるのだと理解した。


「ヒトシさんを放せッ!」


覚えがある声が響き渡った。水に潜っているときのような、淡い声だ。

銀閃がぶつかり合い、甲高い音と火花が激しく飛び散った。音は工事現場を思わせるほどに激しく、頭痛がするほどに頭で鳴り響く。

意識が上下する。暗い海に浸ったりあがったりした。くらくらとする頭の中でヒトシは思う。

どうして、こんなことに……と。





その日は晴天だった。からりと晴れた高い空が清清しく、冬から春に変わり始めたのだろうかと考えさせるほどに暖かさを取り戻し始めた一日。


「もうまもなく春ってところだ。春は一月程度だから、夏服を用意しておけ。春服とかはそこまで考えなくていい」


オークション会場へと向かう中。アイリスもリーシャも付いてこなかったために、馬車の中は前回と同じくがらんとしており、二人のみだった。メルラドとファイサは会場には入れないために、外での待機となるため、別で行くらしい。

話題といえばオークションについてくらいのもので、それもすぐに途切れてしまったために、ふと頭に思い浮かんだ季節について訊くと、そう返答された。

聞いててよかった。リーシャの服はオークション後にお金が入ってから買おう。この世界の服装はどんなものなのだろうか、などと思っていると窓の外から会場が見えた。


「あ、見えてきました」


と、仁志が言ってダンをちらりとみれば、リトマス紙のように一瞬にして顔色が真っ青に変わった。

歯をガチガチと音を鳴らして、呼吸音が変だ。ラマーズ法のような呼吸法を使用している。


「そそそそそうかぁ、へったたたのししみみみみだぜぜぜ」


笑いが込み上げてくるレベルの動揺だった。

いや、訂正しよう、笑った。仁志は腹を抱えて、馬車の中で笑い転げた。

「もう笑うなよ!」と顔を真っ赤にしたダンが叫ぶまで止まらなかった。

仁志の笑いの余韻も収まらぬままでオークション会場へと到着、準備は迅速に終了し、商品出品者席へと通されれば、すぐにオークションは始まった。


「さて、本日はすばらしきオークション日和となりました――」


定型的な開会の挨拶が開始された。豪華絢爛な服装の貴族たちが憮然とした態度で席へと座っていた。二階部分からはハーフミラーらしき窓枠が設置されている。

その光景を一階部分に設置された別室で眺めていた。窓枠があり、そこから見渡せる。向こう側がハーフミラーであることから、恐らくはこちらもそうなのであろう。

仁志はちらりと横に居るダンを見た。青くなったり赤くなったりと忙しく変色を繰り返していた。


「こ、興奮するぜぇ……」


意味不明なサムズアップと共にダンはひきつった笑みを浮かべて言った。

緊張っぷりに仁志は苦笑いを浮かべる、どうにかしてほぐしてあげないと、いつのまにかショック死しそうだ。


「こういう豪華なところでなにかをやるってことがないので、驚きですよ」


「おおお俺もだ」


「そういえば俺はどうすればいいんでしょう?」


「ああああ、そうだなぁ実をいうとろみゃ、痛い!舌噛んだ! ――ふぅ、と、特にやることはない、すでに箔はついたしな。お前の存在と共に魔法ではないということを鑑定してもらった商品がいくつかありゃ、アラトロス産であろうとされる。たしかにアラトロス産を騙り、金を不当に得ようとするやつは多いが――このオークションでやろうなんて思うやつはいない」


(箔って、いつ付いたんだろうか? 俺は誰とあったわけではないハズだけど……)


由緒正しきものには、それを裏付けるものがあるのだからと言葉には暗に含まれていた。仁志は首をかしげながら頷く。

舌を噛んだおかげであろうか、ダンの緊張はかなりうすれたようだ。

他愛のない日常を話していると、人々が一様に金額を言い合う、金貨数枚から数百枚といった数値が飛び交っていた。


「そういえば、金貨っていくらくらいなんでしょうか?」


「んあ? すまんよくわからんが、とりあえず金貨数枚で一年ほど一家族が不自由しない」


……日本円に直すと一枚百万くらいあろうか。

そう考えてみると、今目の前に行われていることが末恐ろしく感じてしまう。百万から億単位がぽんぽんと口から飛び出しているのだ。これがセレブというものなのだろうかと戦慄してしまう。

