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16

今回の話は暗め。休暇だから早め

「あんたなんて産むんじゃなかった!」


幾度と無く繰り返された言葉をきいて、リーシャは虚ろな瞳で母を見上げた。白髪交じりの髪と、憤怒の表情をした母が感情の赴くままに周囲の物をこちらへと投げつけてくる。

すべてリーシャの前で落ち壊れた。それは母の愛によるものなのだろうか――間違いである。母の腕は長期間のストレスと運動不足によりやせ細り、枯れ木のように細く、握れば折れてしまいそうだった。

家に帰れば罵倒され、外に出れば嘲笑され、リーシャの心は逃げ場がなかった。すがるものが無かった。

「気持ち悪い!」「一緒に御飯食べないでよ、吐き気がする!」「なんて化け物みたいな顔!」

支えてくれるものがなく、地面に倒れ付したリーシャは、降り注がれる罵詈雑言にただただ腐っていった。

死ねば逃げられるのだろうか。毎日のように思っていた。

それでも生きてきたのは淡い淡い希望と、死への恐怖があったからだ。

『お前は欠陥品だ』と実の父に言われた。玉座の上で、父の嘲笑と憎悪にリーシャはただ顔を真っ青にして震えるばかりだった。


――わたしは


魔法が使えた。才能があるといわれた。先生の気色の悪いものをみる視線に苦しみながらも歓喜で打ち震えた。

わたしには魔法がある。

わたしは、邪魔な存在じゃない。

よりどころが現れたことに、リーシャは藁をもすがる思いで魔法へとのめりこもうとした。

が――初手でそれは崩壊した。

異常な魔力。人の数十倍以上の力。


「ば、化け物だ……! 」


脂汗をかいた先生は、顔を青くさせて私をみていた。リーシャは首を傾げる。なぜこの人は驚いているのだろうか。

ちらりと横を向く、先ほど魔法を打ち込んだ地面が、じゅうじゅうと音をたてて煙を上げていた。

初歩の魔法だといわれた魔法でできあがった炎の玉。小さな小屋ほどのそれは巨大なクレーターを形作っていた。

ざわざわと周囲が騒がしいどうかしたのだろうか。


「化け物よ……」


「恐ろしい……」


「化け物だ……」


「なによあれ……」


賞賛されようと打ち込んだ一撃は周囲からの侮蔑の視線に恐怖を足した。

魔法でさえも、助けてくれなかった。

ただでさえ壊れかけた心は、ひび割れどころか欠け始めた。リーシャはなにもかもが怖くなっていった。

なにかに縋ろうとした。生き物に縋ろうと、小鳥を愛せば、部屋の中で血まみれになって吊るされていた。

外に出れば石を投げられた。血が流れたわたしを、誰も助けてはくれなかった。

部屋の中にいれば、お母さんに物を投げられた。当たればお母さんは狂喜した。


――わたしは、わたしは、わたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしは


リーシャは雨が強く振る日に、敷地内にある森に一人でいることを好んだ。

探す人もいない、外出する人もいない、誰もいない世界。

誰も気づかないようにと小声で歌を口ずさむ。

雨に打たれながら空を見上げると、世界がなにかに染まった。白いなにかがリーシャを雨から護った。

凛とした女声が響き渡った。


「こんなところにいましたか」


「……」


「おっと、申し送れました。このたび貴女の護衛を任命されました。キサルピナ・ロンバルディアと申します。貴女は、リュティシア様――ですよね」


「……」


「まぁどちらでもいいのですがね。雨に濡れてはいけない風邪を引くと本当に辛いものです。こんな顔ですから父にあまり好かれてなくて、幼馴染くらいなものですよ、看病してくれたのは」


「……」


「あの、家に帰りますか?」


リーシャは首を振った。力なく微小な動きだったが、キサラはこくんと頷くと、傘を差したまま口を噤んだ。

そのままじっと二人は静止していた。時が止まったかのようだった。

どれほど時間がたっただろうか、はじめてリーシャが口を開いた。


「キサ……ル……」


「キサルピナです。キサラと呼ばれていました」


「キサ、ラ」


「はい、なんでしょうか?」


「なんで……なん、で」


「なんで護衛をしているか、ですか? それともなんで私のようなヤツが騎士なんかになれたのか、ですか? 理由としては先の戦で大きな勲を得ましてね。英雄と呼ばれるくらいには大きなことをしたつもりです。その結果騎士になりました。家も辺境伯と高位ですし、こんな娘とはいえなにもあげなければケチがつくのは決まっていますからね。お情けみたいなものですよ」