日本では叔母さん――父の妹である沙希さんにお世話になりつつ、遺産は基本こちらが持てと渡された。ダークな物語では親戚がこぞって遺産を奪うなんてこともあったから身構えていたら拍子抜けしたことを思い出す。沙希さんから渡された通帳の額が目が飛び出るほどではあったが、目の前の光景を見るとその驚きでさえ微々たるものに見えてしまうものだから、困りものだ。

そういえばお金はどうなるのだろう――帰れなかったら、お世話になった人たちへと渡って欲しくはあるのだが――。と、仁志が考えたところで胸が締め付けられる気分になった。

――帰れないのだろうか。両親の仏壇は埃にまみれていないだろうか。


「どうかしたか?」


仁志はダンの声に我に返った。不思議そうなダンがこちらをみている。

仁志は無理やりに笑みを浮かべ、言った。


「いえ、なんでもないです」


オークションは進んでいった。そして最後に、目玉として配置されたアラトロスからの出品――つまり、仁志とダンによるものだ。

会場がざわめき、現れるときには沈黙した。商品説明はされていくが、なぜアラトロスからのものだと呼べるのかは説明しない、そこからも如実に真実であると物語っているようだ。

高級そうなガラスケースに入れて運ばれてくる日用品に、仁志は笑いがこみ上げてきた。

が――それは落札がはじまるまでだった。気が付けば万を越え始めたそれは、逆に罪悪感を感じさせた。仁志はちらりとダンを見ると、停止していた。うんともすんとも言わず震えることも無く。

合計金額はいくらになったであろうか、とんでもない数値に思考は停止し、仁志の頭の中ではなんかすごいことになった、としか考えられなかった。

オークションの閉幕。その瞬間、あたりが一瞬のうちに暗闇に染まる。なにかの演出であろうかという予測は、早々にハズレであることを示された。

天井に白い、小さな太陽のようなまばゆい球が現れた。それが司会者の居たはずの場所に立っていた。

金色の髪、上半分は蝶をモデルにしたであろうマスクによって隠されているが美女であることがよくわかる顔立ち、唇は真っ赤な口紅が塗られ妖艶さを感じさせた。

服装は――ちょっとアレではあるが、仁志は男である故に、思わず見てしまう。紐を着ているとしかたとえようの無いそれは、動くたびに女性特有――女性の平均よりもはるかに大きいであろう双丘が質量を感じさせる揺れを見せている。

仁志の頭の中で、前回オークション会場へ入ったときの女性騎士の言葉が思い出された。

『ものすごい醜女なのに、ものすごい露出をしています……』

ハッとした。そうだ、ここは美醜逆転世界ではないか。服装はアレだが、仁志にとっては理想的な女怪盗ではないか――。脳裏にルパン三世のOPが鳴り響く。

さすが異世界だ! 仁志の興奮は急上昇――


「『通る道全て吐瀉物よ!』怪盗ティレニア、参上!」


一瞬で萎えた。







「さて――中々にすごいところにリーシャ様はいるようだ」


夕焼けが世界を薄暗い橙に染め上げている中、キサラは静かに前方の屋敷を見た。黒い鉄格子で囲まれた屋敷は、その主を考えるとまるで重厚な要塞のように思えた。

ヴィットーリオ・アンゲローナ・アラネット。異端の王家と呼ばれる一族。

初代国王から派生した一族は複数存在するが、この一族はその中でも巨大な権力を有している――が、権力闘争に出陣することは無かった。

巣穴で眠る龍を思わせる、静かなる存在、本家にとっては味方にすれば最高、敵にすれば最悪。先見の明もあり、一族の内に入れられたものは大事を成すか、偉人であるとされる。

ひとたび号令をすれば、国の英傑、またはその血筋たちが集まるとされる化け物の巣穴。

王都にあるはずなのに、魔境だとしか言いようが無い、知らずのうちにキサラは己が冷や汗を書いていることに気づいた。

額を拭い、魔法を構築し、盾を展開する。

……一気に、駆け抜けるッ! 鉄格子を抜ければ防護魔法が自動追尾攻撃を開始し、構築した盾にはじかれた。それでも攻撃の手は止めることはない、いつしか盾も持たなくなるであろうと予想し、剣を鞘から引き抜き、魔法を一閃のもと切り伏せ続けていった。

リーシャ様の居る場所は――あそこだ。別館をロックオンして駆け抜ける、恐らくは離れれば攻撃は止むであろう。

弾丸のように駆け抜ければ、予想は的中した。攻撃は止み、静かに胸をなで下ろす。

――が、


「お客様、入り口からどうぞ」


視界一杯にメイド服の少女が現れたかと思えば、キサラは気が付けば入り口に居た。

門番が驚愕の表情を見せているのを視界端に映しながら、キサラは門の先で行儀良く歩いてくる初老の男性、アルフレッドを見た。

優雅な一礼。現実的なそれを見た瞬間、キサラの中の恐怖が思い出したかのようにざわめいた。


「どうぞ、お入りください」


先ほどのたとえが真実であると伝えている。ここから先にいけば――龍とかち合うことになる、と。

自然と喉が鳴る。震える体に力をこめて第一歩を歩き出した。


「――失礼しました」


「いえ、前々から主様は貴女とお会いしたかったとおっしゃっておりました」


「……いつごろから」


「あれはそうですねぇ、十年以上前になりますか」


ハッキリと善悪の区別も付かぬ子供時代である。キサラは脳裏に父の顔を思い浮かべた。十年前に焦燥感漂わせる父は、アンゲローナの家には近づくなと声を大きくして言い放った。


「そう、ですか」


なにも言えず口を閉ざすしかなかった。


「ですが――本日はそのような時間がないようでございますね」


彼らはどれほど見透かしてくるのであろうか。目の前の老人は本当に人であろうか、信じられなくなってくる。


「まぁ、主曰く感動の再開を邪魔するなどという無粋なことはしない、とのことでございます。本邸宅には向かわず、姫君が折られる別館へと向かいましょう――では、ルナリア」


「了解です」


「あ、貴女は」


一瞬のうちに現れるルナリア。キサラは一瞬のうちに、先ほど不思議な現象を起こしたメイドの少女であることに気づいた。

ルナリアは驚愕に染まるキサラの顔を一瞥もせずに身をくるりと翻し、歩き出した。慌ててアルフレッドへと頭を下げた後に走り出す。


「申し訳ない、ひとつ聞かせて欲しい。あの現象――突然門へと私を動かした力は何なのでしょう。瞬間移動といった特殊なものということでよろしいのでしょうか」


「天は二物を与えぬとよく言われますが、私にとっては一つとしてお与えにならないようでございます。えぇつまりそれが答えなのでございます。私には特殊能力など無い、瞬間移動も空間を切り取ることもできませんし、時を止めるなんてこともできないのです。私にできることは幾重の魔法を使用し、貴女を防護し、光速で走り、衝撃波を中和することぐらいなのです」


「……は」


なにを言っているのだ――と言う前に、剣を前に出されて言葉が止まった。攻撃であろうかと思えば、剣は静かにキサラの居ない方向へと向けられた。

いや――違う。今考えるべきなのは違う。彼女は剣を持っていたか?