キサラは言い終えてからぼろぼろな少女を真っ直ぐと見た。瞳に光は映さず、やつれきり、生気など一点もみえない。

この任命は確実に邪魔者を封じ込めるためのものだと理解するのは容易かった。

だけど――これでよかったのかもしれない。一人として味方がいないであろう彼女の味方となれるのだから。

膝を曲げてリーシャの隣へと座った。お尻がひんやりと冷たい。


「リュティシア様、雨がお好きですか?」


リーシャは小さく頷いた。


「私も好きです。雨は外に誰もいなくなるんです。雨に濡れたいと思う人はとても少ないから。だから幼馴染と傘を持って外に出ると、視線を気にせずにいられる」


「あ――」


おなじ、わたしもおなじ。

リーシャは鼻の奥がツンとして、涙が零れ落ち始めた。枯れたと思った涙が、大粒の涙が頬をつたった。


「ああ、あああ、あう、あぁぁぁ」


拭っても拭っても、それは終わらない。鼻水もながれ、リーシャの顔がぐしゃぐしゃになっていた。

リーシャの頭にぽかぽかとしたなにかが乗せられた。ゆがむ視界の中、リーシャはキサラの手が乗っているのだとわかった。優しく撫でてくれている。

その瞬間、さらに涙が決壊した。止まらない止まらない止まらない。

はじめて感じる気持ちだった。心がきゅうと締め付けられて苦しくて、それでも温かくて嬉しくて。

キサラは優しくリーシャを抱きしめた。鎧は硬く熱を通さないはずなのだが、とても温かかった。キサラはリーシャが泣きつかれ寝息をたてるまで、頭を撫で続けた。

それからは幸せだった。

リーシャが時々夢だと思うぐらいに。

ご飯がおいしかった。

お母さんが怒っても、キサラがパパッとどこかへ連れ出してくれた。

そのことでけちをつけられても、キサラは舌先三寸というやつで言いくるめてくれた。

わたしを嘲笑する人が来る前にササッとその場から離れてくれた。

お話をすれば知らないことばかりだった。

勉強の時間はとても楽しかった。

魔法を見せれば少しびっくりされたが、拍手を送ってくれた。

――夢は終わるものだった。

終わりは、キサラの栄転によるものだった。

騎士団への正式拝命。

騎士といっても名ばかりだったが、栄転によりキチンとした騎士となる。

喜ぶべきそれは、諸手をあげて送り出すべきそれは、リーシャが再び一人になることを明白に物語っていた。


「……ふざけている」


渡された書類は強く握られ皺ができていた。リーシャがやっと明るくなったときだった。

王族たちの気に食わなそうな視線は感じてきた。

やつらは、どこまでも、どこまでも腐っているんだ!


「キサラ」


キサラははっとして声がするほうへと振り向いた。リーシャが貼り付けたような笑顔で立っていた。


「すごいね! 騎士団に配属することになるなんて!」


「リュティシア様……ですが」


と、言いかけてキサラは口を噤んだ。この拝命を拒否すればそこからケチをつけられ、騎士をやめさせられるだろう。やつらならそれぐらいする。今私がいるのは、王族ですら無視できない家の地位と、ケチのつけ辛い現状にある。