困惑するキサラの思考は、現れた轟音にかき消された。

呆然。キサラは振り向けば、前方の森は抉り取られ壊滅していた。

かと思えば一瞬のうちに木々は正常に立ち、土は綺麗に整地されていた――。

目が合う。

――つまりはこういうことで、と瞳が告げていた。


「……ありがとう」


「どういたしまして、と言うべきでしょうか」


再び歩き出した。今度は別館へと到着するまで沈黙に支配されていた。

館内部へと入っていく、奥へと向かい、階段を登る。通された部屋には、三人の少女がいた。

車椅子の少女。気の強そうな少女。そして――リーシャ。

見えた瞬間、思わず駆け出してしまった。


「リュティシア様!」


声を上げた瞬間、気の強そうな少女――アイリスの瞳が近づくものを捕らえると、即座に顔が強張りリーシャを護るべく立ちふさがった。


「キサラ……?」


「リーシャ?」


知っているのだろうか、アイリスは背後を振り向けばぎょっとした。涙を流すリーシャ、見える感情は恐怖などではなく、驚愕であった。

表情は再び変わる、喜びへと。アイリスは些か理解できないようだが、目を細めて、壁になるのを辞めた。

二人は抱き合った。リーシャのみならず、キサラでさえも泣き声を上げて。







ファイサの強化魔法を付与し、メルラドはロッカと対峙し、剣をぶつけ合う。

メルラドは真顔ながらも内心は驚いていた。ファイサの強化魔法は一級品であり、これを使用すれば格上であろうとも倒せるであろうし、倒してきた。

が――剣は肉体に届く前に防がれ、はじかれていった。中々に格好の悪い悲鳴じみた声を上げているが、剣術は堂に入ったものであった。

現状は五分五分と言いたいところだが、些かではあるがロッカのほうに分があった。

理由は簡単、ヒトシを担いでいるためだ。メルラドの魔法剣は威力が高すぎる、ファイサの魔法も同上。力をこめてヒトシにあたれば致命傷になるかもしれない。

盾にされるかもしれない恐怖がメルラドを支配していた。

相手が片手であれば何かしら隙ができるであろうと願いじみた予想を立てるが、相手は片手使いのようで、希望通りの隙など作ってはくれなかった。


(――なんでこんな強いヤツがいるのよぉ!)


攻めあぐねているのは片方ではなく両者であった。ロッカは逃げなければいけないが、メルラドが予想以上に食らいつく。

実力はこちらが上だろうが――背後の魔法使いとのコンビが適格だった。ちらりとメルラドの背後に付いてくるファイサを、ロッカは瞳に映す。

戦闘している二人に付いてくる程度の速度は出せるようだ。こちらをじっくりと見つめ、抱えるヒトシを奪わんと鬼気迫る表情をしていた。

そのときである。もぞりと抱えているヒトシが動いた。

ぴくりと両者が反応する、もちろんファイサも気が付いた。顔を上げてふるふると左右に動かすと、ちらりとロッカを見た。


「……あ、おはようございます?」


沈黙が走った。仁志としては反射的な言葉だったが、場違いも程度というものがある。

両者沈黙した。ぽかんと口を半開きにしてその光景を眺めたが、すぐに我を取り戻した。

――それが両者の勝敗を決した。

勝利した理由は簡単、


「メルラドッ!」


相棒だった。

メルラドは仁志へ抱きつくように掴む、負けじとロッカも力を入れるが腹部の鈍痛に力が抜けた。

胃から昇ってくるなにかを感じながら下へと視線を移した。腹部に鉄の装飾がされたブーツがめり込んでいた。

地面へと墜落するロッカ。ヒトシを抱えてくるくると回りながら地面へと降り立つメルラド。それを追って同じく落ちたったファイサ。


「ファイサ!仁志さんを!」


メルラドは鋭く叫ぶと、ヒトシを静かに地面へと置いた。弾丸のように跳び、体制を立て直そうとするロッカへと瞬時に近づき、剣を突きつけた。

ロッカは静かに敗北を悟った。手を挙げて、疲れたようにため息を付いた。


「一週間は用意する時間が欲しかったわ……」


「それで、貴女は何故ヒトシさんを?」


返されたのは苦々しげな笑み。


「幼馴染のお願い、よ」


「幼馴染?」


「――どうしたものかしら。ハッキリとはいえないのよ、幼馴染は必死だし、それを止めるわけにもいかないし。そもそも私には規模が大きすぎるし」


「なにを言っている?」


「リュティシア・アンテヴォルテ・アラネット」


メルラドは息を呑んだ。剣を持つ手に力がこもり、低い声で問う。


「王族の手のものか――!」


敵意を持ってロッカを睨んだ。対するロッカは一瞬驚いた後、何かを考え始めた。


「逃げ出そうと考えようとも無駄だ。後ろにはファイサがいる」


「……ねぇ、貴女。リーシャっていう娘の味方ってことでいいのかしら」


「……否定しない。だからこそ、お前の敵だ」


ロッカは首を振る。どうやら根本的にすれ違っていたことに気づいた。


「キサラっていう名前、聞いたこと無いかしら?」


「キサラ――キサルピナ・ロンバルディア、か? リーシャの騎士であった」


「キサラという愛称をすぐに理解する。……よくわかったわ。さて、いま一番必要な言葉を言おうかしら」


長い長いため息を付いた後、ロッカはメルラドの眼を真っ直ぐに見ていった。


「私はリーシャっていうの仲間で、依頼主はキサルピナ・ロンバルディア。そして今彼女はリーシャを国から護るべく行動しているわ」










話の筋を聞いたメルラドとファイサ、仁志はロッカを引きつれ屋敷へと戻ってきた。とはいえども、はいそうですかと信じられるはずも無く、キサラの動向について知るために本拠地へと向かった。

思い切り依頼の失敗をしたロッカはどう怒られるであろうか、いや私は無理やりやらされたのだ、寧ろ逆にキレる権利があるであろうと一人納得して三人に付いていくと、出迎えたのはキサラであった。驚くのはロッカである、合流地点は王都外にある小屋であるというのに、なぜここにいるのか。

問えば帰ってきたのは、


「すまない、ダメだった」


という完結的かつ明瞭な返答だ。大失敗。ロッカは現実に頭をかきむしった。紐みたいな服を着せられて羞恥にまみれた行動をして、失敗だと。

収穫といえば激突でボロボロになった服ともいえない紐がボロボロになって、目のやり場に困ったイケメン神のコートぐらいなものじゃないか――最高の結果だったと思う。これに包まれて死ねるなら絶頂と共に逝ける。


「なんというか魔境だった。音速をはるかに越えるメイドさんがいるとは」


「は?」


「いや、心の片隅でいい、とりあえず私が千人居てもここは落とせない」


「あはは、冗談キツイ……え、本当に?」


無言。それは肯定を意味していた。愕然とするロッカ。周囲を見回せば――なるほど魔境だ。ブスの森だ。


「なんか今すごく失礼なことを考えられた気がするわ……」


「何のことかわからないわね」


鋭いアイリスと、すっとぼけるロッカ。

緩み始めた空気を、圧力を含ませて一気に引き締める一言を放つ、リリィ。


「で――なにをやりたいのでしょうか」


「……うむ、そうだな。私はリーシャを幸せにしたい、普通の女の子のような生活を送らせたい」


「キサラ……」


リーシャは涙ぐみながら呟いた。キサラはそれに微笑を返す。


「この国は強大だ。そのために市井に生きるという選択肢はかなり微妙になる。他国でさえも影響下に置けるほどなのだから、発見される可能性がある。だから単純に分けて二つの選択肢がある」


ぴしりと二本の指を立てた後、一本に変えてキサラは説明を開始した。


「影響下に無いところまで逃げる――現実的ではない。それどころかアラトロスまで逃げないと無駄という可能性もある」


――アラトロス。ちらりとアイリスやリリィといった、仁志がアラトロス出身と教えられた人々の視線が向けられるが、結局のところ家がある世界だという確信は無いために仁志は口を開くことは無かった。