……結局のところどうにもならないじゃないか。


「大丈夫。わたしは大丈夫だよ」


精一杯の笑顔を見ながら、キサラは歯を食いしばった。受けても受けずとも彼女は一人ぼっちになる。


「リュティシア様、待っていてください。少し待っていてください。いつか、いつか絶対に。ここから貴女を連れ出せるくらいに強くなります、強く、強く」


キサラは黙っていれば涙が零れ落ちそうだった。急かすように言葉を羅列していく。


「――うん」


「そう、そうだ。リュティシア様。外を出たらどうしましょう。一般人になるんです、外の国はこの国ほど容姿差別がありません、だから普通の女の子みたいに生きられます」


「――うん。わたしね、いつも考えるの、普通の女の子だったらって」


「そうです。いつかなるんです。いつか、いつか――してみせます」


「普通の女の子。リュティシアじゃなくて、リーシャっていう、普通の女の子。誰かがわたしに笑いかけてくれるの、男の子でも女の子でもいい。誰か――誰か……」


リーシャはくしゃりと歪んだ。涙は流さなかった。

後ろ髪をひかれる思いで、キサラはリーシャの元を去ることとなった。

再び戻っていく世界、それでもリーシャは未来への希望が現れたために心が強くなった。罵詈雑言、嘲笑う声、日々ぶつけられる心無い言葉にも耐えられるようになった。

だが、世界というのはそれでも残酷だった。

気がつけば、真っ暗な場所にいた。リーシャは一瞬夜かと思ったが、間違いであることはすぐに気づいた。


(違う、目隠しをされているんだ)


不規則な振動。馬の嘶き。蹄が大地を叩く音。車輪の回転音。手が縛られている――。


(どこかへ、連れて行かれているの?)


感知できる範囲でどうなっているのか理解しようと息を潜めていると、頭上から男の声が聞こえた。


「さて、どこで処分すればいいんだ?」


「あとは任せるんだってよ。けっブサイクとはいえ子供を殺すたぁ、俺たちも落ちぶれたもんだ」


「なにあまっちょろいこといってんだよお前は」


(……処分)


顔から血の気が引いていくのを感じられた。恐怖でカタカタと体が震える。


「でもよぉ、利用価値はあるはずだろ?」


「あん?どういうことだよ」


「キサルピナ、だったか?」


キサラの名前にビクリと肩を揺らす。唾を飲んで恐怖を抑えながら、彼らの言葉を注意して聞き取っていく。

男の言葉に、もう一人はああと声を上げた。


「あのブサイクな騎士様か」


「あの女、後ろにいるヤツと仲がよかったらしいじゃん?」


「あぁ、酒に酔ってベラベラと喋っていたな、あのブタ」


「それを利用すれば、俺たちは辺境伯長女様から金をむしりとれるだろ?」


「命令に違反したとすれば俺たちが殺されるだろうが」


チッチッチと音が鳴った。


「提案するんだよ。アイツらはキサルピナとやらを操作して辺境伯の地位を貶める、俺たちは金をしゃぶりつくす」


(キサラが、危ない)


リーシャの中で、頭の中でキサラの笑顔が、言葉が走馬灯のように流れていった。

キサラがわたしのせいで貶められる。それだけは嫌だ!


(嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――!)