キサラは二本指を立てた。


「二つ目は、王国が手出しできない勢力を築くこと」


「……聞いてるとどちらも現実的でないように聞こえるんだけど」


アイリスは不満そうに指摘した。キサラはククッと苦笑した。


「そう可能であるとは口が裂けてもいえない――だから私は一つ賭けをした」


「賭け?」


一同は首を傾げる。キサラは指を一本に戻し、仁志へと指を差した。


「アラトロスの勇者、そして貴方の今までの私たちに対する反応。そして――リーシャに対する感情」


目頭に力を入れて、キサラは仁志を見た。


「問うのは三つ。一つ、リュティシア様への感情。二つ、アラトロス出身かどうか、三つ――貴方の性癖、なにが好きかということ。この三つのどれかが満たされることで、ぐっと二つの選択肢が現実的なものとなる。

 だからこそちゃんと答えていただきたい。特に一つ目を。……貴方に負担を強いることとなるのだから、貴方がリュティシア様を護りたいと真に思うなら、私は迷うことなく願うことができる。

 リュティシア様を救ってください、と」

 









「ぜぇ……ぜぇ……」


ダンは脳裏に今までのことを思い出す。変なやつが来たと思えば、狙い済ましたように仁志の前のハーフミラーにナイフが数本突き刺さり、ぱりんと軽い音がしたというところまではハッキリと覚えている。

ダンは仁志に逃げろと叫んだ。しかし、仁志が反射的に動く前にそれは連れ去ってしまった。

怪盗ティレニア。露出狂にしか見えないヤツは、闇夜に消えた。

外に出れば遠くで鉄と鉄がぶつかり合う音が聞こえた。護衛二人がいないのを確認し、ダンは遠くの音が彼女たちと怪盗によるものだろうと予想する。

周囲を見回し、彼女たちに加勢する勢力はいないものかと考えるが、衛兵といった戦力になりそうな人々は倒れていた。吐瀉物を吐いているやつもいる。

『……エリート共のくせによぉ』

吐き捨ててからすぐに、そこらで暇そうにしている馬へと飛び乗った。御者がなにかをいっているようだが知るものか。

走り出す。とはいえども、加勢できるほどに強くない。足手まといになるのが関の山だろう。

ならば、できるものを呼べばいいのだ。向かう先は既知の場所。あの男に頭を下げてやろう。無理難題をふっかけられるであろうが、安いものだ。

馬を全力で走らせる。到着したころにはびっしょりと汗が噴出し、張り付くほどになっていた。

門番である兵士へと挨拶をそこそこに駆け抜けると、目の前にアルフレッドが現れた。驚き馬を無理やり止めると、アルフレッドは一礼をした。


「ダン様、仁志様は無事でございます」


「――そうですあ。何でも知ってるようでなにより」


「全てを知るほどの知恵はありません。知っているのは好奇心があるものだけでございます。たとえば――この国の行く末といった」


「ははは、そうですかそうですか、それでも私にとってはなんでも知っているようにしか見えないのですよ。さて、アルフレッド殿――いえヴィットーリオさんよ。その気持ち悪い言葉遣いはいつやめてくれるんだ?」


月光の元、アルフレッドの表情は一変した。紳士的なものから、荒々しく。


「ハハハ、そうだな、気持ち悪いのはお互い様だろうがよ。はじめのころの言葉遣いなんて気持ち悪いことこの上なかったぜ」


そういってから男二人は顔を見合わせゲラゲラと笑いあった。


「んで、なにを企んでやがんだ」


「――話を聞くためのチケットは高いぜ?」


「ほう、どれくらいだい。言ってみろよ、倍にして出してやるぜ」


「じゃあ倍にしてみろや。ダン」


ヴィットーリオはにやりと笑い、言い放った。

その瞬間、ダンの瞳は大きく見開いた。





「――ダン、アラトロスへ行け」

異世界に飛ばされたとある青年、仁志。

訳もわからず、元の世界とがらりと違い、中世ヨーロッパ風味の世界をさまよっていると、奇妙なヤツに勧誘されることとなる。

それが――彼のホスト伝説の始まりだった。


みたいな物語。


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