激情は心を満たした。

体が熱くなった。力が周囲へと満ちていく。


「なんだ? すげぇ光ってるんだが――」


「後ろからか?」


次の瞬間、世界は瞬く間に白い光に包まれた。

残ったのはボロボロなリーシャのみ。体を突き刺すような寒さに身を震わせ、衝撃で壊れた拘束を取り払い、リーシャは夜の闇に浸かった森へと走り出した。

どこまで走っただろうか、理不尽さに涙ぐみ、栄養が足りない体は走り続けられるわけも無く、なんども止まりかけた。後ろを振り向く、追っ手はない。

夜は明けて世界は明るくなっていた。喉がカラカラで、走る気力も無くなり、ふらふらと行く宛もなく歩き続けた。

いつしか昼は越え、夕方へと差し掛かっていく。

目がかすれ、意識を失おうとしていたそのときだった。

ガシャリと鈍い音がした。追っ手であろうかと恐怖したが、強張る気力も無く、ずるりと足を滑らせ茂みへとぶつかった。


そして、貴方と出会った――。






『ねえお母さん』


『ん、なぁに?』


『お母さんはどうして僕のためにがんばってくれるの?』


『んーそうだなぁ、お母さんはね、仁志がとっても大切だからかな』


『大切?』


『あ、でもね? ただ大切だからってわけじゃないの。お母さんの人生あげてもいいって思うから、お母さんは仁志のためにがんばるのよ』


リーシャの話を聞いた後、頭の中でかつての母との会話が流れた。笑顔がおだやかな母親だった。

仁志の中で、リーシャを救いたいという気持ちと、冷静に判断を求める気持ちがあった。

彼女といっしょにいれば、危ないことに巻き込まれるかもしれないだろう。


「お兄ちゃん。――お兄ちゃんは……」


リーシャの視線がぶつかる。リーシャは訊いている『どうするか』と。


「キサラとか、わたし、いるし、大丈、夫」


――だったらどうしてこれまでそう言わなかった。

できない理由があるからだ。キサラという女性になにかあるのだろう。決して無意味なことをするじゃないことは知っていた。少なくともなにか理由はある。

それでも逃げ道をつくっていた。心の底から誰かに助けて欲しいのに、リーシャは大丈夫だと言った。

リーシャとの記憶が早送りで思い出される。笑顔や悲しい顔、苦しそうな顔。仁志はゆっくりと目をつぶった。


「――リーシャ」


「え?」


仁志は優しくリーシャを抱き寄せた。ゆっくりと頭を撫でて、穏やかな声で言った。


「リーシャ、いっしょにがんばるぞ」


次の瞬間、庭にリーシャの泣き声が響いた。





――俺は、リーシャを悲しませない。




ひとつの決意が、たくさんの出来事に打たれて、一本の刀のように強くしなやかな物となった。信念は迷いを切り捨てて、青白い光を放ち、その真価を今ここにあらわす。

ただ今は潜めて、仁志は穏やかな瞳をリーシャへと向けていた。








カーテンの締め切られた室内。蝋燭がオレンジ色の淡い光で室内を包んでいた。

ロッカの事務所で丸い机を挟んで、どこかそわそわとしたキサラへとロッカは問う。


「ロイヤルオークションは明日だけど。いい加減教えてくれてもいいんじゃない?」


「む、なにをだ」


キサラはお茶を啜りながらロッカを見る。ロッカは返された言葉に、露骨に不満そうな顔をした。


「そのリーシャって子のこと、よ!」


「……知ってどうするつもりだ。と言いたいところだが、巻き込んでしまったし、言うべきかもしれないな」


「かーもーじゃないわよ。巻き込まれたのに全貌が見えないってどういうことよ!」


「す、すまない」


キサラは息を付いた後、ゆっくりと語り始めた。


「リュティシア――いや、リーシャは王族で姫だ」


「お、おう」


いきなりのドでかい砲弾に思わずたじろぐ、その様子をキサラは一瞥した。瞳は全部言うからなと物語っていた。

ロッカは慌てて――些か遅くもあるが、平静を装いコメントを返した。


「そうねぇ、王族は美しいっていうからね、追い出したくもあるわねぇ」


「追い出したのではなく、殺そうとした、だ」


「……」


訊かなきゃよかった――げんなりとしたロッカの顔にそう書かれている。


「が、首謀者は王家ではない。王家はリーシャを侮蔑し蔑んでいるが、王家としてリーシャは殺してはいけないものだ。そのために今は表ざたにならぬよう緘口令敷いているが盛大に焦っている」


「はぁ、そのリーシャって子はなんなのよ?」


「先祖がえりだ」


「あの、なんだ、代を経ているのに突然先祖に近い子供が産まれることだったっけ?」


「まぁ、そんなものだな」


「で、それがなんなのよ?」


片眉をあげてロッカが訊けば、突然キサラは立ち上がり、室内の本棚へと動いた。ロッカはその様子を追っていると、彼女が一冊の本を手にとるのが見えた。


「『アラトロスの勇者』?」


「やっぱりあったな、一ブサイクに一冊だ」


「うるさいわね」


キサラは元の位置に戻ると、ロッカへと『アラトロスの勇者』を見せた。

ロッカはまじまじと見つめるが、なにか変わりがあるわけえもなく、首を傾げるばかりだ。


「で、これがなによ?」


「これはなんだ?どういう物語だ?」


「は? えっと勇者の伝説。架空の物語でしょう?」


「違う」


「……どういうことよ?」






「これは、国のはじまりの物語。歴史を基にして、しっかりと考察した歴史書だ」

いまさらながら餃子チャオズした前プロットが使えることに気づいたので、もうひとつのルートとします。なのでまもなく分岐点がきます。

ルートは二つで世界ルートと現実ルート的なものです。

書けたらどっちも書きます

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